ゲーセンの恋

@takagi1950

第1話

ゲーセンの恋

                                              織田 はじめ


私は25歳。お客様のための営業マンを目指して頑張っている。以前からゲームの企画やプログラミングに興味があり、心理学を学んだ知識を利用してプログラマーを目指したが才能の無さに躓き今の仕事に転職した。

このような経緯もあり元々ゲーム好きだった。仕事帰りにふらっと寄ったゲーセンで、以前自分が開発に携わった。と言ってもその末端のプログラムを制作しただけだが、そのゲーム機に出会った。それは❝レッ釣りGO ❞だった。

遊び半分でゲームを始めると見事にはまってしまった。ゲームがうまく作られていて、やればやるほど自分が引き込まれていって、離れることができなくなるのだった。


そして、私はゲーセンの魚釣りゲーム❝レッ釣りGO ❞で連戦連勝になった。これはいわゆる❝ゲート(門)型のメダルプッシャーゲーム❞でタイミング良くコインを投入し❝ガチャ釣りボール❞を獲得、魚釣りに挑み釣れればコインをもらえ金の玉を前に進める。そして5つの金の玉を貯め、❝ジャックポット❞というルーレットで当選するとボス魚に挑戦。ボス魚に勝つとメダルを最高で2500枚程度獲得できる。

 ボス魚に勝つポイントは❝2段クルーン❞対策が重要となる。

さて❝2段クルーン❞では大きな赤い球と吊り輪が周り、吊り輪で止まった点数(1点、5点、5点、10点、10点、20点)と、赤い玉が(×が8カ所、△3カ所、○1カ所)、3回×に入るまでに100点を取ればボス魚に勝てる。但し、○に入れば1回×が減り点数も増える、△にはいると点数のみが増える。よってこのゲームに勝つには、赤い球を○か△に入れ、大きな点数を取ることが重要になる。


私はこのゲームに勝つために必死に研究した。まず❝ジャックポイントルーレット❞を経験と実践で、40%の確率で当選させることが出来るようになった。

 これをマスターするまで、ルーレットの玉の回転を徹底的に研究した。1カ月通い、1495回以上の玉について調査し回転数を記録、そして概ね1回転と2マス前後で止まることを経験で知った。


           写真1.レッ釣りGOの外観


       表1.ジャックポイントルーレットが止まる確率

数字 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 小計

1回転目 1 2 5 35 40 52 48 67 80 101 113 134 688

2回転目 145 345 156 66 68 35 23 20 15 10 5 3 891

3回転目 2 3 0 1 0 1 0 0 0 0 0 0 7

合計 148 350 161 102 108 88 71 87 95 111 118 137 1495


「ああ、これで俺は40%以上の確率で当選出来てボス魚と挑戦できる」

 私は思わず叫んだ。この声を出した時、どこかから「一生懸命ですね。ここまでされる人を見たことがありません」との声が聞こえ、周りを見たが誰も居なかった。ここで私は「不安もあり誰ですか? 誰かいます」と周りを見渡し大きな声で聞いたが返事はなかった。私のこの様子を見た店員さんが不思議に思って「お客さん。どうされました」と不審者を見る目で聞いた。ネームプレートを見ると❝西多聞❞と書いてあった。

 こんなことも有ったが「一生懸命ですね。ここまでされる人を見たことがありません」の声は空耳だと思うことにした。

 それでもこの声が聞きたいと思った。というのは、その声が私の好きなタレント原幹江とよく似ていたからだ。少し舌足らずで甘ったるい声を出す美形のグラビアアイドルだった。

                                   写真2.ジャックポイントルーレット

ここまで研究が進んだが、最大の難関はやっぱり❝2段クルーン❞の攻略だ。これは至難の業で、赤い玉が×に3回入るまでに100点を達成できる確率は経験的に5%程度、即ち20回に1回だった。これも経験からだが勝つためには○と△に合計6回程度入らないと100点は達成できない。即ち、クレーンを12回程度回転させないといけないのだ。

これも(1点+5点+5点+10点+10点+20点)/6×12回転=102点で論理的には納得出来る。但し、多少の凸凹があるのは愛嬌だ。


           表2.2段クルーンの点数分布

合計点数 0~30点 30~50点 50~70点 70~90点 100点以上   合計回数 45     20  15    8      5     98


勝率を上げるため店員に細工してもらう。例えば最近親しくなった西多聞君を買収して機械に細工してもらうことを考えたが、それは犯罪で出来ない。

でも何か良いことがあるかと思い西多聞君とは「おはようございます。いい情報あれば教えて下さい。織田と言います」と声を掛けることを忘れなかった。彼も必ず「ありがとうございました。今後とも宜しくお願い致します」と返事を返してくれた。最初は顔を見ず面倒くさそうに返す言葉だけだったが、最近は私の顔を見て笑顔も付いてくるようになった。が、しかしそれ以上の発展は無い。                   


