勇者ですが、過保護な姉が魔王討伐の旅についてきます~姉「ゆうちゃんにハーレムパーティなんてまだ早い!」~

瘴気領域@漫画化決定!

勇者ですが、過保護な姉が魔王討伐の旅についてきます

「ユーリよ、お主は『英雄の器』を宿した勇者として、邪神復活を目論む魔王を倒すための旅に出る。覚悟はできておるな?」


 僕は生唾をごくりと飲み込んで、神父様から宝剣を受け取る。

 かつて伝説の勇者が現世に復活しようとした邪神を斬ったという伝説の剣だ。


「もちろんです、神父様。絶対に邪神の復活を止めてみせます!」

「うむ、その意気やよし。よろしくたの「ゆうちゃん! 本当にだいじょうぶ!? ひとりで旅なんてできるの? お姉ちゃんもついていこうか?」

「……お姉ちゃん、僕はだいじょうぶだから。恥ずかしいからやめて……」


 神父様の言葉を遮って僕の肩を激しく揺さぶっているのはお姉ちゃんのアミーだった。

 村中のみんなが集まって見守っているところにも関わらず、普段どおりの過保護っぷりを発揮できる我が姉の胆力はある意味僕以上に勇者だった。


「ごほん、アミーと申したな。弟の心配はわかるが、勇者の旅は『英雄の器』を宿した者でなければとてもついていけぬ」

「ハンカチは持った? 自分で洗濯は? お料理はできるの?」

「ハンカチは持ったし、洗濯も自分でできるよ。料理は旅の途中にそんなことしてる暇はないよ……」

「保存食や外食ばかりだと栄養バランスが悪くて身体を壊しちゃうかも……そんなことになったらお姉ちゃん耐えられない! そうだ! いいことを思いついたわ、お姉ちゃんもついていって」

「あー、アミーとやら。わしが話しとるんじゃがな……」

「ほら、お姉ちゃんのせいで怒られた!」

「ええー……」


 僕がちょっときつめの声を出して、ようやくお姉ちゃんは離れてくれた。

 心配してくれるのは嬉しいけど、いくらなんでも過保護がすぎる。


 僕も十二歳になったんだ。

 我が家では違うけれど、家によっては大人として認められる年齢だ。

 いつまでも子ども扱いでは恥ずかしくなってしまう。


「ごほん、話が途切れてしまったが、『英雄の器』を持たぬ者にはとてもついてこられぬ旅になることは理解しているな?」

「はい、もちろんです神父様」


 英雄の器とは、邪神の復活を察知した神様が人間に与える恩寵だ。

 これを得た人間は魔物を倒したときに吸収できる魔素の量が常人の倍以上で、同じように魔物退治をしても普通の人よりずっと早く魂格レベルが上がって強くなる。


 誰がこれを授かったのかは王都の大神殿に神託でわかる。

 そして授かった本人も直感的に理解できる。

 運命を知った僕は、すでに邪神の復活を止めるという使命を受け入れていた。


「邪神をなんとかしないと人間が滅びちゃうらしいからさ。なに、すぐに強くなって魔王をやっつけてくるって約束するからさ、お姉ちゃんは安心して待っててよ!」

「ゆうちゃん……いつの間にこんなに大きくなって……」


 およよと泣き崩れるお姉ちゃんを置いて、僕は神父様の馬車に同乗して王都へと旅立った。

 お姉ちゃんはいつまでもいつまでも馬車を追いかけて走り、ときどきズベシと転んでいた。


 ……いや、お姉ちゃんこそひとりでだいじょうぶかな?


