物を語る

 彼女はいつも「お話聞かせて」と私のそばに寄って来た。そんなとき私は、今までの経験や想像力から話を作って聞かせてやった。五分もせずに終わるような短い話ばかりだ。どんなものを語ろうが、どんな話を作ろうが、彼女ははしゃいでくれた。楽しそうに「もう一回もう一回」と、笑ってくれた。そんな時間が、私は好きだった。

 しかし、彼女はもう来ない。必要なくなったのだ。私も、私の語るものたちも。探しに行こうにも、この身体では限界が近い。歩くことはもちろん、立ち上がることすら最近は難しいのだ。彼女は――孫娘は、もう巣立ってしまったのだった。だからせめて、彼女がまた物語を欲しいと思ったときのために、私は言葉を紡ぎ続ける。


お題「来る」300字

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300字SSまとめ 2022 たぴ岡 @milk_tea_oka

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