それでもこのゲームを行って、ゲームでは客に勝たせても負けさせてもいけない。ゲームでは課金システムがあるが、その課金で儲ける。すなわち闇金と同じシステムだ。元金は返さず利息だけを返却させる。すなわち元金とは手持ちのメダルで、利息とは課金のこと。一定量のメダルを保有させゲーセンに来させて課金で稼ぐ。それがビジネスモデルだと思った。よって一時、大量にメダルを獲得させて興奮させ、課金で更にメダルが取れるように利用者を誘導する。これを証明するように最初、私は3時間遊び500枚のメダルを取ったが1200円課金した。


      

     写真3.2段クルーンと赤い玉


こんな経緯もあり毎日、ゲーセンに通いこのゲームの攻略法を自分なりに考えてみることにした。そこで、私は合法的な攻略法のためには、❝2段クルーン❞の赤い玉を攻略しなくてはいけないとの、当初からの結論に到達した。色々、検討した結果、この赤い玉を誘惑し私の指示に従わせることにした。そのテクニックは、まずじっと見つめて「お前が好きだ、お前が好きだ」と呪文を掛ける。もちろん最初、赤い玉は反応しなかった。それでもめげずにこれを1ケ月続けたが、それでも全く効果はなかった。

 次に赤い玉を人差し指で指して、「お前は○に入る、○に入る」と❝御呪い❞を掛けた。最初、これも全く効果はなかったが、1ケ月も行うと不思議なことに段々と○に入るようになって、効果を確認。それでも勝率は、10%程度でトータルではマイナス。どこかから『それは偶然でお前の❝御呪い❞ではない』との声も聞こえてきたが無視した。


 ここで完全に行き詰ったが、3カ月間も他に適切な方法を見いだせなかった。仕方なくある神社の御札を買って❝御呪い❞をし、ゲームの時に赤い球に見せることに。これでさらに勝率が5%上がった。もうこの頃になると赤い玉の顔の表情が分かるようになり、ある日、輝きが悪いので「赤い玉。どうしました」と呼びかけると、驚くことに聞き覚えのある声で「昨日、ちょっと冷えて今日は下痢気味です」と言ったように思った。最初、夢だと思ったが頬を叩くと痛くて現実だった。もう空耳ではないと思うと心が踊り、急いで近所の薬局に行って❝正露丸❞を買ってきてそれを赤い球さんに見せた。


 効果抜群で赤い玉は「お客様、お腹が治りました。ありがとうございました」と言ってくれた。その声は前に聞いた「一生懸命ですね。ここまでされる人を見たことがありません」と言った原幹恵と同じ声だった。

このことを赤い玉に話すと「それ私です。あなたがあまりに熱心なので」と言ったことから会話が弾んだ。それによると赤い玉は、韓国ポップスに嵌っていて、韓国アイドルが好きだと言い「K-POPの男性アイドルグループBTSが好きで、「血、汗、涙」、「MIC Drop/DNA/Crystal Snow」、「FAKE LOVE/Airplane pt. 2」、「Lights/Boy With Luv」などの曲がホールに流れると気がそぞろになって躍り出したくなる」と嬉しそうに言って丸い額を光らせた。

 そして❝タイ焼き❞の餡子の匂いが好きと言った。それからゲーセンに行く時はカバンにタイ焼きを入れて甘い匂いをプンプンさせてゲームをした。この匂いに赤い玉は反応しお礼に少しずつだが○の位置に止まってくれるようになった。私の気持ちは、嬉しさでもうウワウワ状態に……。

 ある時、西多聞君が側に来て「この匂い何ですか? 物凄く匂いますね」と言ったが「タイ焼きがカバンに入っています。家に帰って食べようと思います」と返事すると側を離れた。私が勝ちすぎることを不思議に思っての行動かも知れない。また私の不正を見つけようとチラチラ私を見る回数が多くなったように思った。が、物理的な不正は行っていなかった。これが赤い玉を惑わす精神的な不正だと言われると素直に受け入れるしかないと思うが。


さて、もうこうなれば100%の確率でゲームに勝てる。この頃になると赤い玉を❝赤い玉さん❞と呼び赤い玉さんは私を織田さんと呼び、友人になり機械と人間の関係から人格のある対等の関係になった。そんなことが2カ月続いたが、ある時、赤い玉さんと喧嘩した。理由は❝レッ釣りGO ❞で横に座った綺麗な女性に私が「今度、デートしましょうか」と言いながらコインを1000枚渡し、これでデートが成立したことを知ったのだ。