 * * *


「いやー、ここが王都なのね。村とは違って活気があるわねえ」

「そうだね。こんなに人がいるなんてまるでお祭りみたい……じゃなくて、なんでお姉ちゃんがいるのさ!?」

「えっ、見送りの最中だけど?」


 村から王都まで馬車で3日の道のりだ。

 その間、ずっと走って追いかけてきていたのか……。

 時折遠くから視線を感じることがあったけれど、勘違いじゃなかったんだな。


「アミーよ、お主の弟を想う気持ちは代えがたいものだが、これからは道中の魔物も危険なものが増える。はここで終えて、村に帰るのじゃぞ」

「そうだよ、お姉ちゃん。これから向かう先にはスライムやツノウサギだけじゃなくて、ゴブリンやオークみたいな怖い魔物がたくさんいるんだってさ」

「はぁい……」


 神父様と僕の二人からいっぺんにさとされて、お姉ちゃんはしょんぼりして人混みに消えていった。

 ここまで見送ってくれたことにお礼は言っておくべきだったかな……と思うけれど、これはどう考えても見送りの範疇はんちゅうじゃないよなあ……。


「ユーリはすばらしい姉を持ったのだな。あのような家族を守るためにも、くれぐれも使命を忘れるでないぞ」


 神父様の言葉に黙ってうなずく。

 邪神が復活すれば、世界はめちゃくちゃになってしまうという。

 お姉ちゃんや、僕たち姉弟きょうだいみたいな家族の暮らしを守るためにも、僕に課せられた使命は重要なものなんだ。

 それまで言葉としてはわかっていた責任の重さが、急に実体となって感じられた気がした。


 神父様に連れられて大神殿につくと、3人の女の子たちが待っていた。


「ようこそいらっしゃいました。勇者様、私はリスタと申します」


 白い神官をまとった金髪の女の子が最初に挨拶をしてきた。

 村では見たことがないような、なんというか清らかな雰囲気にドギマギしながら差し出された手を握った。


「あたしはイル。魔導士よ。……しかし、あんたみたいなガキが戦えるわけ?」


 いきなりの子ども扱いにムッとしつつ、声の方を見ると幅広の帽子をかぶった赤いローブの女の子がいた。

 君だって子どもじゃないか……と言い返したくなるのを我慢して右手を伸ばすが、イルは長い杖を抱いて腕を組んだまま身じろぎもしない。


「そんなカリカリしとったら旅の前から疲れてまうで。無駄に気負っとったら実力も出せへん。うちはレンっちゅうもんや。あんじょうよろしゅうに」


 その様子をケラケラ笑いながら見ているのは長身で細身の少女だった。

 黒い髪に、日に焼けた肌。体にぴったりとした薄手の黒い服を着ていて、明るい印象とは対象的に、闇に紛れたら見えなくなってしまいそうな雰囲気があった。


「ユーリ、この三人がお前の仲間となる『英雄の器』を宿せし者たちだ。それぞれ僧侶、魔導士、斥候せっこうの適性を授けられておる」


 英雄の器とは別に、職業ジョブと呼ばれる恩寵おんちょうがある。

 神の御業を借りた回復や補助に優れる僧侶、魔素を通じて四象を操り攻撃魔法に長けた魔導士、探索や敵の察知に長けた斥候の適正を持っているということか。


 ちなみに職業ジョブの適正は英雄の器に選ばれなかった人も持っている。

 お姉ちゃんは斥候の適正があったから、村から王都まで馬車についてくるなんていう荒技ができたんだろう。


「唯一無二の職、勇者の適性を持つユーリが一行のリーダーとなる。全員、ユーリの指示をちゃんと聞いて、力を合わせるのじゃぞ」

「はい、勇者ユーリ様、よろしくお願いしますね」

「たまたまあんたが勇者だからとりあえずは一緒に行くけど、足を引っ張ったら承知しないからね!」

「まぁまぁ、そうツンケンしてもしゃーないやん。打倒邪神まで仲良しこよしでがんばりましょ」


 うーん、旅の経験なんてないけれど、なんだかトラブルの予感しかしない顔合わせだなあ……。


 * * *


 王都を出て初日の夜、さっそく予感が的中した。

 数日かけて連携を確認してから旅立ったから、道中で遭遇したゴブリンなんかは問題なく退治できたんだけど、まさかこんな苦難が待ち受けているとは……。


