軍人彼女の美味しい笑顔~え?加熱は電力のみですか?火のない世界で俺だけは料理に火を使ってます!~
藤也いらいち
軍人彼女の美味しい笑顔
昼時だというのに、窓の外では軍が訓練をしている。昼飯はしっかり食べないと体に悪いぞと思いながらも、俺にはどうすることもできない。
俺の店に来てくれればたらふく食べさせてやれるのにな。そんなことは向こうも望んでいないだろうが。
ランチタイムの閉店時間ぎりぎりに滑り込んできた中年の男に視線を戻す。
メニューを渡した途端、失敗したという表情をしたのを俺は見逃さなかった。
そのまま席を立とうかと思ったのか周りを見渡し、俺と目が合うと決まりが悪そうにまたメニューに視線を戻した。
「にいちゃん、このちゃーはん? をひとつ」
手書きのメニューを見ていた男が顔を上げ、不安そうな顔で注文する。
「へい、炒飯ね!」
意識して明るく声をあげて、調理を始めた。炎が見えないように細心の注意をした手作りのかまど型コンロで鍛冶師に頼み込んで作ってもらった中華鍋を熱する。高火力で材料を一気に炒めればあっという間に炒飯の完成だ。
「おまち!」
「はやいな……その機械のおかげか?」
奥の厨房の手作りコンロを指差す男に俺は笑顔で応じる。
「あぁ! 俺特製さ! さぁ熱い内に食べてくれよ」
俺が促すと、男は匙を手に取り炒飯を口に運ぶ。男の顔が思わず綻びそうになり、固まった。少し残念に思いながらも、顔に出ないようごまかしながら、お冷を注ぐ。
固い表情で炒飯を食べきった男はテーブルに置いた電子決済装置にカードをタッチして立ち上がった。
「うまかったよ。変な名前の料理ばかりだからなにかと思ったが、他のものも気になる。また来るぜ」
そう言って笑う男に笑顔を向ける。好感触だ、あと数回来てくれればいい表情が見れるかもしれない。
「ありがとよ! また来てくれな!」
皿を片付けながら男を見送る。男が店を離れたことを確認して、看板をCLOSEに変えた。周囲を念入りに確認してから、かまどを開けて火を消す。
この国で火を使うのはとても古くて格好悪いことらしい。
科学が発達し、熱を起こすのはすべて電力、電気を作るためのエネルギーも風力や水力の自然エネルギーを使うこの国で人々は、火を知識として知ってはいても使ったことはない。
遠い昔、人々が手に入れた火はあっという間に広がり生活に根付いた。この国もかつては火を自由に使って様々なことをしていたらしい。隣国に攻め込まれるまでは。
隣国は火の使用を統括管理し、免許制にしていた。これは隣国の火事の多さが原因だったらしいが、この国には関係ない。しかし、侵略されれば従わざるを得なかった。結果、熱の必要性から発熱技術がどんどん発達し、熱を電力ですべて賄えるようになり、独立後も火を使うことはなくなった。
火は過去のものとなり、発達した電気技術はこの国の一大産業となっている。
俺もこの国に生まれてしばらくは火なんて古代的なものだと思っていた。それが変わったのが、忘れもしない十四歳の夏、学校の授業で火の取り扱い免許を持った最後の人の講演で本物の火を見たときだ。
揺れるろうそくの火を見せられて俺は思い出したのだ。
俺が俺になる前の記憶を。
かつて料理人だったことを。
俺が俺ではなかった頃の記憶はどこかの国の料理人だった。突如として料理を生業に生きていたころのレシピの数々を俺は手に入れたが、
火を自由自在に使って食材を料理している記憶に俺の頭は混乱した。
そして、そのあとの給食でまた衝撃を受けた。
今までどうしてこれが食べられていたのだろうと思うほど味気ない。
俺ではない記憶が、火には食べ物を美味しくする力があると訴えている。
