第9話


 それから一月が経った。


「ん…………」

 目を閉じて、俺との口づけを受け入れる少女。何十秒か経って、ようやく口を離す。

 相手の目が真っ直ぐに俺を見返す。しかし、その少女は絢ではなく樋口だった。新しい俺の彼女。



 結局、俺はキャンセラーを手放すことが出来なかった。その後も俺は樋口に対するアプローチを続け、とうとう付き合うことに成功した。

 もしFPCIがない以前の世界だったら樋口はきっと男子に大人気で、とても俺が付き合えるような相手じゃなかっただろう。鏡で見た自分の顔は、残念ながら彼女と釣り合うとは思えない。

 でも今の世界では違う。他の奴らは彼女の美貌に気付くことすら出来ない。彼女自身すら。ライバルが少ない状況で樋口にアピールするのは難しくなかったし、樋口も俺の事をあまり警戒していなかった。

 結局、俺は俺だけが彼女の魅力に気付いているという特権を手放す気にはなれなかったのだ。


 何より、彼女の美しさを認識する事が出来なくなるのが耐えられなかった。

 内面こそが本物で、見た目で人を決め付けるのは間違っている。小さい頃からそう教わってきた俺にとって、樋口を選ぶ事は罪悪感もあった。キャンセラーを着ける前まで絢とは何の問題もなく付き合えていたし、人格こそが本物だっていうなら彼女には何の不満もなかったからだ。

 だけどキャンセラーを使ってしまった俺には、見た目なんて関係ないとはもう思えなかった。

 見た目で差別されない世の中、そりゃいいことなんだろう。

 でも、それは美人を見て感動する、そういう喜びも捨てるってことだ。

 それが差別というなら、人間というのは差別をする様に生まれてきた生き物なのだ。いくら本能を捨てようとしたって人間以外にはなれやしない。見た目も中身も合わせて一人の人間。

 

 俺は樋口の顔を見つめて、再びキスをした。

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容姿差別のない世界で @tak114

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