部屋 Side:フェリシア
「やぁ、フェリシア」
「エクス王子殿下?」
いつものように公爵様のお屋敷に招かれると、先客がいた。
サロンで堂々とソファに腰かけるエクス王子殿下に、目を瞬く。
「すみません。貴女がいらっしゃる前にお帰りいただく予定だったのですが」
「せっかくなら幼馴染の顔を見てから帰りたいと無理を言ってな。2人の時間を邪魔してすまない」
「い、いえ、そんな……!」
やや困ったように眉を下げている公爵様に、まるで自分の家のようにくつろいでいる王子殿下。
謝られて咄嗟に否定したが、公爵様とふたりでお話するだけのつもりだったので、驚いたのは事実だ。
王子殿下がソファに座っていて、テーブルの角を挟んだ椅子に公爵様が座っている。
どうしようか悩んで、とりあえず公爵様の隣、王子殿下の向かい側のソファに腰を下ろした。
「しかしこの屋敷、面白いな。見たこともないものがたくさんある」
「ご満足いただけたようで何よりです」
公爵様がにこやかに微笑んだ。
確かに、公爵様の発明品が置いてあったり、図面や本がたくさんあったりと、普通のお屋敷には置いていない変わったものが数多くある。
私も初めてお招きいただいたときはきょろきょろしてしまったのを思い出した。
書庫の本の量も一般的なお屋敷とは比べ物にならないし、例えば写真を現像するための部屋があったり、試作品だという発明品が日常の一部として使われていたり。
先日も前まではなかった録音機と蓄音機が新たに増えていて、驚いた。
そういう意味では何度訪れても飽きないお屋敷だ。
「そうだ、フェリシアはあの部屋、見たことあるんだろう? どんなだった?」
「え?」
お茶のカップを手に取ったところで、王子殿下がそう声を掛けてきた。
あの部屋、がどこのことか分からずに、首を傾げる。
「頼んでも、どうしても見せてくれない部屋があって。きっともっと面白いものが隠してあるんだろう。いいなぁ」
「あの、私、どこのことだか――」
「王子殿下」
分からない、と言おうとした私の言葉を遮って、公爵様が立ち上がる。
そしてサロンの入り口付近に控えている王子殿下の護衛を手の平で指し示した。
「先ほどから彼が落ち着きなく時計を確認していますが――次のご予定がおありなのでは?」
「ああ、そうだったそうだった」
ぽんと手を打って、王子殿下が立ち上がる。
護衛が公爵様に向かって礼をした。
私は全く気づかなかったが、もしかしたら私が来る前からずっと合図を送っていたのかもしれない。
「長居をして悪かった。お暇させていただこう」
そう言って、長い脚と大きな歩幅で、あっという間にサロンの入り口まで歩いていく。
そしてドアをくぐる瞬間に振り返り、私に向かって手を振った。
「またな、フェリシア」
〇 〇 〇
「フェリシア」
公爵様とお話して、お茶をして――そして公爵様が小箱をテーブルに載せた。
何かしらと覗き込む。小箱の中には、万年筆が収められていた。
形は、以前公爵様が忘れて行かれた万年筆と似ている。けれど色が違っていた。
艶のある白色で、光の加減でわずかに色が変わる。まるで虹のような、不思議で幻想的な色合いだ。
「フェリシア、これを」
「これは……?」
「万年筆。僕のものとお揃いです」
公爵様がやさしく微笑んだ。
透き通るような白金の髪が、頭の動きに合わせてさらりと揺れる。
少し公爵様の髪の色に似ているかも知れない、と思った。
金色の瞳で眼鏡越しに私を見つめながら、彼が照れ臭そうに頬を掻いた。
「本当は自動筆記の物が出来たらプレゼントしようと思っていたのですが」
「自動……?」
「質のいい螺鈿が手に入ったので。貴女にぴったりの色だと思います」
「ありがとうございます……!」
嬉しくて、小箱を胸に抱きしめた。
それを見て、公爵様の視線がますます蕩けるような、蕩かすような――熱いものに変わる。
喜んでいるのは私なのに、公爵様の方がずっと嬉しそうで――それに愛の大きさを感じて、胸が熱くなった。
早く同じだけのものを、返せるようになりたい。
「貴女は本当に白が良く似合う。……結婚式が楽しみですね」
見つめられすぎて、頬まで熱くなってしまっていたのに、そう囁かれて頬どころか顔全体が熱を持ってしまった。
〇 〇 〇
帰り際、サロンのドアをくぐってエントランスに向かう途中。ふと、お屋敷の中を見回す。
そういえば――王子殿下が言っていた部屋。一体、どこのことなのだろう。
「フェリシア」
すぅ、と。
後ろから、公爵様の手が伸びてきた。
そして私の横を通り過ぎて、ドアノブを掴む。
ばたん、と目の前でドアが閉じて――閉じ込められた。
「気に、なりますか?」
「え?」
「王子殿下が話していた、部屋のこと」
耳元で、公爵様が囁く。
その声の調子が、何故だろう。
いつものやさしい公爵様と少し、違うような気がした。
「気になりますか?」
公爵様が繰り返す。
気にならない、と言えば嘘になる。
だが、公爵様のお屋敷は広い。
入ったことも見たこともない部屋はたくさんある。
それに、寝室であれば王子殿下相手であっても、見せたくないと思うのが普通だろう。
私だって――自分の寝室に公爵様をご案内できるかと言われたら、やはり躊躇ってしまう。
誰にだって、見せたくないものくらいあるはずだ。
いずれこのお屋敷で暮らすことになってから、いつか、案内してもらえたら。
――なんて、そんなことを言ったら、はしたないと思われるかしら。
公爵様の言葉に、私は首を横に振った。
「いいえ。誰にでも秘密にしたいことは、ありますもの」
「そうですか」
公爵様がそう呟いて、再びドアノブを掴んで……ドアを開けた。
そして私の肩にそっと寄り添って、エントランスへと導く。
そのまま馬車までエスコートをしてくれた公爵様に、改めてお礼を言う。
「素敵なプレゼントを、ありがとうございます! 大切に致しますね」
「はい、使ってくださったら嬉しいです。僕への手紙に、とか」
公爵様が悪戯めかしてウインクをした。
ここのところ三日と空けずにお会いしている。手紙よりも直接会う方がきっと早い。
その言葉がおかしくて、ついくすくすと笑ってしまった。
もうすっかりいつもの公爵様に戻っている。
先ほど覚えた違和感のようなものは、きっと気のせいだったのだろう。
そう結論づけて、私は帰りの馬車に乗り込んだ。
公爵様からの贈り物を、胸に抱きしめながら。
〇 〇 〇
「ああ、フェリシア。貴女は本当に可愛い人だ」
フェリシアを見送って、ぽつりと呟いた。
「よかった。帰せなくなってしまうところでした」
悪役令嬢は自称・転生者の夫に溺愛される ~どうやら破滅は回避したようです~ 岡崎マサムネ @zaki_masa
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