婚約破棄を言い渡されましたが王都がゾンビで滅びかけているのでそれどころじゃありません

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婚約破棄を言い渡されましたが王都がゾンビで滅びかけているのでそれどころじゃありません

「メリス、お前との婚約は破棄だ。王都から離れて暮らせ」


 ウィリアム王子が青色の瞳をこちらに向けて言い放つ。

 切れ長で怜悧な印象を与えるその瞳は、長いまつげに縁取られてザ・美男だ。

 若干クセのある銀髪のゆるい雰囲気とのギャップがたまらない。


 って、ちょちょちょちょーい!

 そんな話をしている場合じゃないんですけど!?

 つか、なんでこのタイミングで婚約の話!?

 いままさに急造のバリケードが屍人ゾンビどもにぶち破られそうなんですが!?


「ウィル、悪いけどいまはそんな話を……」

「うるさい! これで保護魔法も無効になったはずだ!」

「えっ、それはどういう……?」


 私の質問への答えの代わりと言わんばかりに、ウィリアム王子の右手が光った。

 王子の放った魔法の直撃を受けた私は金色の光に包まれて――


 * * *


「おーい、メリス。神殿から呼び出しがかかってるぞ。何をやらかしたんだ?」


 底辺冒険者としての私の日常が終わったのは、ギルド長からのその一言がきっかけだった。

 いまにして思えばここで呼び出しをぶっちぎって国外に逃げていればよかったのかもしれない。

 ま、これは後知恵というやつで、当時の私には意味もなく神殿に逆らおうなんて気概はなかったし、その理由もなかった。


「いや、神殿に怒られるようなことは何もしてないんですけど」

「そうなのか? なんにせよ急ぎの呼び出しだ。受領中のクエストもないんだからとっとと行ってこい」

「はーい」


 おっかなびっくり神殿に出頭すると、私が「聖女の器」に選ばれたという神託が下ったというお話だった。

 そして巫女たちによってたかっておめかしを施され、着せかえ人形にでもなった気分でわけもわからぬまま連れて行かれたのは王城。

 そこで引き合わされたのは街で噂の超美形王子、ウィリアム殿下だったのである。


「君が聖女の器か。名前は何て?」

「メリス、ですけど」

「メリスか。うん、いい名前だな」


 そう言うと、ウィリアム殿下は切れ長の目を細めて微笑んだ。

 やばい、ズッキューンときた。イケメンに微笑みかけられて喜ばない女子はいない。


「急な話で驚いているだろうけど、これからは婚約者としてよろしく頼むよ」

「こここ婚約者!?」

「戸惑いも、不満もあるだろうけどさ。国の決まり事だから我慢して欲しい」

「ふふふ不満なんてめっそうもない!」

「そう? それなら助かるな」


 あまりにも急転直下な展開に理解が追いついていなかった私の頭に、神殿でされた説明が蘇ってくる。

 なんでも私は「聖女の器」なるものに選ばれたそうで、これが王家と交わると国を守る聖女の力に目覚めるのだそうだ。


 そのため、「聖女の器」に選ばれたものは自動的に王族との婚姻を結ばされる決まりになっている。

 最後の「聖女の器」の出現から100年以上が経過しているため、私のような一般ピーポーはまるで知らない決まり事なのであったが。


 私からしてみれば、びっくりはしたもののとんだ玉の輿である。

 しがない底辺冒険者だった私が王族の、しかもイケメン・オブ・イケメンと名高いウィリアム王子と結婚できるなんて夢にも思わない幸運だった。


 それから数日かけて特急で最低限の礼儀作法を叩き込まれ、神殿で正式な婚約の儀が執り行われた。

 王子の細くすべすべした指が私の右手を取り、薬指に銀色の指輪をはめる。


「これで無事婚約成立だね。改めて今後ともよろしく」

「よ、よろしくお願いします」

「この指輪には婚約者を守る魔法が込められているけど、回復魔法も効きが悪くなっちゃうから気を付けてね」

「は、はい」


 聞けば王族の婚約者には全員この保護の魔法がかけられているらしい。

 王族の婚約者ともなれば暗殺や洗脳を目論む人間も現れてくるし、当然の措置と言えるだろう。

 神殿と王家にはこのような独自の魔法がいくつも伝わっていて、それを駆使して魔物や魔族から国を守っているのだそうだ。

 なお、この魔法は神殿に伝わっている術式らしい。


 ちなみに、不貞を防ぐための術式も組み込まれていて……実際に不貞を働いたらどうなるかまでは教えてもらえなかった。いや、浮気なんてする気ないけどさ!