「だ・か・ら! お姉ちゃんはこんなハーレムパーティなんて許しませんからね!」


 僕らの野営に乱入して鼻息荒くわめいているのは間違いようもない、お姉ちゃんだ。


「あの、お姉様? これはそんな不純な目的の旅ではないですが……」

「誰があなたのお姉様ですか!」

「こんなガキとどうこうなるわけないでしょ」

「ゆうちゃんを『こんなガキ』とはなんて言い草! ゆうちゃんの可愛さがわからないなんて、魔族に目玉でも焼かれたんじゃないの?」

「なんですって!」

「まぁまぁ、ユーリはんはカワイイやんなあ。カワイイカワイイ、可愛すぎて食べたくなっちゃうくらいやわぁ」

「ふふ、レンと言いましたか? あなたはわかってます……はっ!? あなた、ゆうちゃんを狙ってますね!」


 どう対応しても面倒くさいやつだ……。

 僕はみんなに平謝りして、とりあえずその晩はテントを2つに分け、お姉ちゃんと二人で眠った。


 翌朝、なんとか説得してお姉ちゃんを家路に帰したが……みんなが僕を見る目が冷たくなっていてつらい。


 * * *


 そんなトラブルが何回も続いて、やっとお姉ちゃんの影が感じられなくなり数ヶ月、僕らの旅は続いていた。

 この旅は修行も兼ねているから、王国が護衛をつけてくれたりすることはない。


 下手に護衛なんかつけてしまうと、魔物を倒した際に得られる魔素が分散して成長の効率が悪くなってしまうのだ。

 予言された邪神復活の日のぎりぎりまで自分たちを鍛えなければならない。


 邪神復活を目論む魔王が、復活の儀式を行うのを阻止しなければいけないのだ。

 儀式が行われるという『星辰が揃う夜』までもう1年を切っている。


 魔物を退治しながらの旅で自分たちが強くなっていることを実感できてはいるけれど……正直なところ、焦りはある。

 オーガやトロールみたいな大型の魔物を倒せるようになったけれど、この調子で魔王を倒すのは間に合うのだろうか?

 もっと豊富に魔素を蓄えた、強力な魔物を倒すべきなのではないか。


「お願げえしますだ、勇者様。どうか、どうかわしらの村を救ってくだされ!」


 そんなときに飛び込んできた助けを求めるその声は、焦りを抱えた僕らにとってまさしくうってつけだった。


 * * *


 襲いくる灼熱の蒸気。盾をかざすが熱気を完全に遮断することはできない。

 ちりちりと身を焦がす熱。生身で受ければ1秒だって耐えられないだろう。


「これが本物のドラゴンブレス竜の吐息……書物で読むのとは大違いです……」


 聖印を構え防御法術を展開しているリスタの額には大粒の汗が浮かんでいる。

 リスタの援護がなければ、僕はいまごろ消し炭だった。


「鉄まで溶かせるか、試してみいや!」

「貫け、輝く雷光ライトニングランス!」


 高熱の吐息ブレスを噴き出すドラゴンの巨大な口腔に矢が突き立ち、続いて稲妻が殺到する。

 レンが矢を放ち、イルが雷撃呪文で追撃したのだ!

 たまらず口を閉じたドラゴンが、長大な首をひねって苦悶くもん雄叫おたけびを上げる。


「はぁ、はぁ……これで打ち止めよ。あとは……おねが……い……」

「うちもこれで弾切れや、あとは頼んだで、ユーリはん!」


 魔力切れで崩れ落ちたイルをレンが支える。

 もう次はない! 仲間たちが作ってくれたチャンスだ!

 ここで決めなければ全滅してしまう!!


 僕は盾を捨てて疾走する。

 それに気づいたドラゴンが長大な尻尾を横薙ぎに振るう。

 大木のようなそれをかいくぐる。


 ――後ろから仲間たちの悲鳴。


 しまった! 後衛まで届いたのか!

 けれども、振り返っている暇はない。

 ここで距離を開けてはブレスの餌食えじきだ。


 ――ドラゴンの首元まで詰め寄る。


 両手で剣を握り、ドラゴンの首に向かって突き立てる。

 鋼鉄を突いたような衝撃に続き、固く締まった肉にめり込む感触。

 高熱の血が吹き出し、僕の身に降りかかるが怯んではいられない。

 満身の力を込めて、剣を突き立てる。

 どれだけ深く刺せばいい? どれだけ刺せば死に絶える?