そして、俺は家に帰ってすぐに、火の取り扱い免許の取得方法を調べたのだった。
学校卒業と同時に最後の免許保持者に弟子入りして火の取り扱い免許を得た俺は、街の片隅でひっそりと火を使った料理を扱う食堂を経営している。
「まだやってるか?」
かまどの片付けをしていると、引き戸の開く音とともにそう声をかけられる。
「ごめんよ、今終わったところなんだ」
火を消してしまえば、料理は作れない。再び火を起こせばできないことはないが、火を古臭いと思っているこの国の人々の前で火を見せればすぐに客はいなくなってしまう。断るつもりで声のした方に視線を向けると、長い黒髪をポニーテールにした目鼻立ちのくっきりした女がこちらを見ていた。この辺で働いている女には珍しい、動きやすそうな服装だ。
「そう、残念」
女が俺の言葉に踵を返そうとすると、店中に低いうなり声のような音が響いた。女の腹の虫のようだ。
「……すまない、失礼した」
「ちょっとまって!」
女が顔を赤らめながら引き戸を開けようとするので思わず声をかけてしまった。こんなにお腹が空いている人を放って置けない。
「簡単なのだったら、作るからちょっと待っててくれ」
「いいのか」
「あぁ、まかないのつもりだったからお代はいらないよ。そのかわり温かいものは出せない。いいか?」
そう言うと女は頷いて礼を言った。カウンターを指差してそこ座って待っててといえば、おとなしく席に着いた。
おひつを開けてご飯の残りを確認する。
火を手に入れて俺が一番最初にしたのはご飯を炊くことだった。料理人だったころもご飯を炊くのはもっぱら電気の仕事だったが、火で炊くご飯は格別の味だと記憶にあったのだ。この国の米と昔いた国の米が同じものかはわからなかったが記憶を頼りに炊いたご飯はつやつやで粒が立っていて、火の扱いを教えてくれていた師匠も大絶賛だった。
三膳分はあることを確認すると、朝食に作って残していた焼き鮭を軽くほぐす。
まずは、シンプルに塩むすびから。手に塩水を軽くつけてご飯を手に取る。大きすぎないように量を調節するのがポイントだ。
軽く形を整えるように握って、軽く塩を振る。米がうまいからこれだけで充分だが、バランスがよろしくない。
また、ご飯を手に取る。鮭のほぐし身を中央に入れたら、軽く形を整えるように握った。そして、塩を振って、海藻を乾燥させて砕いた粉をまぶす。てっぺんにほぐし身をのせて鮭のおにぎりの完成。追加でもう一つ握っていく。
海苔があればいいのだが、この世界には海苔はなかった。似た風味の海藻を探すのに苦労した。まだ板海苔に近い形にはできないがそのうち実現して見せると試行錯誤中だ。
次に、残ったご飯に海藻の粉と豆の油を混ぜ、青菜の塩漬けを加える。この豆の油はゴマ油に風味が似ていた。青菜の塩気と油の風味、そして海藻の香りが合わさってこれがうまい。
それをおにぎりにして、塩むすび、鮭のおにぎりと並べて皿に盛りつけた。
六個ほどできたが残りは俺の昼食だ。
「はい、おまち」
皿にのせられたおにぎりを見て、女は不思議そうな顔をする。
「これは、握り飯か? この粉のようなものは?」
「海藻の粉だよ。まぁ、いいから食ってみろって」
「あ、あぁ、いただこう」
女が塩むすびを手に取り、ゆっくりと口に運ぶ。不思議そうな表情を変えることなくゆっくりと咀嚼して飲み込んだ。なにも言わない女に若干不安を感じて見つめていると、無言でもう一口。飲み込んでもう一口。だんだんそのスピードが速くなっていく。
それに少し安堵し、アイス庫、昔いた国では冷蔵庫と呼ばれていたものを開ける。おにぎりならお茶だろうと、冷たいお茶をコップに入れて皿の隣に置いた。
「ありがとう」
それに気がつくと女は礼を言ってお茶を一口飲む。そして今度は青菜のおにぎりを手に取る。