 というわけで、未来の王族入りが確定した私は冒険者を廃業し、神殿の離れで生活をすることになった。

 正式な婚姻はおよそ1年後、私の18歳の誕生日に行われることになった。


 それまでは顔つなぎのために貴族向け学校に通いつつ、王妃として必要な教養を身につけるための勉強漬けの日々である。

 ぶっちゃけ、このときばかりは「聖女の器」に選ばれたことを後悔した。

 勉強とか苦手だからさ、冒険者なんてヤクザな商売をしてたのだよ私は。


 * * *


「メリスは料理が上手なんだね。このスープも素朴だけど、素材の味がそのまま感じられておいしいよ」

「えへへへ。ウィリアム殿下に褒められるとうれしいです」

「堅苦しいな。二人のときはウィルとでも呼んでよ」

「え、あ、はい。ウィ、ウィルに褒められるとうれしい!」


 数多い王妃教育の中でも、料理の時間だけは唯一の癒やしだった。

 他国では料理など貴族にふさわしくないといって料理人任せにするところもあるそうだが、我が国では貴人が自ら腕をふるった料理を振る舞うことで客人をもてなす習慣がある。

 流浪の騎士が打ち立てた国家だという伝承があり、貴人の伴侶には糧食をなるべく美味しく調理する技能が求められるのだ。

 そのため、料理は王妃であろうと、いや、王妃だからこそ必須のスキルなのである。


 この日の献立はオーク肉と野菜をコンソメで煮込んだスープと、ショートパスタをアンチョビときのこのソースで和えたもの。

 そしてそれを青い目を細めて味わっているのはウィリアム王子だ。

 王子は王子で忙しい身のはずなのだが、私が料理をしているといつの間にか現れて相伴をしていく。


「それで、この前のゴブリン退治の話の続きを聞かせてよ」

「ええっと、どこまで話しましたっけ?」

「洞窟を出たら大群に囲まれてたところ」

「ああ、あのときは本当に死ぬかと思いました――」


 ウィリアム王子は現れるたび、私に冒険者時代の話をせびってくる。

 私よりも2つ歳上なのだが、こういうところはちょっと子供っぽい。

 たとえ王族であっても、男の子が吟遊詩人が歌うような冒険者の物語に惹かれるのは変わらないものなんだろうか。


 * * *


「あら、今回はかなりわかりやすくしたのだけれど、わからないのかしら?」

「すみません……」


 料理の時間とは反対に、気が重くなるのは貴族学校でのお茶の時間だった。

 王族や貴族同士の交流のためにお茶会が頻繁に開かれるのだ。


 家格も顔面もまさしく別格のウィリアム王子は社交界でも多くの熱視線を浴びせられていた。

 その王子を、突如現れた平民の、しかも冒険者なんて下賤な職業の女にかっさらわれてしまったのだ。

 そんな存在が貴族のお茶会なんて場に出席すると――


「仕方がありませんわ、マリアンヌ様。お茶というのは子供のころから親しんでいなければ味がわからないものですから」

「それもそうでしたわね。平民出のに繊細な紅茶の味の違いをわかれという方が酷でしたわね」

「『聖女の器』なんていう古臭いしきたりがなければ、ウィリアム殿下の婚約者はマリアンヌ様に決まりでしたのに」

「うふふふ、そんなことを口にしてはに失礼でしてよ」


 まあ、こうなる。

 交流のためのお茶会は時として……いや、かなりの割合で私への嫌味を言い続けるための会となるのだ。

 今日のネタは紅茶の銘柄を当てるゲームにかこつけた知識マウントだ。


 お茶なんて、冒険者時代には薬草を煮出した汁ぐらいしか飲んだことがない。

 つかさ、茶を飲む金があるならエールを持ってこい、エールを! という生活だったので茶の味をおぼえるような要素は1ミリも存在しなかったのである。


「やあ、メリス。こんなところにいたんだね」

「あれ、ウィル……じゃなかった、ウィリアム殿下。どうして学校に?」

「「ウィ、ウィリアム殿下!?」」


 突然現れたウィリアム王子の姿に、マリアンヌたちは背筋を伸ばして固まった。


「ごめんごめん、邪魔をしちゃったみたいだね。楽にしててよ」

「じゃ、邪魔などとんでもございませんわ」

「ちょっと喉が渇いちゃってね。お茶をもらってもいいかい?」

