夏休み編 最終日 陰キャと陽キャの最終日
宿題に追われない夏休みの最終日は人生で初めてかもしれない。
去年までは夏休みの友やら夏休み課題やらに最終日を食いつぶされていた俺だが、大学生となった今、もうそんなしがらみとはおさらばだ。
ふと窓の外に目を向ければ、そろそろ日が暮れようとしている。
今日は9月19日。夏休みの最終日だ。
徐々にオレンジに染まっていく畑を眺めながら、俺はなんとなく、あの永遠に思えた夏休みが終わることを理解した。
「夏ももう終わりだねえ」
不意に後ろから声が飛んできた。
ゆっくりと振り向いた先には、小幡三枝が穏やかな表情でほほ笑んでいる。
「で、明日から学校だな」
「うーん、いやだねー」
「ほんとな」
そう返すと、お隣さんに配慮した抑えた笑声が狭い一室にこだまする。
ふーっと一息ついて、俺はよっこいせと小幡に向き直った。
「結局、小幡は帰省しなかったな」
「しょーがないでしょ? 佐伯が『小幡がいなくなったら俺、泣くかも』とか言うから」
「言ってないから!」
確かにちょっと、『寂しくなるなあ』みたいなことは言ったけども。そんな、泣くかもとか......言ってませんから......。
「そういう小幡は、俺が変な時間のバイトで部屋にいなかった時、玄関前で半ベソだったろーが」
「違うし! あれは待ってる間に眠くなっちゃって、あくびした直後に佐伯が来ただけだし!」
「ほんとかなあ」
「ほんとだよ!」
小幡はちゃぶ台から乗り出しながらそう言うと、大きく鼻を鳴らした。
それからしばらくふたり、にらみ合う格好になる。
でも結局長続きせず、どちらともなく目を逸らした。ふっと香水の香りが鼻をかすめる。
「......でもまあこんな感じでも、なんだかんだ仲良くやってたよな、俺たち」
口に出してみるとこっぱずかしいけど、それは確かに本心だった。
すると小幡が警戒を解くように、ふっと息をこぼす。
「たしかにそうかもね」
「わりとあっさり認めるんだな」
「まあ、私のほうが自分からここに来てたわけだし」
「その辺はありがとな。でも、何回かは俺のほうから行ってももよかったんだぞ? 小幡の部屋の場所もわかるし」
まあ、女子が男子を部屋に上げるのはかなりハードルが高いのはわかる。
しかし俺も、例外的とはいえ一度は上げてもらったことがある。なんなら、気絶していたとはいえベッドにも寝かせてもらった。
俺の提案に小幡は少しだけ思案するようなしぐさを見せて、
「ま、じゃあ来週にでも遊びに来てよ」
あっけらかんとそう言った。
「そんな軽くていいのか?」
「べつにやましいことなんてないし、いいよべつに」
「じゃあ、来ちゃダメってなったらやましいことが出来たって認識でオーケー?」
「そうとも限らないからノットオーケー」
小幡は体の前で大きくバツマークを作りながらそう言った。
腕に押されてむにっと形を変えるおわん型のサムシングに目線を引き付けられるが、そのポーズはすぐに解かれる。
「でも、私は佐伯の部屋のほうが良いな」
そう言いながら、小幡はぽちりとリモコンでテレビの電源をけした。
「どうしてだよ」
「まあ、ゲームあるし」
「もの目当てかよ......」
一瞬でも、俺との時間がどうのこうのとかいう回答を期待した自分があほらしい。
だが、小幡と俺の関係の始まりもゲームだったような気もする。
学校をさぼった雨の日に、小幡は初めて俺の部屋にやってきて。そこでゲームを一緒に始めたのが、俺たちの関係の始まりだった。
あれからもう3か月か。
以前のことを思い出してほんの少ししんみりした気分になっていると、その空気を変えるように小幡がスクリと立ち上がった。
「さて、そろそろ帰ろっかな」
「そうか」
時計を見やれば、もう結構いい時間になっていた。
昨日と同じ調子で玄関に歩いていくその背中をゆっくりと追いかけた。
土間でトントン靴を履いて、よいしょと肩の小さいカバンをかけなおすのを見届ける。
いつも通りの動きなので、帰る準備が整うのはびっくりするくらいあっという間だった。
「じゃあ、また明日ね」
「おう」
そう言って小幡が扉を開けると、少し冷えた風が通り過ぎた。
「明日、一緒に行くでしょ?」
「ここに9時半に来るんだよな」
「うん。寝坊したら許さないかんね」
めっと人差し指を立てる小幡を適当にあしらい、俺もサンダルを引っかけて玄関から外へ出た。
「それじゃ、またね」
心なしか、その表情は寂しげだった。
それがなんとなくうれしくて、思わず頬が緩む。
「また明日な」
小さく手を上げると、小幡はゆっくりと踵を返して階段を下りていった。
その後姿が見えなくなるまで見送って、それから部屋の中に戻る。
長い夏休みも、終わるのは一瞬だ。
これからまた日常が始まる。それも飛び切りハードなやつだ。夏休みボケしちゃいられない。
明日の準備をして、風呂に入る。風呂場の小さな窓から、ぼけっと夜空を見上げる。
木村のことはどうしたって気になるが、いま考えたってどうしようもない。きっとここに小幡がいたなら『なるようにしかならないから!』と指を突きつけられるのだろう。
湯船にとぷんと肩まで浸かり、子供のように100まで数えて、ゆっくりと風呂を出た。
まだいつも床に入る時間よりはずいぶん早かったが、さっさと敷布団を用意して。
こうして、俺たちの夏休みは終わるのだった。
田舎の根暗大学生、陽キャに絡まれる 古月湖 @Hurutsuki
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