一口目は、やはりゆっくりと。しかし二口目からは大きく頬張った。
「そんなに入れたら喉に……」
俺が思わず口を開いた時、膨らんだ頬に米粒をつけた女が、心底幸せそうに目を細めた。俺はそれに目を奪われる。俺がこの世で一番好きな表情をしていた。
俺は美味しいものを食べた時の思わず出る笑顔が俺はなによりも好きだ。
この国の人々はあまり食に対して感心がない。必要な栄養素が取れれば味はそこまで気にしないというのがこの国の国民性といってもいい。
そして、なぜかこの国には、食事中に表情を変えてはいけないというマナーがある。これは誰が言い出したかわからないマナーで、異を唱える層もいないわけではないが、食事に興味がない人々はこのマナーを律儀に守る。
しかし、食を楽しむ心というのは人に元から備わっているものではないかと俺は思っていた。食育はいつ始めてもいい。その証拠に、最初は食に興味がなかった俺の家族や師匠だって、いまでは月に一回、俺が開く新作試食回を楽しみにしている。最近は料理を教えてくれという客も現れはじめた。
ただそれもまだ少数で、なかなか美味しいものを食べた時に表情を変えてくれる人はいない。今日のランチタイムだって美味しいと言ってくれる人が多かったが食べている時の表情は固いものだった。
マナーなんて守ってられないほど美味しい料理を作って、食卓に笑顔を。そして、火を使った料理の素晴らしさを世に広める。これが俺の今の目標だった。
「うまいよ」
「え?」
「握り飯、うまいな。こんなの初めて食べた。米が違うのか? 握り方もか。こんなに変わるものなんだな。なにも入ってないのが特にうまい」
ずっとこちらを見ているから、感想が欲しいのかと思ったのだが違ったか? 女はそうつづけて、お茶を飲む。随分見つめていた様だ。
「ごめん。あまりにも美味しそうに食べてくれるものだからさ」
「あぁ、そうか、マナー違反だったな。すまない」
「違う! 嬉しかったんだ!」
思ったよりも大きな声が出て自分でも驚いた。女は一瞬呆けて、そして笑い出した。
「それはよかった。私でも人を喜ばせることができるのだな」
「え?」
どういう意味だと聞き返すと、女は私は軍人だからな、とだけ言って席をたった。
「ごちそうさま、お代はこれくらいでいいかな。また来る」
「あ、いらないって」
お代はいらないといったので、電子決済装置は動いていない。女は財布から現金を出してカウンターに無理矢理置くと店を出て行った。
「ちょっとまって」
思わずあとを追いかけ、店を出て辺りを見渡す。黒髪のポニーテールの後ろ姿は見つからず、俺は少しがっかりした。
また来ると言っていたが、本当に来てくれるだろうか。
今日はいい表情を見れた。この顔を見るためにこの仕事をしているといっても過言ではない。
次に来たときはおにぎりなんて簡単なものじゃなくてしっかりと火を使った料理を食べてもらいたい。そう思いながら余ったおにぎりを手に取った。
次来てくれたときは、名前も聞いてみようかと考えて、さすがに気持ち悪いと思い直す。
あの顔をしてくれる人はこの国にはなかなかいないのだ。俺の料理でもっと表情を引き出したい。そう思ってしまう。
俺の目標には彼女のような人をたくさん増やす必要がある。そのためには彼女のことをもっと知れたら。
おにぎりを食べながら、俺は彼女の美味しい笑顔を思い出してにやける顔を抑えていた。
軍人彼女の美味しい笑顔~え?加熱は電力のみですか?火のない世界で俺だけは料理に火を使ってます!~ 藤也いらいち @Touya-mame
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