「もちろんですわ! 私が最高のお茶を淹れて差し上げますの」

「いいよ、そんなに気を使わなくて。長居はできないからさ」


 そういうと、ウィリアム王子は私の前にあった3つの杯を立て続けに飲み干した。


「話の腰を折っちゃったみたいだけど、どんな話をしてたの?」

「紅茶の味比べをしてたんだけど、ぜんぜんわからなくて……」

「利き茶かあ、あれは難しいよね。いま飲んだのも全部同じ味に思えたよ」

「あはははは、私も一緒です」

「これの違いがわかるなんて、マリアンヌたちはすごいねえ」


 褒め言葉とともにウィリアム王子が視線を向けると、マリアンヌたちは顔を真っ赤にして震えていた。

 このときはイケメンビーム恐るべしとのほほんと考えていたのだけれど、後で王子から聞いたところによるとあのお茶はまったく同じ銘柄で、味の違いなんてなかったらしい。


 マリアンヌたちは、インチキのタネを見透かされて震えていたというわけだった。

 冒険者同士の博打でイカサマがバレたら半殺しは確定なので、それに比べたらずいぶん優しい対応だったと思うのだけれど。


 そんなことが何回かあって、お茶会での嫌味はだんだん鳴りを潜めていった。

 あるときウィリアム王子にお礼を言うと、「妻を守るのは夫の役目だよ」とさらっと答えられてこちらが赤面してしまった。


 ちくしょう、イケメンはずるいぞ。


 * * *


 なんやかんやと月日が過ぎて、結婚式の当日がやってきた。


 大変なことも多かったけれど、命がけの毎日を過ごしていた冒険者時代から比べれば総じて夢のような日々だったと言って差し支えない。

 ふと目を覚ましたらすべて夢でした、なんてオチが待っていても納得しかねないレベルの出来事の連続だった。


 今日をすぎれば、ウィリアム王子……いや、ウィルとは晴れて正式な夫婦となる。

 将来の王妃としての責任に気後れするところはなくもないが、ウィルと二人であればどんな困難でも乗り切れそうな気がする。


 式場となる大聖堂の横手の控室で巫女たちに着付けや化粧を施されながら、私はこの1年の出来事を振り返っていた。

 ウィルの方はもっと準備が簡単らしい。

 初代の騎士王が身につけていたとされる甲冑かっちゅうを着て、刀剣をけば以上終了だ。


 凛々しい騎士姿のウィルを想像する。

 あれだけの美形だ、絵物語の主人公のように映えると思う。


 ちなみに、この結婚式には国中のみならず、外国からも貴賓が招待されている。

 彼らに対する次期王位継承者のアピールという点でもばっちりだろう。

 ウィルが先に客席で挨拶でもしているのか、そのざわめきが教会の分厚い石壁をも通り抜けて聞こえてくる。


 うわぁ……緊張するわぁ。

 結婚式なんて生まれてはじめてだし……って当たり前か。


 ……つか、いくら招待客が多いって言ってもさすがにどよめきすぎじゃねえ?

「う゛お゛お゛お゛お゛お゛」みたいな声が地響きを伴うレベルで聞こえてくるんですけど?

 どこぞの吟遊詩人のライブコンサート会場みたいなことになってるんですけど?


「メリス、無事か!」


 控室の扉が乱暴に開け放たれ、飛び込んできたのはウィルだった。

 肩で息をする様子は普段の落ち着いた姿からは想像もできないほどだ。


「何かあったの?」

屍人ゾンビの大群が押し寄せてきた!」

「は!? 屍人ゾンビがなんで!?」

「わからん! だがいまは原因を考えている場合じゃない!」


 ウィルは私の手を引いて駆け出した。

 入ってきたのとは別の扉を蹴り開け、通路を走っていく。


 どういう事態なのかさっぱりわからないが、問答している余裕はなさそうだ。

 私はハイヒールを脱ぎ捨て、裸足になって走る速度を上げる。

 ああ、地面を引きずるウェディングドレスの裾が煩わしい。


 背後から「う゛お゛お゛お゛お゛お゛」という呻き声の多重奏が聞こえ、通路を振り返ると無数の屍人ゾンビたちがこちらに向かって押し寄せてきていた。


 大多数は半分腐り落ち、骨が内臓が露出している。

 服装は平民や貧民のものが大半だ。

 共同墓地から這い出してきたのだろうか?


