第二十九話 僕の過去 1

 僕は、普通の家庭に生まれてきた。


 父さん、母さんに囲まれ愛情を受けて育ってきた。


 僕は両親どちらとも好きだったが、より好きだったのは母さんだった。小さいころから父さんよりは一緒にいたし、当り前と言えば当り前だが。


「母さん」

「んー、なに?」

「どうして、母さんはお父さんと結婚したの?」

「それは、父さんのことが大好きだからだよ」

「好き.........ってなにー?」

「好きっていうのは.........うーん。言葉にできないけれど、佐紀が大人になったらわかる事かな」


 そう困ったようにだが、優しい顔で僕の頭をなでながらそう言ったのを今でも覚えている。


 今になって、よく分かった。


 人を好きになるって、言葉で表せない感情が、心の中でごちゃごちゃして混ざり合ってできているものなんだって。


 まぁ、今がそのことはおいておこう。


 僕たちの楽しい、暮らしは順調に進んでいった。


 そして、僕が七歳、小学生になろうという時だった。


 母が、急に倒れた。


 周りの大人が忙しなく動いていた。


 時折僕をみて、憐れんだ表情を向けた。


「まだ、小さいのに」


 そんな言葉が聞こえた。


 母さんの入院生活が始まった。


 僕は毎日、母さんのお見舞いに行った。


「母さんはいつ退院できるの?」

「あとちょっとかな」


 母さんはいつもそういった。


 一か月がたった。


「母さん、あとちょっとってどのくらい」

「うーん、あと少しって感じかな」


 母さんは、寝る時間が段々と増えていった。


 さらに一か月がたった。


「母さん、あと少しってどのくらい」

「あとほんのちょっと。ほんのちょっとだから」


 母さんは僕が部屋を出ていくと、大きな声を上げて泣いていた。


「母さん.........」

「.........なに?」

「..............なんでもない」

「..............そっか」

 

 僕は、子供ながらも最初からなんとなく分かっていたんだ。


 そんな時、頭に「まだ小さいのに」そんな言葉がフラッシュバックした。


 僕が、大きくなれば、大人になればいいのだろうか。


 そんなことを考え、子供ながらも歩き出したが、すぐに足は止まった。


 そして、子供ながらの反抗心でやさぐれてしまった。


 母さんに会いに行く回数が減った。


 学校での授業態度は最悪。友達とも殴り合いの喧嘩を何回もした。


 その度、僕の父さんが謝りに来ていた。


 父さんは、僕には何も言わなかった。


 ただ


「ごめん」


 そういうんだ。


 それが、無性に腹が立った。


 ごめんじゃない。


 そうじゃない。


 僕が、大人だったら母さんを..............。


 そんな考えが僕の頭にはあった。


 段々と、ひどくやさぐれていきついに僕は、クラスメイトに怪我をさせてしまった。


 全治二か月の骨折みたいだ。


 また、僕の父さんは頭をぺこぺこさせ謝っていた。


 帰りの車の中は静かだった。




 


 

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冷たい彼女の落とし方 かにくい @kanikui

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