第5話 片側の棒

 王の死を大っぴらに喧伝する必要はないが、それでも偽りの大義名分を掲げるためには幾人かに周知させる必要がある。

 そう三男に進言され開かれたのが同盟国国主を招いての食事会である。

 ラパナはベノサを絶対王としてる為に支配国には王政を廃止させたり王を名乗らせることを禁じているが、同盟国である四カ国には国主として王が存在する。円卓を囲みベノサを含む五カ国の王が向かい合う。その側には各国騎士団の長が寄り立っている。


「今日はお招き頂き光栄です、ラパナ王。我々の同盟が力を奮い、大陸全土に威光を届けるまであと少しですな」


「もう届いてるといってもいいのでは? その祝いの席ですよね、ラパナ王?」


 食事を進めながらされる会話にラパナ王は相槌を打ちながら今回の主催理由を述べていく。三男の案を進めるためのでっち上げだが、各国とはこれが最後の晩餐となるかもしれない。さて、三男はどの国を第一の贄として奉り上げる気なのだろうか?


 食事が進む。料理は長男が提案したらしく葬儀の話に出てきた各地の名産が並ぶ。流石にベヘモスの肉やグリフォンの肉は直ぐには調達出来なかったようだ。サラマンダーの皮が旨いというのは迷信だと大臣から聞かされた。


 食事が進む。名目上祝いの席だということで次男が提案して音楽隊が演奏していた。騒がしくならない程度に心地好い音楽が大広間に流れる。ドラゴンの彫刻は無理だが、今回の食事会を芸術家が絵にするらしく少し離れた場所でウンウンと唸っている。


 食事が進む。段取り通りであれば口直しとしてスープが運ばれてくる。その運ぶ侍女の中に最初の標的となる国の者が紛れているらしい。金を握らせ雇うのだという。侍女は事を全く知らされずスープには偽の毒が含まれていて、ベノサは一口スープを含んだあと倒れ込み偽装血液を口から吐き出す。

 手の込んだことだが、たまには計略も愉快なものだとベノサは乗り気であった。


「では、口直しにスープを」


 隣に座る王妃がそう言うと数名の侍女たちがスープを運んできた。段取り通り、ベノサはスープを口にする。これからの事を思うと笑みが溢れそうになるが平然とした顔を装った。

 薄味の野菜と鶏ガラのスープが口に広がり──


「貴方っ、どうしたの、貴方っ!?」


 ベノサが演技で円卓に伏せようとするより早く王妃が声をかける。まだ早い、などと口にしようものなら喜劇である。他の者の目もある、上手く誤魔化さなければ。


「ラ、ラパナ王!? 一体、これは!?」


 周りの国王たちが騒ぎ始めた。ベノサはまだ口に偽装血液を含んでいなかった。失敗する、なんと誤魔化せばいい? スープが喉に詰まったとでも言えば誤魔化せるか? この妙に喉に引っ掛かるスープなら、その程度で話は通るのじゃないか? この妙に喉に引っ掛かるスープ──


 ベノサがそこに思い当たった時、彼は円卓に伏してると思っていたが頭を後ろに垂れて天を仰いでいた。口からはスープと共に大量の血が溢れていた。身体に力が入らず、周りで人々が騒ぎ立てているのがぼんやりと聞こえる。


「──うえ、父上!」


 ベノサの耳元で声がする。三男の声だ。どちらから聞こえるかわからず僅かながらに首を傾ける。


「良かった、まだ聞こえるのですね。良かった、伝えるべきことを伝えてなかったので安堵しました」


 ぼんやりしてるのか小声なのか、微かに聞こえる三男の声。


「先程スープを運んできたのは私の母です。ええ、母上──王妃様ではなく貴方が捨てた私の母です。貴方は私を育て筋を通したなどとお思いでしょうが、貴方は私から母を奪い、母から私を奪ったのです」


 三男の母親。ベノサはその姿を思い浮かべるもぼんやりとした形でしか現れなかった。


「国の栄光や威厳など知りません。威光などありえません。貴方はただ赴くままに略奪しただけの狂人です。こんなものがこれからも続くとなればこの大陸は終わりです」


 ベノサは三男の姿を思い浮かべるもぼんやりとした形でしか現れなかった。

 長男の姿を思い浮かべるもぼんやりとした形でしか現れなかった。

 次男の姿を思い浮かべるもぼんやりとした形でしか現れなかった。


「だから、仕掛けたのです。この弔いを、私と、母上で」


「ああ、貴方、誇り高き王、聞こえますか、いえ、聞こえてなくても構いません。この国は貴方の死を持って生まれ変わります。この大陸は貴方の死を持って生まれ変わります。そのように準備して参りました、長いこと長いこと、密やかに。あの日、貴方がプラムを連れてきた日。あの日、私の尊厳を貴方が奪った日。その日より準備して参りました」


 ベノサは、王妃の姿を思い浮かべるもぼんやりとした形でしか現れなかった。

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そして担がれたのは誰か? 清泪(せいな) @seina35

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