 体ごとめり込ませるつもりで全身の体重をかける。


 ――ドラゴンが前足を振り上げるのが見えた。

   ――1本1本が大剣を思わせる巨大な爪。

     ――振り下ろされる。

       ――衝撃。

         ――暗転。

           ――静寂……。


 * * *


「おお、勇者様。目を覚まされましたか!」


 一瞬だったのか、それとも長い時間だったのか、静寂を破ったのはドラゴン退治を依頼してきた村人の声だった。

 重いまぶたを開くと、そこは木造の質素な部屋。

 ドラゴン退治の前に泊めてもらった村長の家だと少ししてて気がつく。


 死を覚悟していたけれど、どういうわけか生き延びたらしい。


「はい、旅の冒険者殿がたまたまドラゴンと相討ちになった勇者様たちを見つけたそうで、それでみなさまを村まで担ぎ込んでくださったのですよ」

「そんなことが……その冒険者さんにお礼を言わないと」

「それが、勇者様たちを連れてきたら、『私はここにいるべき人間じゃない』と礼も辞退してすぐにいなくなられてしまいまして」

「そうなんですか……」


 みんなを守るための勇者が、通りすがりの冒険者に助けられてしまったなんて不甲斐ない話だ。

 でも、なんとかドラゴンは倒せていたのか。

 最低限、やるべきことができたようでほっとしている部分もあった。


「あっ! 他のみんなは!?」

「『あっ』とは何よ、『あっ』とは。まっさきに心配しなさいよねー」


 憎まれ口をたたきながら入ってきたのはイルだった。

 目の下が少し赤く見えるけど、他に目立った外傷はなさそうで安心する。


「さっきまで『ユーリが死んじゃう~!』って泣いとったのに、イルはんは素直じゃないねんなぁ」

「こらこら、レンさん。そうやって人をからかうのはよくないですよ」


 続いて入ってきたのはリスタとレンだった。

 ふたりとも絆創膏くらいは貼っているが、大怪我はないようだった。


「ははは、結局僕が一番の重症かあ。勇者なのに、情けないなあ」

「そんなことはありませんよ。とても真似できない勇気です」

「ふん、いつも考えなしに先頭で突っ込むからいけないのよ」

「ちゅうても前衛ひとりやからなあ。こりゃ転職も考えた方がええな」


 転職、か。

 転職とは、それまでに取り込んできた魔素を神様に捧げて、違う職業ジョブになることだ。

 それまでに積み上げてきた力が失われ、ゼロから修行をやり直すことになるので好んで行う人間は少ない。

 けれども、上級職になって修行を積めば、もともとの職業のままでいるよりもずっと強くなれるのも確かなことだった。


「いまの僕らで、上級職になれるだけの魂格レベルはあるかな?」

「正確には大神殿へ調べねばわかりませんが、おそらくは足りると思いますが……」


 リスタが心配げに眉根を寄せる。

 邪神復活まで1年もないのだ。いまから転職して果たして間に合うのか懸念しているのだろう。


「あんな下っ端ドラゴンに手こずってるようじゃ魔王なんて倒せっこないんだから、イチかバチか転職してみるしかないでしょ」

「せやな。そうと決まれば善は急げや!」


 というわけで、僕らは上級職になって修行をやり直すことにした。

 大神殿の神官様たちは驚いていたけれど、事情を話すと納得してくれた。


 王国が集めている情報によると、魔王の側近にはあのドラゴンよりも強力な魔物が何体もいるらしい。

 そんな敵を打ち破るためには、多少の賭けは避けられないと思ったのだろう。


 リスタは僧侶から司教になり、より強力な法術を身に着けた。

 イルは魔導士から大魔導になり、より強力な魔術を身に着けた。

 斥候のレンは隠密に優れた忍者や野伏にもなれたのだけれど、パーティの前衛不足を解消するために舞踏剣士ソードダンサーになってくれた。


 そして勇者の僕は、「勇者の中の勇者」になった。

 ……なんか僕だけコレジャナイ感が否めないけど、子どもじゃないからわがままは言わない。


 * * *


 それから、邪神の復活ぎりぎりまで僕たちは各地で魔物退治をして修行をした。

