ガーデンパーティー Side:フェリシア
「フェリシア、大丈夫ですか?」
「はい」
私の顔を気づかわしげに覗き込む公爵様に、頷き返す。
あれ以来社交のお誘いは断り続けていたのだが、さすがに王城からの召喚は断れない。
公爵様は自分一人で出席すると仰ってくださったが、幸いにもこの日は城の庭園でのガーデンパーティー。
屋外で、以前の夜会とは雰囲気もかなり違うはず。
復帰の第一歩としてはちょうどいいと思って、私も連れて行っていただくことにしたのだ。
早めの時間に来たおかげか、まだ他の参加者が集まり始めたばかりのようだ。こちらに向けられる視線もさほど多くない。
まずはそれにほっとした。
公爵様のエスコートで、会場を歩く。
一度中に入ってしまえば、見事な庭園の花々に気持ちを後押しされて、気づくと足が進んでいた。
隣を見上げると、公爵様がやさしく微笑んでくれる。
それだけで、もう大丈夫。そう自分に言い聞かせることができた。
国王陛下と、次期国王陛下。お二人が現れて、パーティーが始まった。
公爵様と一緒に会場の隅の方で話していると、次から次へとお知り合いの方が挨拶に来る。
顔を覚えようと頑張っていたのも最初の内だけで、だんだんと追いつかなくなっていった。
公爵様は変わり者だが、発明品については次期国王陛下にも一目置かれている。
こうして挨拶に来る方には、親しいというより興味本位の方も多いのだろう。
目まぐるしく、入れ替わり立ち代わり人が訪れては去っていく。
忙しいが、余計なことを考えたりする暇がないくらいでちょうどいいのかもしれなかった。
さて次は、と顔を上げると、目が覚めるような赤い髪が視界に飛び込んできた。
「フェリシア」
エクス王子殿下が私の名前を呼んだ。
先日助けていただいたことは公爵様にもお話ししたし、公爵様も万年筆を返していただいたと言っていた。
お二人で話すくらいなのに何故、公爵様ではなく私にまず声をかけるのかしら。
あれから数少ない子どもの頃からの友人にも尋ねてみたものの、やはり誰も、彼と遊んだことを覚えていなかった。
結局思い出せていないことが少々後ろめたくて、ちらりと隣にいる公爵様を見上げる。
公爵様は私を安心させるように頷くと、代わりに王子殿下に挨拶をした。
「これは、エクス王子殿下。先日は万年筆を、どうも」
「いや、構わない」
「おーい、メイガス! こっち、こっち!!」
お二人が会話を始めようとしたところで、遠くから公爵様を呼ぶ声がした。
声のする方を見れば、次期国王陛下がこちらに向かって手を振っている。
「呼ばれてるぞ」
「……失礼。行きましょう、フェリシア」
「いや、俺はここでフェリシアと待っているから」
私と一緒に歩き出そうとした公爵様を、王子殿下が回り込んで制する。
公爵様が私に視線を送った。
ちらりとこれから向かう先の様子を確認する。
次期国王陛下の周りには、この会場の中で一番の人だかりが出来ていて――皆が公爵様に興味の視線を注いでいた。
私が気後れしたのを察したのか、公爵様が腕に添えられていた私の手を取って、言い聞かせるように囁く。
「少し顔を出してきます。こちらで待っていてください」
「い、いいんですか?」
「はい。なるべくすぐ戻りますね」
公爵様の言葉に、ほっとしている自分がいた。
いつまで引きずっているんだろうと情けなくなる。
早くもっと、普通にできたら。
そうは、思うものの――先日、元婚約者と対面した時。
あの出来事はまだ自分の中で、過去には出来ていないのだということを、まざまざと思い知らされた。
心の傷も、体の傷のように、目に見えたらいいのに。
そうすれば、治ったかどうか、簡単に分かるだろう。
次期国王陛下の方へと向かう公爵様を目で追っていた王子殿下が、そっと私に近づいてきた。
耳打ちするように、声を潜めて言う。
「なぁ。メイガス公爵もことだが……本当に、信用していいのか?」
「え?」
王子殿下の言葉に、目を瞬く。
何を、言っているのだろう。
「妙な発明をしてるという話だし……もしかして、フェリシアのことを騙そうとしているのかも」
「公爵様のことを悪く言うのは、おやめください」
王子殿下の言葉を遮った。
公爵様は、確かに変わり者で、エキセントリックで。
あの一件があるまでは、私も関り合いになりたくないと思っていた。求婚に困っていたのも事実だ。
だが――あの時。
何もできずに立ち尽くす私に、手を伸ばしてくれたのは。
あの場で、私を庇ってくれたのは。私を、信じてくれたのは。
私にどうしたいか、聞いてくれたのは。
あの人、だけだった。
公爵様が私を愛してくれていることは、私が一番よく知っている。
それを言葉にしてくれて、行動で示してくれて。
いつもわたしにやさしさと、安心をくれる。
そんな人だから――「転生者」だなんて、夢みたいなことだって信じられた。
あの時、公爵様が私を信じてくれたように、私はあの人を信じたい。そう思って――彼の手を取って、今。
私は、ここにいる。
それを王子殿下にはうまく説明できないし、私が言ったところでそれこそ、信じてなんてもらえないだろう。
それでも、どうしても。
幼馴染であるらしい彼に、伝えたかった。
私は今、幸せなのだと。
彼が私のことを心配してくれているらしいのは、きっと本当だと思ったから。
「私は、あの方に救っていただきました。今私がこうしていられるのは……公爵様の、おかげなんです」
「……どうして」
私の言葉に、王子殿下が何かを、ぽつりと呟く。
ほとんど吐息のように唇のあわいから漏れ出たその言葉は、わずかに空気を震わせたものの……私には、よく聞き取れなかった。
「ありがとうございます、フェリシア」
耳元で、声がした。
いつの間にか戻ってきていた公爵様に、後ろからふわりと抱きすくめられる。
突然の接触に、一気に顔が熱くなった。
公衆の面前でこうして突然触れてくるところは、やはりもともとの印象通りエキセントリックだ。
「私こそ、貴女なしでは生きていけません」
「す、少し意味が違うような……」
「俺が悪かったよ」
何故だかとても機嫌のいい公爵様に戸惑っていると、王子殿下が苦笑いしながら両手を上げて「降参」のポーズをする。
そしてやや不満げに、唇を尖らせた。
「あーあ。そのとき俺も一緒にいたらな。俺だって君を助けられたのに」
「王子殿下」
公爵様が私の肩に手を置いて、王子殿下と向き合う。
「妻のことを心配していただき、ありがとうございます。ですがご安心を。僕が責任を持って守りますので」
「気が早いな。まだ婚約者だろう?」
「じきに妻になりますから。ね、フェリシア?」
公爵様の言葉に、ぽっと頬が熱くなった。
確かに公爵様は気が早い、と思うことがよくある。
だがそれが、恥ずかしくありつつも、嬉しく感じるということは――きっと公爵様の言う通り、その時はすぐに訪れるのだろう。
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