 中には腐っておらず、上等な衣服や甲冑に身を包んだものもいる。

 あれはそうか、来賓や衛兵が犠牲になったものか。

 屍人ゾンビに殺されたものは屍人ゾンビとなって新たな仲間を増やそうと生者に襲いかかる。これが屍人ゾンビという魔物の恐ろしいところだった。


「ナイフ、ある!?」


 駆けながらウィルに声をかけると、黙って剣のつばに仕込んだ小柄こづかを渡してくれる。

 それを受け取ってドレスのスカートを切り裂き、裾を捨てるとかなり走りやすくなった。


 多少余裕ができたところで、ウィルに尋ねる。


鐘楼しょうろうに向かってるの?」

「そうだ、神殿のかねには鎮魂ちんこんの術式が込められている。反死人アンデッドには効果があるはずだ!」


 なるほど、こんな事態でもきっちり対応策を考えていたとはさすがはウィルだ。

 足の遅い屍人ゾンビたちを引き離し、鐘楼のてっぺんまで昇った私たちを待っていたのは――


「鐘が、ない……?」


 ――非情な現実だった。


 * * *


 鐘楼の頂上は吹きさらしだが、そのすぐ下には当番の神官が常駐できるよう最低限の家具や書棚などが据え付けられた部屋が用意されていた。


 それらの家具をすべてぶち壊し、階段につながる扉の前に積み上げて簡易なバリケードとしている。

 扉には絶え間なく衝撃が走り、向こうからは屍人ゾンビどもの唸り声が聞こえてくる。

 バリケードが保つのはあとどれくらいだろうか。

 あれが破られる前に対応を考えなければ、という状況である。


 当初の目的であった鎮魂の魔法が込められた鐘は存在していない。

 調べてみると、鐘を吊り下げていた鎖が火炎魔法で溶断された形跡があり、鐘本体は吹き抜けの底まで落とされているのがわかった。

 仮にあれを引き上げることができたとしても、魔法陣が壊れてしまって使い物にはならないだろう。


 ここに立てこもって救援の見込みがあるか……というと、それもまた難しい。

 鐘楼から王都を見渡せば、あちこちから黒煙が立ち上っており、屍人ゾンビの大群が神殿だけでなく街中で猛威をふるっているのが察せられる。


 これはもうダメかもしれない……。


 洞窟から出たらゴブリンの大群に囲まれていたときを余裕で超える危機である。

 あのときはパーティ全員が散り散りになって突破を試み、「運がいいやつが生き残れ」というやけくそのような打開策を講じた。

 要するに、生き残れなかったやつはおとりになったのだ。


 今回、それを当てはめるとすると……ダメだな。

 誰か、というか私とウィルの二人しかいないけど、どちらかが屍人ゾンビを引きつけたところで別の脱出経路がない。


 バリケードを固め、いつ来るかわからない救援を待つか、屍人ゾンビどもが諦めるのに期待するしかないだろう。


 鐘楼の調査を切り上げ、階下に降りるとウィルが頭を抱えてうずくまっていた。

 何かつぶやいているので耳を澄ませてみると、「追放の術式が……」「いや、これは保護魔法を……」などと言っている。


 この場を打開できるような大魔法を考えているのだろうか?

 しかし、そんなものがあるなら王立魔術院あたりがとっくに発動してそうだ。

 いまは耐える以外の選択肢はない。


 * * *


 衝撃のたびにバリケードが揺れる。

 木製の扉はひび割れ、蝶番ちょうつがいもぎりぎり付いているだけの状態だ。


 ありゃー、こりゃもうもたないな。

 私はウィルから預かった小柄こづかを握りしめる。

 バリケードを突破されたら特攻しかない。


 扉の向こうに屍人ゾンビどもが何体いるかはわからないが、十や二十程度であればなんとか引きつけられるかもしれない。

 斬り込んで道を開ければ、ウィルだけでも逃げられるかもしれない。


 そんな覚悟を決めていたら、ウィルが口を開いた。


「メリス、お前との婚約は破棄だ。王都から離れて暮らせ」


 ウィルが青色の瞳をこちらに向けて言い放ったのは、そんな言葉だった。

 切れ長で怜悧な印象を与えるその瞳は、長いまつげに縁取られてザ・美男だ。

 若干クセのある銀髪のゆるい雰囲気とのギャップがたまらない。


 って、ちょちょちょちょーい!