 はじめのうちは楽勝だった敵にも苦戦するので大変だったけれど、魂格が上がってからはめきめきと強くなり、転職前をはるかに上回る実力を得られたと自覚できる。


 魔王城に乗り込み、かつて全滅させられかけたドラゴンにも勝る魔物たちと戦いを重ねるが、難なく打ち破ることができた。


 目の前にある巨大な扉は、魔王が邪神復活を行っている儀式の間に通じている。

 予言によって、その場所は正確にわかっていたのだ。


「いよいよ、最終戦ね」

「神の正義を魔王に知らしめてあげましょう」

「珍しくリスタちゃんが気合入っとるやん」

「みんな、準備はいいね!」

「ええ!」「はい!」「ほな、いこか!」


 扉を押し開けると、強大な邪気を放つ魔族が立っていた。


 * * *


「フハハハハハ! 勇者とやら、こんなものか!」


 魔王が振るう剣を盾で受けるたび、吹き飛ばされそうなほどの衝撃が襲ってくる。

 魔王の見た目は全身の肌が青銅色という以外には人間と変わらない。

 体格もせいぜい僕より一回り大きい程度で、剣も片手剣なのに、このパワーは一体どこからわいてくるんだ!?


 相対するだけで伝わってくる魔力の量もとてつもない。

 リスタの支援魔法も、イルの攻撃魔法も膨大な魔力の圧力に弾かれて効果を発揮していなかった。

 目まぐるしく2刀を操るレンの攻撃は魔王に確実に命中していたが、薄皮一枚として切れていない。

 レンの軽い攻撃では、魔力によって強化された魔王の皮膚を貫けないのだ。


「遊びもこんなところか。まずは鬱陶しい小蝿どもから始末してくれる」


 魔王が空いていた左腕を振るうと、黒い衝撃波がレンを吹き飛ばした。

 壁に叩きつけられたレンが血を吐いて崩れ落ちる。


「レン! だいじょうぶ!?」

「この期に及んで他人の心配とは、人間の勇者というのはずいぶん暢気のんきだな」


 魔王が続けざまに黒い衝撃波を発し、リスタとイルを吹き飛ばす。

 二人とも壁に激突し、その場で意識を失ったようだった。


「くそ……どうやってそんな力を手に入れたんだ……」


 圧倒的な実力差。

 こんな力があるのなら、はじめから魔王軍の先頭に立って戦えばいいじゃないか!

 うぬぼれではなく、僕たちは人類の最高戦力だ。

 その僕たちをこんな簡単にあしらえる力があるのなら、普通の人間の軍勢なんて相手にもならないだろう。


「くくく、冥土の土産に教えてやろう。我はな、邪神の半身の力を宿したのだ」

「邪神の半身、だって?」


 予想もしなかった言葉に、思わず聞き返してしまう。

 魔王がいやらしい笑みを浮かべ、それに応じた。


「邪神が完全に蘇っては我が支配すべき大地がめちゃくちゃにされてしまう。だからな、復活間近の邪神を取り込み、我がかてとしたのよ! もう半日でも早く貴様らがやってきていれば、我を倒せたかもしれぬのになあ」

「そ、そんな……」


 ぎりぎりまで修行をしていたのが裏目に出ていたのか!?

 まさか魔王が邪神を復活させず、自分の力にしてしまうだなんて、そんなの予想がつくわけないじゃないか!


「くくく、人間とは、神とは愚かよな。バカのひとつ覚えで邪神復活に合わせて刺客を送り込んできよる。それがわかっていて、我らが対策をせぬわけがなかろう?」


 完全に想定外だった。

 僕たちが色々と工夫しているんだから、魔王も何か企んでいて当然だったんだ。

 油断せず修業を重ねてきたつもりなのに……そんな当たり前のことに気が付かなかったなんて、心のどこかで勇者に選ばれたことへのおごりや、最後は必ず人間が勝つのだと甘く見ていたところがあったのかもしれない……。


「人間の勇者よ。その宝剣の持ち主である貴様さえいなくなれば、もはや我に敵しうる者はいない。人類の希望と共にここで果てるがいい!!」


 魔王が剣を振りかぶる。

 もう腕がしびれて盾を掲げる力もない。

 最後の最後で死んでしまうのか……ごめん、お姉ちゃん、約束、守れなかった――


 ――ゆうちゃんに何するのぉぉぉぉおおおお!!!!


 叫び声。

 金属音。

 呻き声。


 え? え? いったい何があった!?


