夜のポンポン

尾八原ジュージ

夜のポンポン

 ある夜メロメロに疲れて帰ってきたら、あたしの飼ってるヒモちゃんがあたしのふわもこパジャマを勝手に着てたのです。それもベロベロに酔っ払って。

 パジャマといえどふわもこは高かったので超絶頭にきてしまいまして、気がついたらあたしはヒモちゃんの髪を掴んで、テーブルの角にヒモちゃんの頭をゴンゴンぶつけていたのです。これって火事場の馬鹿力っていうんでしょうか? 気がついたらヒモちゃんの顔はぐちゃぐちゃ、テーブルの角もぐちゃぐちゃでどっちも虫の息、あたしは髪を掴んだ右手がすっかり固まっていたのでした。

 ピクピクしてるヒモちゃんが痛そうでかわいそうなので、カーテンに巻いてた紐で首を絞めてトドメをさしてあげまして、それからふわもこをがんばって脱がせました。だって上下で一万円もしたふわもこなのです。このまま死体に着せとくなんてもったいないのです。でもそこそこ血まみれになっていたので、とりあえず次回のお洗濯に回すことにして、あたしはヒモちゃんの死体をなんとかしなければならなくなりました。

 死体を処理するのって大変! まずとっても重いのです。あたしの細い腕ではとてもとても運べません。

 ということであたし、ヒモちゃんを分解しなければならなくなりました。でもうちにある刃物って包丁とカッターとハサミくらいなので、すっかり困ってしまいました。むむむ、牛刀とかがいいのかな? でも時計を見たらとっくに深夜だし、こんな時間コンビニしか開いてないだろうし、たぶんコンビニにそんなに大きな刃物って売ってないので、ますます困ってしまいました。

 なにもかもヒモちゃんが悪いのです。ヒモちゃんのバカ! 顔しか取り柄がなかったのにその顔もぐちゃぐちゃになってしまって、いよいよただのお荷物なのです。

 と、そこに突然、深夜のピンポン! インターホンが鳴りました。はわわ、まさか警察が? あたしタイホされてしまうのでしょうか? 飼っていたヒモちゃんを殺したら何罪になるのですか? ヒモ破損罪とかなのでしょうか? なんにせよ前科がつくなんてイヤなのです。

 でも居留守を使うのも悪いにゃ〜と思って覗き穴をのぞいたら、なんと外にいるのは隣に住んでいるオーエルさんではありませんか! よかった〜! あたしはほっとしてドアを開けました。

「夜分ごめんなさい。これ、作りすぎちゃったんですけどよかったら……」

「きゃー! うれしい! ありがとうございます〜!」

 オーエルさんが持ってきてくれたのは、なんとスーパー溶解剤だったのです! 特殊なビンに入ってチャポチャポ音をたてています。オーエルさんはよくこんな感じで、素敵な差し入れを絶妙なタイミングでしてくれるので、実はあたしを監視しているヤバたんな人なのかもしれませんが、そんなことは今はどうでもいいのです。あたしはオーエルさんにいっぱいお礼を言ってドアを閉めました。

 さてさて、汗だくになりながらヒモちゃんをなんとかバスタブに突っ込んだあたしは、オーエルさんにもらったスーパー溶解剤をめいっぱいヒモちゃんにかけました。わおわお、超絶溶ける! 効き目がすごすぎて、バスタブまでちょっと溶けてしまいました。引っ越すときお金がかかってしまうかもしれませんが、前科がつくよりはいいでしょう。

 ただヒモちゃんの頭だけは溶け残ってしまったので、あたしは頭をどこかに捨てにいかなければなりません。むむむ、どこに捨てたらいいでしょう? 山奥に埋める? 海に捨てる? お魚さんが食べるかもしれないので、海に捨てることにしました。

 大きなリュックサックにヒモちゃんの頭を入れて、よいしょと背負って、あたしは原付で海へと向かいました。なんだか深夜に遠足にいくみたいでだんだん楽しくなってきました。

 あ〜ここにヒモちゃんがいたらな〜、そしたらもっと楽しいのにな〜なんて考えて、あたしはちょっと涙ぐんでしまいました。でもふわもこパジャマを汚したので仕方ありません。

 原付でポンポンポンポンと走っていくと海が見えてきました。夜中なので真っ黒です。でも波の音が聞こえてロマンチックです。潮風が寒いにゃ〜とか考えながらあたしは原付を降り、ガードレールの下の海にヒモちゃんの頭を投げ落としました。

 ばいばいヒモちゃん! お魚さんとなかよくね! いつかヒモちゃんを食べたお魚さんと、スーパーで出会うことがあるかもしれません。それってとってもロマンチックだにゃ〜なんて考えながら原付でポンポンポンポン走っていたら、ちょっと注意力散漫になっていたみたいです。前から車線を間違えた走り屋さんがブイーン! と来たのにぶつかって、あたしは原付ごとポーン! とふっとんでしまいました。

 ポーンと飛んでぐちゃっと道路に落ちたところにでっかいトラックさんが走ってきて、あたしの首から下をガガガーッと轢いて、ぺったんこにしてしまいました。首だけになったあたしはコロコロと路肩に寄って、それ以上どうにもできないのでしくしく泣きました。

「どうしたんですか?」

 突然聞き慣れた声がして、あたしは目線をめいっぱい上げました。そこにはなんと、お隣のオーエルさんが立っていたのです! オーエルさんはあたしの頭を拾いあげると、「よしよし」と言って髪をなでてくれました。

「オーエルさん、あたしの体がぺったんこになってしまいました」

「はいはい、全部見ていましたよ。大変でしたね。今日はもうおうちに帰りましょう」

 オーエルさんはあたしを助手席に乗せて、車を発進させました。一晩にいろんなことがあったので、あたしはすっかり疲れてしまいました。

「寝ててもいいですよ」

 オーエルさんがそう言ったので、あたしはお言葉に甘えて目を閉じることにしました。無事に帰れそうでよかったよかった、でも体がなくなっちゃったので、ふわもこパジャマが着れなくなって、それは残念だなぁと思いながら、あたしはすやすやと眠ったのでした。

 めでたしめでたし。

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