 そんな話をしている場合じゃないんですけど!?

 つか、なんでこのタイミングで婚約の話!?

 いままさに急造のバリケードが屍人ゾンビどもにぶち破られそうなんですが!?


「ウィル、悪いけどいまはそんな話を……」

「うるさい! これで保護魔法も無効になったはずだ!」

「えっ、それはどういう……?」


 私の質問への答えの代わりと言わんばかりに、ウィリアム王子の右手が光った。

 王子の放った魔法の直撃を受けた私は金色の光に包まれて――


「これは王家に伝わる魔法のひとつ、『追放』の術式だ」

「なに、それ……?」

「その場から遠く離れたところへ対象を飛ばす効果がある。本来なら王族が逃げるためか、魔王だのドラゴンだのを追い払うのに使うらしいんだけどね」

「それなら自分に使えばいいじゃない!」

「あはは、言ったじゃないか。妻を守るのは夫の役目だって」

「そんな……」


 短いやり取りをする間にも、だんだんと景色がぼやけてくる。

 噂にしか聞いたことがないが、転移術式の発動時にはこんな光景が広がるのだという。


 お腹の奥がじりじりと熱くなってくる。

 全身の筋肉がぶるぶると震えてくる。

 これが頂点に達したら、『追放』の魔法が成るのだろうか?


「ここから逃れたら、僕のことは忘れて幸せに暮らしてね」


 ウィルの端正な顔が微笑む。

 私は衝動に任せてウィルに向かって抱きつく。


「えっ、こら! じっとしてないと魔法が失敗しちゃうかも!?」

「知らない!」


 私はウィルの唇をふさいだ。

 私の唇で。

 体中が熱くなり、いまにも溶けてしまいそうだ。


 ――そのとき、私の体が黄金色の輝きを放った。


 * * *


「具合はどう? 

「ちょっとウィル、その呼び方やめてよ」

「あはは、ごめんよ、メリス」


 あの屍人ゾンビ騒動から数日、神殿の離れで療養している私をウィルが見舞いに来てくれていた。

 捜査が進んだ結果、例の事件の主犯は魔王であり、手引きをしたのはあのマリアンヌ嬢であったそうだ。


 魔王から「お前は異世界の遊戯の悪役として描かれた令嬢であり、運命にあらがわなければ身を滅ぼす」と伝えられてその気になってしまったらしい。

 私への嫌がらせも、魔王にそそのかされた結果なのだそうだ。


 ぶっちゃけ、意味がわからない。


 ま、これについては一般向けには秘密にされた。

 公爵令嬢であるマリアンヌが王都に、そして諸外国からの来賓に多大な被害をもたらした事件の片棒をかついだなんて、口が裂けても言える話じゃないから仕方がない。


 マリアンヌは地方の修道院に押し込められ、事実上終身刑の身となった。

 身分が高すぎるので処刑こそされていないが、まあ……こっそり暗殺されるなんてこともあるかもしれない。


「それにしても、聖女の力がこんなにすごいだなんて思わなかったよ」

「いやー、私だってびっくり」


 ウィルと唇を重ね合わせた瞬間、私から生まれ出た力はすさまじかった。

 あらゆる建物を貫通して王都全域を照らし出した黄金の光は、すべての屍人ゾンビを蒸発させ、そして屍人ゾンビとなったばかりの犠牲者を生者として復活させたのだ。


 聖女の器と王家が交わると、真の聖女の力に目覚めるという話だったが……「交わるってそういう意味だったんかーい!」と思わずツッコミたくなるオチである。


 ……ま、だから結婚がマストだったんだねという話ではあるが。


 療養という体裁は取っているが、実際のところ私の体調にはなんら問題がない。

 1年間みっちり勉強漬けだったので、事件にかこつけてひさびさのサボりを楽しんでいるところなのである。


「結果的には助かったけど、もし同じようなことがあったら次は逃げてほしいな」

「どうして?」


 ウィルが言いづらそうに紡いだ言葉に即座に聞き返す。


「だって、妻を守るのは夫の役目だからさ」


 さすがは騎士王を祖とする我が国の王子様だ。

 でも、私はふふふと笑って言い返した。 


「妻だって、夫を守ってもいいんじゃないかな?」

「はは、たしかにそうかもしれない」


 そして私はウィルに抱きつき、あのときはできなかった続きを堪能したのである。


(了)

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