「何してるの、ゆうちゃん! 早くトドメを!」

「え、あ、うん?」


 混乱していた視界が戻ると、そこには魔王の首に組み付いた黒装束の女性がいた。

 がっちりチョークスリーパーを決めて、魔王の口からは呻き声と泡がこぼれている。


「ほら、急いでゆうちゃん! お姉ちゃんだっていつまで持つかわからない!」


 えー、あ、うん。やっぱりお姉ちゃんですよね。


「早く早く! 宝剣で喉をぐさーっと!」

「えぇ、でもそれだとお姉ちゃんに当たるかも」

「お姉ちゃんのことは気にしないで! そんなことよりゆうちゃんの身が大事よ!」

「あ、うん」


 僕は宝剣でほとんど失神しかけていた魔王の喉を貫いた。

 勢い余ってお姉ちゃんにも当たったみたいだけど、ガキンと音を立てて弾かれたので、お姉ちゃんは無傷だった。


 * * *


 数カ月後、故郷の村。


「ゆうちゃん、ゆうちゃん! プリン焼けたよー」

「うん、お姉ちゃん、いまいくよー」


 無事魔王を倒した僕たちは、王様から報奨をもらって故郷の村に帰ってきていた。


「ちょっとー、まだあたしとの勝負の途中じゃない」

「ごめん、イル。焼きたてを食べに行かないとうるさいからさ」

「まったく、このシスコン勇者め」

「あはは……」


 僕はカードの手札をテーブルに伏せて、居間へと向かう。


「勇者様のお姉様のプリンは絶品ですね」

「ほう、あなたにもゆうちゃんが愛するこの味がわかるのね……って誰がお姉様よ!」

「ほんまやな。こんなお姉ちゃんを持ってユーリはんは果報者やで」

「ふふん、ゆうちゃんのお姉ちゃんであるからにはこの程度は当たり前……って、私はあなたのお姉ちゃんじゃないわ!」


 居間に降りると、リスタとレンが先にプリンを食べていた。

 後ろからはイルがついてきていて、僕に続いて椅子に座る。


「うーん、このさっぱりした甘みがいいわねえ。王都の甘味店にも負けてないわ」

「そうでしょうそうでしょう、何しろ勇者ゆうちゃんのお姉ちゃんの手作りですからね!」


 イルの褒め言葉に、お姉ちゃんは満足げにうなずいている。

 なんだかんだ、料理の腕前がほめられるのは気分が良いようだ。


 どうしてこんなことになっているのかと言えば、魔王討伐の後、僕が帰郷すると話したら僕の故郷を見てみたいと言って、みんなついてきてしまったのだ。

 魔王討伐の恩賞で大金をもらうのも貴族になるのも思うがままだっていうのに、みんな変わっている。


「しかし、忍者が作ったプリンっちゅうのも不思議なもんやなぁ」

「上級職の方なんてめったにおられませんからね」

「いや、そういうことやなくてなぁ」


 そう、お姉ちゃんは知らぬ間に上級職の忍者になっていたのだ。

 実のところ、お姉ちゃんは僕が追い返した後も距離を置きつつ、ずっとついてきていたらしい。

 僕たちが4人で協力して歩んできた道のりをひとりで進んできたのだ。


 そんな一人旅だから、英雄の器を持たないお姉ちゃんでも僕らより遥かに多くの魔素を得て強くなっていた。

 ドラゴンを前に全滅しかけた僕たちを助けたのもお姉ちゃんだったのだそうだ。

 そして斥候の上級職である忍者になった後は隠密スキルを駆使してかなり近い距離で見守り続けていたということだった。


 ありがたい話だけど、想像すると、ちょっと怖い。

 

 しかし、のんびりした日常も悪くないけど、冒険の旅も悪くなかったな。

 僕はふと思いついた願望をつい口にしてしまった。


「またみんなで旅にでも出たいなあ」

「ふん、私も田舎の村に飽きてきたところよ。ついていってあげてもいいわ」

「勇者様の行くところ、神の導きあり。私もお供させてくださいませ」

「うちも仲間はずれにせんといてやー」

「今度はお姉ちゃんも一緒に行くわ! ゆうちゃんにハーレムパーティなんてまだ早い!」

「「「えぇー」」」


 そんなこんなで、次の旅ではお姉ちゃんが堂々とついてくるみたいだ。

 ……ま、嫌ってわけじゃないんだけどさ。


(了)

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