幼馴染 Side:メイガス

「メイガス公爵」


 次期国王に呼び出され、最新型の写真機について説明させられた帰り道。

 さっさと屋敷に戻ろうとしていたところを、赤い髪の大男に呼び止められた。


 この国の第三王子――次期国王の弟、エクス王子だ。

 先日フェリシアに馴れ馴れしくしていた姿を思い出し、内心で舌打ちをした。

 一応足を止めて、呼びかけに応じる。


「王子殿下。何か御用でしょうか?」

「これを。フェリシアから預かった」


 エクス王子がこちらに向かって手を差し出した。

 大きな手に握られていたのは万年筆だ。

 彼の言うとおり、先日僕がフェリシアの手荷物にわざと紛れ込ませたものに間違いない。


 それを受け取って、わざとらしく目を見開いてみせる。


「おや。確かに僕の万年筆ですが……何故、王子殿下が?」

「この前、フェリシアに会いに行ったんだ。子どもの頃の話がしたくてな。そうしたら君の忘れ物だと」


 白い歯を見せて、事も無げに答えるエクス王子。


 婚約者のいる貴族の女性を、独身の男が訪ねる。

 それ自体本来であればタブーではあるが――相手は王子。多少のことは許される。


 止めなかった彼女の家の使用人を咎めることは難しいだろう。


「そうだ。お前がフェリシアを助けてくれたんだよな」


 エクス王子がふと、思い出したように言う。

 そしてまた爽やかに微笑みながら、こちらに向かって右手を差し出した。


「ありがとう。俺からも礼を言おう」

「いえ」


 彼の感謝の言葉を、にこりと微笑んで受け流す。


 僕がフェリシアを助けたことを――何故、この男に感謝されなければならないのだろう。

 感謝であれ何であれ――僕はフェリシア以外から受け取るものには、興味がない。


「彼女のためですから」



 〇 〇 〇



「なるほど」


 万年筆の中から回収した小型の録音機をテーブルに置いて、呟く。


 新しい発明品である小型録音機を試すため、それを仕込んだ万年筆をフェリシアの手荷物に紛れ込ませた。


 置いてある家具、衣服に化粧品の類、それから、彼女がどう過ごしているか。

 すべて彼女の家に潜り込ませている密偵から事細かな報告があり、直接見なくとも手に取るように思い浮かべることが出来る。写真もいくらでも手に入る。


 だけれど、彼女の声を聴く手段は今のところ、直接会う以外にはなかった。

 愛しいフェリシア。貴女の声をいつでも、どこでも聞くことが出来たなら、きっと幸せでしょう。

 声に限らず、吐息も、足音も、衣擦れの音も。フェリシアが発する音はすべて、漏らさず記録してしまいたい。


 そのうち彼女が今何をしているのか、僕のいるところにリアルタイムに音声情報を届けるような仕組みにまで発展させたい。


 そう思って試作したのだが、まさかこういう形で役に立つとは思わなかった。


 一通り録音を確認して、どういう経緯であの男がフェリシアの家に押し入ったのかが理解できた。

 こつ、こつ、と指先でテーブルを叩く。

 頬杖をついて思考を巡らせた。


 あの元婚約者、早めに始末をしておかなくては。


 足がつく可能性を考慮して、女の方はとっくに処分していたが……男の方はまだ手をつけていなかった。

 いや、このような事態がまったくもって予測されなかったわけではない。

 むしろ予測はしていて、あえて放置していた……と言う方が正しいだろう。


 これは僕の予想ではあと一カ月は後に発生するはずの事態だった。その機を見計らって、僕が再び彼女を救う計画だった。

 だが実際は、僕の予想よりいささか――状況が動くのが、早かった。


 あの男は貴族なのが少々面倒だ。

 ただ社交界から締め出すだけで、裏切った女の方に執着してくれていれば楽だったのだが――仕方ない。

 それだけフェリシアが魅力的だと言うことだ。


 今のままではおめおめと社交の場に出ることも出来ないだろうし、エクス王子の言う通り他に何の実績もない。

 確か以前調べたところでは兄弟がいたし、家督の奪い合いで焦っているだろう。

 適当な鉱山でも紹介して出資させて……炭鉱に送るか。


 こつ、こつ。

 爪とテーブルが音を立てる。


 問題はあちらの、第三王子だ。

 フェリシアの幼馴染を名乗っているが、フェリシア本人は全く覚えていないのだという。


 しかし、フェリシアの幼い頃を知っている人間しか知りえない情報を知っていた。

 それが、意味するところとは。


 僕の知る限りでも、フェリシアには仲の良い幼馴染などいない。

 僕の知る限り、ということは……


 ……そんなものは、実在しないということだ。


 思考のための材料を、すべて脳内のテーブルに広げる。


 フェリシアは伯爵令嬢。子どもの頃、城に出入りしたことはあるという。

 会話はせずとも顔を合わせた可能性はあるだろう。


 子どもの頃、フェリシアは絵本やぬいぐるみが好きだった。

 どこへ行くにも持って行っていたそうだ。

 絵本を読むエクス王子は、どこか違和感がある。今のイメージとはミスマッチだ。


 この国の王子は三名。王太子は政治に優れた人格者、第二王子は学問と国営に長けている。

 エクス王子は少し年の離れた末っ子。その中で、第三王子に求められるものは。


 王族には政治的な確執が多い。本人が望むと望まざるとにかかわらず、必ず巻き込まれる。下手をすれば命の危険もある状況が続くだろう。


 幼い頃からの、過度なストレス。

 精神的に追い込まれることは想像に容易い。

 何か救いを求めるのではないか。精神的支柱、心の支え。


 明朗快活な人格者、誰もが認める理想的な第三王子、誰からも好かれる爽やかな好青年。


 だが「そう」ではなかったら?

 それがあの男の、真実の姿ではないと仮定したら?


 あの男がフェリシアを見る目。婚約者のいる女性に執拗に話しかけ、家まで押しかける。

 その行動の原理が「執着」ではないと、判断する材料は?


 フェリシアと僕は婚約している。彼女と僕が頻繁に会っていることなど想像に容易いはず。

 それでもなお、自分が僕にあの万年筆を返そうとする理由は?


 万年筆を受け取ったときの、まるで僕を牽制するような言動。その理由は?


 あの男の手、指の爪ががたついていた。

 まるで爪を噛む癖がある、子どものように。


 爪を噛む。ストレス。不安。子ども。繊細で、引っ込み思案。甘え、愛情不足。


 思考を一つ一つ、組み立てていく。

 あるべきものを、あるべきところへ。


 作り上げられた虚構、乖離した現実。それとともに分裂する精神。

 縋りついた対象への偏執的なまでの妄想と、妄執。


 物事には必ず「原因」がある。


 あの元婚約者が現れるのが、天才たる僕の予想よりも、一カ月も早かった。

 そしてその男が現れた時に、たまたま居合わせた男。


 パズルのピースが、ぴたりと嵌まる。

 なるほど。

 あの男も、自称に過ぎないのか。


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