映画館からの贈り物

相沢 たける

映画館からの贈り物

 映画館なんて僕には遠い場所だと思っていた。昔はよく行ってたけど、それは子どもの頃の話であって、二十も後半を過ぎた僕にとってはやっぱりどこか遠く感じられる場所なんだ。それは思い出として、という意味もある。


 スーパーのパートとして働いている僕は、平日に休日が来ることが多く、今日は水曜日なのに休みだった。やることもないので喫茶店でコーヒーを注文し、コーヒーを飲み干すとべつの喫茶店に行って紅茶を注文し、紅茶を飲み干すと今度は漫画喫茶に行ってまたコーヒーを飲むという生活を送る。ヒマだ。家でユーチューブ見ていればいい、だって? 今はまだガラケーが主流の時代なんだよ。だからユーチューブを見るためにはパソコンを起動しなきゃいけない。テレビもあるけど、だいたいお昼時のテレビは面白くない。ドラマもやってるけど、そういう時間って昼ご飯食べたあとだから眠くなって、けっきょく大して見ずに終わってしまう。いや、見てるんだけどさ……、眺めてるって感じである。


 漫画喫茶から出て、交差点を渡ろうとして、ふいに駅チカのショッピングモールに寄りたい気分になった。このときは映画を見たかったわけではなく、単にぶらぶらと本屋によって本を眺めようかと思っていただけなのだ。


 そう思っていた矢先、僕はポケットに手を突っ込み、なにかが入っていることに気がついた。そう、映画のチケットだった。いつ入れたのかわからなかった。それはパーカーの中に入っていた。タイトルは言えないが、とにかく日本映画である。面白そうとは、正直思えなかった。しかしなんでこんなものが入っているのだろうか。僕は首を九十度ほど傾けようと思ったが、あまりからだが柔らかくないことを思い出して止めた。その代わり心の中で首を捻り、ねじり、やがて結論を出した。一週間くらい前だろうか。大学時代からの友人たちと飲んで、ベロンベロンに酔っ払って、面白半分に街中を歩いて他の店を探していたときに、たまたま落ちててたまたま拾った……のかもしれない。パーカーはその時から洗濯機に掛けていないから、きっとそのまま残っていたのだろう。だけど今の僕は得した気分だった。金を払って手に入れるものを、僕はタダで持っているのだ。それだけで嬉しくなるというものだろう。しかし肝心なのは、この映画を見に行くかどうかということである。一人で映画を見ることは恥ずかしいことではない。だけどちょっと面倒くさい。 僕は迷ったけど行くことにした。


 飲み物にコーラだけを選択し、席に着く。ポップコーンはさっき漫画喫茶でソフトクリーム食べまくっていてこれ以上血糖値上がるの怖かったから止めた。それにしてもポップコーンって結構面白い食べ物だとは思わないだろうか。だって乾燥させたトウモロコシ炒めたら弾けたあの形になるって結構すごくない? 最初に発見した人は驚いたことだろう。……それより僕以外に客がいないんだけどこれはどういうことだろう。


 上映開始。上映終了。


 なんとも言えぬ映画だった。ただぼけた祖母と主人公の姉が口論しているだけの映画に映った。とても、……なんというか見たことはあるけどどこか薄っぺらい作品に映った。 しかし僕は映画評論家でもない。黙って帰ることにする。


 それにしても映画館を独り占めにした気分を味わわせてくれた。見た映画よりも、一人で映画館貸し切り状態を味わえたことがなによりも経験になったんじゃないかとすら思える。


 僕はリュックを背負った。飲み干したコーラがそこに置いてある。って、飲み干したコーラは果たしてコーラと呼ぶのだろうか。……なぁんつってね。


 そして僕は映画館をあとにして、本屋へ行くことにした。本屋へ行くのは実は三日ぶりである。それなのにずいぶん品揃えが変わっていて、僕は驚いた。というか、僕が愛読書にしている『固形の衝動』シリーズの第六巻が売られていることにたいそう驚いた。僕が今手持ちにしているのは第三巻までなのに。愛読書といっても、恥ずかしいことに現時点でどれだけの巻数が出ているのかという情報については知らなかったりする僕は、嬉しくなって残りの三冊を平積みにされているその他諸々の文庫本の上に置いた。そして手汗をふきふき、ほんのちょっとだけ中を覗いてみることにする。中身とあとがきは見ないようにして、ひとまずいつ発売されたのかだけをチェックする。


 僕は目を見開いた。


 二〇二〇年十二月十五日 初版発行

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