親ガチャ・オンライン

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親ガチャ・オンライン

『――それでは次のニュース、貧困国での乳幼児率が99%を超えました』


 老人は、舌打ちとともにテレビを消した。

 乳幼児率ではない。乳幼児率などという馬鹿げた指標が取り沙汰されるようになったのはここ十年やそこらのことだ。

 老人が総理大臣を勇退した直後のことである。


 乳幼児の突然死の急増を受け、入念な調査を行ったことからそれは判明した。

 はじめは何らかの疾患や伝染病が疑われたのだが、よくよく調べてみるとほとんどの死因は自殺だったのである。

 世界中で同時多発的に発生したこの問題に、各国の首脳は頭を抱えた。


 貧困国のみならず、先進国でも貧困家庭に生まれたものはほとんどが生後わずか数年以内に自殺している。

 もともと進んでいた少子高齢化が加速し、人口ピラミッドはめちゃくちゃだ。

 景気も急速に悪化し、世界はどんよりと暗い雲に覆われている。


 原因はわかっている。「親ガチャ」と「リセマラ」だ。


 親ガチャ、という言葉が話題になったのはこの現象がはじまる少し前だったか。

 子どもの将来はどんな両親のもとに生まれたかだけが重要で、本人の資質や努力などほとんど無意味だという意味の言葉だ。

 そのころ流行していた「ガチャ」と呼ばれるくじを引くゲームになぞらえたらしい。

 そしてガチャを引き直すために、マラソンのようにリセットを繰り返すことを「リセマラ」と呼ぶ。


 これらは自殺に失敗した乳幼児を拘束し、聞き込みをしてわかったことだった。

 彼らはこの世界はVR仮想現実ゲームなのだと主張した。

 この世は、すべての記憶を失った状態でスタートし、現実とは異なる人生を楽しむというコンセプトのゲームなのだそうだ。


 ところが、現実の記憶を持ち込むことが可能になる裏技が発見された。

 その利用者たちが親ガチャに失敗したとみるや自殺し、やり直しを繰り返リセマラしているせいで、乳幼児の自殺が増えているのだというのだ。


「まったく、馬鹿馬鹿しい」


 老人は再び舌打ちをする。

 庶民の現実逃避的妄想もここまで極まってしまったのか。

 親ガチャなんてものは存在しない。すべては当人の努力次第だ。

 老人は、自らの幼少期を振り返る。


 同世代の子どもたちが何も考えずに遊んでいたとき、自分は厳しい家庭教師について毎日何時間も勉強していた。

 級友がくだらないゲームにかまけていたとき、一流のスポーツトレーナーと運動生理学の権威の指示に従って、毎日休むことなく心身を鍛えていた。

 食事は栄養士の資格を持つ専属のシェフが作っていたから、駄菓子やジャンクフードを買い食いすることもできなかった。


 そうした努力を幼少時から積み重ね、積み重ねた結果、最年少にして最長任期の総理大臣という栄誉を勝ち取れたのだ。


 成功できなかった者たちは、成功者たちのそういう部分を無視している。

 自分たちが努力を放棄した結果、ぱっとしない生活をしているだけなのだ。

 自業自得にも関わらず、成功した者たちへ八つ当たりしているに過ぎない。

 マスコミからも「政界のサラブレッド」「苦労知らずの三代目」などと散々揶揄やゆされたが、やつらが私の何を知っていたというのか。


 そういえば、自殺に失敗した乳幼児たちも、研究対象として丁重に保護されるようになってすっかり落ち着いたらしい。

 つまるところ、努力もせずに楽して暮らしたいという願望を叶えたいがための虚言だったのだろう。

 政治家や科学者たちがそんな陳腐な詐術に引っかかって右往左往しているのも気に入らなかった。


 多くの努力を重ねて積み上げてきた老人の資産は、世界的な不景気の煽りを受けて徐々に目減りしていた。

 金に困るようなことはないが、自らの努力の成果が不当に損なわれているように思えて気に入らない。


 それに息子は現役政治家で、孫は来年にも政界入りを控えている。

 甘やかすつもりはないが、いざというときに助けてやれるだけの蓄えは残しておきたいのだった。

 多少なりとも節約するため、住み込みの家政婦の数を減らすはめになったのも気に入らないところだった。


 苛立ちがおさまらない。

 老人はグラスに高級ウイスキーをなみなみと注いで一気に煽った。

 続けて氷を入れ、ロックにする。

 これをちびちびやりながら自宅のサウナに入るのが、近頃のお気に入りだった。

 医者からは止められているが、この国のために身を粉にして働いてきたのだ。

 老境にこの程度のわがままは許されてしかるべきだろう。


 翌日、サウナで死亡した老人が発見され、ちょっとしたニュースとなった。

 原因は心臓発作。

 政界のドンと言われた人間にしては、ずいぶんあっけない幕切れだった。

 

 * * *


 視界が暗転し、エンドロールが流れはじめる。

 成績リザルトを確認すると上々のようだ。

 これならランキング上位も夢ではないのでは?

 ひさびさの好結果に、思わず口元がほころぶ。


「オラッ! いま帰ったぞ!」


 そんな余韻を断ち切るように、玄関ドアを乱暴に開ける音が耳に飛び込んだ。

 少年は舌打ちしてVRゴーグルを外し、急いでガラクタが詰まった押入れに隠した。

 あの父親クズに見つかってはまずい。


 学校の知り合いに頼み込んでやっと譲ってもらった品なのだ。

 数世代も前の型落ち品だけれど、少年が新品を手に入れる手段などない。

 これを父親クズが見つけたら有無を言わさず壊すか、売り払うかしてしまうだろう。絶対に見つかってはならなかった。


「おい、酒はどうした。買ってきてねえのか!」

「……だって、お金、ないし……」

「金だァ? 住ませてやってるだけでもありがてェだろうに、このうえ金までむしろうってのか!」


 帰宅した男は少年を乱暴に足蹴にする。

 少年は背を丸めて頭を抱え、床にうずくまった。

 背中を何度も何度も痛みが襲う。

 これは嵐だ。通り雨だ。じっとこらえて、通り過ぎるのを待つんだ。

 下手に抵抗をしたり、痛がったりすると余計に暴力がひどくなるのを知っていた。

 予想通り、何の反応もしない少年に飽きたのか、背中を襲う痛みが止まった。


「ちっ、つまんねぇガキだな。もういいから酒買ってこい」

「……お金は?」

「ちったァ頭使え、バカ! かっぱらってくりゃいいだろ!」

「……はい」


 少年はとぼとぼと家を出て、近所のコンビニへと向かう。

 どうしてあんな父親クズがこの世にいるのだろう?


 自分は絶対にあんなクズにはならない、と心に誓う。

 ゲームの中のようにちゃんと努力をして、成り上がって、成功を掴むのだ。


 まずは勉強をして――勉強道具がまともにない。

 運動して身体を鍛えて――学校以外は家にいないと殴られる。

 きちんとした食事を摂って――菓子パンとカップ麺以外のまともな食事とはなんだろうか?


 コンビニに着いた。

 立ち読みをするふりをして、店員がバックヤードに消えるのを待つ。

 酒瓶を握って上着の下に隠し、店を出る。


 はは、と少年は自嘲する。

 何を熱くなっていたんだろう、あれは所詮しょせんゲームの中のことなのだ。

 そのとおりにできるはずなんてないじゃないか。


 諦めよう。

 親ガチャに失敗した俺が、いまさら挽回などできるはずがないのだから。


(了)

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