夏休み編 その四 休日に部屋でスポーツ観戦する大学生ふたり
夏休みもそろそろ後半戦となったある日。
もはや説明するまでもなく、小幡三枝は当然のように俺の部屋でくつろいでいた。自分の部屋から専用のマグカップを持ってきたあたりにも、そのくつろぎ具合が見て取れるだろう。
......しかしほんと暇だなコイツ。
「ん、どかした?」
と、小幡の視線が高校野球の中継から俺に向けられた。それと同時にテレビからは快音。
白球は高々と舞い上がり、甲子園のフェンスすれすれを超えていく。場内がどよめいた。
「あー! 佐伯のせいで打った瞬間見れなかったんだけど!」
「リプレイあるだろリプレイが」
「生で観たかったの!」
「あー。それは、ごめん」
俺の言葉を聞くと、ぶつくさいいながらもテレビに目線を戻す小幡。特に興味があるわけではなかったが、地元の高校だしなんとなく俺も試合に目を向ける。
が、続くバッターがデッドボールで出塁するも、次のバッターがゲッツーで攻守交代。
五回裏終了後のグラウンド整備に入り、しばし休憩タイムである。
「そういや、小幡」
熟練の手際でグラウンド整備をする様子を眺めつつ、何とはなしに声をかけた。
ちらりと小幡に目をやると、ちょうどこっちを見ていた視線と重なり、目で先を促される。
「聞きたいんだけど、小幡のファンクラブってどんなことやってるのか知ってるか?」
「......なに、私のことそういう目で見てるの?」
「見とらんわ!」
すぐに否定したというのに小幡の目線は冷ややかだ。解せない。
「べつに入りたいから聞いてるわけじゃなくて、普通に興味で聞いてるだけだから。な?」
「............そこまでいうなら、わかったけど」
全然わかってもらえてない声色だったけど?
小幡は若干俺から距離を取りつつ、それで? と首を傾げた。
「とにかく、単純に気になっただけだ。それと、ファンクラブまであるような奴が毎日よくわからん男の家に通ってるのもどうなのかと思ってな」
「自分でよくわからん男って自覚はあるんだ。あと通ってないから、遊びに来てるだけだから」
「ま、そこらへんは小幡の自由にしといてくれ」
そう返すと、小幡は張り合いがないというようにしかめ面を向けてくる。はいはい可愛いかわいい。
今までならこのあざとい表情に飲まれていたろうが、もうその手は食わない。
いま大事なのはファンクラブのほうだ。
冷静に考えれば、この状況は実は結構まずいじゃないかと思っている。
初めの頃はまんざらでもなかったしあえて触れようとはしなかったのだが、そろそろ対応も面倒になってきたころだ。釘をさす意味でもこの話には意味があるだろう。
「とにかく、ファンを裏切る行為はやめたほうがいいんじゃないか? って話だ」
「どうせ、そう言って私をこの部屋から追い出す算段なんでしょ」
俺の浅はかな考えはお見通しということらしい。まったく見た目のわりに聡いからな、こいつ。
小幡はやれやれというように肩をすくめた。
「先に言っとくけど、彼らは勝手にやってるだけだから。それに、私のプライベートまでは浸食してこないでってちゃんと言ってあるし」
「とはいっても、なかには過激な奴もいるかもわからんだろ?」
「そこは多分大丈夫。時々みんなでお出かけしてるし、そこでいろいろ話したりするから」
ファンとの交流まであるのかよ。いよいよ大学一年生の規模じゃねえな。
「あ、変な想像しちゃ困るから言っとくけど、アメフト部の試合を一緒に応援しに行くくらいだからね。そのあとみんなでファミレス行ったりするかな」
「ああ、そういやアメフト部はほぼ全員ファンクラブ入ってるんだっけか」
屈強な男たちが小幡の声援で奮起する姿を思い浮かべると、実に健全でいいなと思いましたまる。
「アメフトの試合、結構面白いし今度佐伯も一緒に行こうよ」
「あー、いや。遠慮しとく。ルール知らないし、それにファンクラブの一員だと思われちゃたまったもじゃない」
「え~。じゃあなんの試合だったら観に行くの?」
小幡がちゃぶ台にだらりと倒れ込み、とろんとした目つきで見上げてくる。
きらりとにじみ出た汗と、煌めく髪にそれをなびかす扇風機。
......おい、俺がアレだったら完全にアレだぞ。アレ。
真剣な表情でグラウンドを見つめる球児で煩悩を払いつつ、俺はそいつに毅然と応じた。
「それも遠慮しとく」
若干惜しい気もするが、今はこれが模範解答だろう。
「それに、ファンクラブの連中を俺の都合で引っ張りまわすのはあんま良くないしな」
「ファンクラブの子は関係ないよ。今は佐伯に聞いてるんだから」
「でも、どこ行くにしてもあの完全に体育会系な人たちと一緒にってのはちょっと......」
目立つは目立つでも、悪目立ちするだろう。しかもアメフト部の中で一人、中肉中背の俺はさらに浮いて見えるに違いない。それにファンクラブメンバーの前で小幡と話すのも気が引ける。
ちょうどテレビの中でもグラウンド整備が終わったらしく、いよいよ後半戦の始まり。
と、
「違うよ、そういうことじゃなくてさ」
野球中継に向けかけた視線を元に戻すと、小幡はちゃぶ台からゆっくり身体を起こした。
それからにこっと朗らかに頬を緩めて、
「私と二人で一緒に行くなら、なに観に行きたいの?」
そう言った。
一瞬、思考が停止した。
しかしアブラゼミの大合唱のせいですぐさま現実に引き戻される。
......おいおい、いまとんでもないこと言われなかったか?
しかし当の本人はのほほんとした表情で、ちらちらと再開された野球中継に目をやっている。
......まあ、こういう時は深く考えないほうが良いのだろう。考えすぎて意味不明な結論を口走るのだけはまずい。
こほんと一度のどの調子を整えて、
「......えーっと、そうだな」
「うん?」
サッカー野球にバスケ、ラグビー。いろいろなスポーツが頭の中を駆け抜けて、最後に俺が出した結論は、
「あー、その、なんだ......。こうやって、一緒にテレビ見てるだけじゃ、ダメか......?」
全くひよった解答だとは重々承知。
小幡のあっけにとられた表情が実に心にぶっ刺さる。
「なんか一本取られた感じで悔しい」
「なんの勝負だよ......」
ほらな、やっぱり考え込むような質問じゃなかった。
「でも、インドアな佐伯らしい解答かもね」
「そういう都合のいい解釈してくれるとありがたい」
「じゃあま、せっかくだしちゃんと応援しよっかな」
小幡はそういうと、お隣さんの迷惑にならない程度の声でテレビに向かって声を上げる。
たしかに、この声援を受けたらアメフト部の連中が奮起するのもうなずけるな、うん。具体的にどの辺が良いかは言わないけども。
「ところで佐伯」
「ん、どした?」
「せっかくだし勝つチーム賭ける?」
「そういうせっかくは良くないと思うな!」
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