 これを見た赤い玉さんは怒り「私という彼女がいるのに、他の人に浮気するなんて許せない」と言って、私の願いを全く聞いてくれなくなり、嫌がらせでいつも×の位置に止まることに。もうこうなれば全く勝てない。

 でもこれで赤い玉さんが私に好意を抱いていることはハッキリした。あとはどう手なずけるか、いや関係を修復するかと思うと自然に笑顔になった。


 この状態を好転させるため、私は色々試した。宝石や時計を見せる、ウインクなどしたが反応は無かった。それがある時、友人にこのゲーム機の概要を教えるため写真を撮ると、赤い玉さんが笑ったように見えた。そしてためしに赤い玉さんの写真を撮ったところ大喜びで大きな口を開けて満面の笑みで笑った。これで赤い玉さんの機嫌が治った。ここで「織田さん、これからは私を呼ぶときは❝幹江さん❞」と呼んでくださいと言い、これ以降、私は赤い玉さんのことを、親しみを込めて❝幹江さん❞と呼ぶことにした。もちろん機嫌を損なわないようにゲームセンターに居る女性には声を掛けないように注意した。 

それは赤い玉さんを見つめてよそ見しないということで、特に周りの女性を見ることは厳禁。更にいつも優しく声を掛ける「幹江さん、今日は綺麗ですね。光り輝いていますよ」と言うように。

 さらに最近、幹江さんはポテトチップスが好きだと知り、それを見せるためゲーセンに来るとまずクレーゲームでポテトチップを取り❝レッ釣りGO ❞ゲームをする様にあった。このクレーンゲームは曲者でポテトチップを取るまでに500円も使うこともあった。それでも油っぽく香ばしい香りを嗅ぎながらゲームをするとアドレナリンが盛んに分泌されて心地よかった。


 こんなことをして楽しんでいるが、もっとも効果があるのは幹江さんを見て、気持ちを込めて優しく話しかけることだ。これが心の底から行えればゲームに負けることはない。その証拠に私はメダル50万枚の所有者になった。信じられないと思う人は、一度挑戦してみてください。あなたが誠意をもって行えば必ず、あなたの好みの赤い玉さんはあなたの望みをかなえてくれます。信じれば必ず救われます。これ本当です!


最近、幹江さんから「私を幹江と呼んで、私に触って下さい」と言われましたが、方法が分からずに困っていました。そこで仕方なくまず「幹江。おはようございます」と名前を入れて挨拶すると顔が光り輝きました。それ以降は名前を呼ぶように。また幹江から「疲れるので❝2段クルーン❞は1日4回までにして下さいと言われたのです。


さて仕事が忙しく一週間ゲーセンに行けず久し振りに顔を出すと「織田さん。お見限りですか。私あなたを待って首が長くなってキリンになりました」とダジャレを言われ「どこに首が有るの」と聞くと機嫌が悪くなり、なだめるのに2時間掛かりメダル3千枚を失うことに。

更に悪いことに三日後、機械が故障し幹江に逢えず、思いが募ります。それ以降、毎日通ったが故障中で、西多聞君に「ここに有った❝レッ釣りGO ❞はいつ頃返ってきます」と聞くと「2週間程度かかると聞いています」との返事。更に「この「ゲームそんなに好きですか」と言って笑われ「好きです、大好きです」と答えて怖い顔をしたが、その様子を見て西多聞君が「織田さん怖いです。顔が鬼になっています。織田信長みたいです」と言って笑うので、今度はそれ以上の笑顔を返すと、怪訝な顔をして私の側を離れた。


やっと2週間が過ぎ、いそいそとゲーセンに向かった。機械の故障が治り幹江との再会を楽しもうと思ったが、残念ながらそこに幹江はいなかった。

頭にきて西多聞君に「何で赤い玉が居ないんだ」と食って掛かると怪訝な顔をして「❝レッ釣りGO ❞は帰ってきましたが」と言ったが、「でも赤い玉が……」と言って泣き崩れた。

最初、西多聞君は驚いたがしばらくすると冷静になり「もしかしたら、間違って赤い玉が他の機械に引っ越ししたかな。でも何で赤い玉が違うのが分かるのですか」と聞くので、「俺はゲームの時には真剣に赤い玉を見ているから」と本心を言った。

そう幹江は他の機械に引っ越したのだ。幹江がどこかへ引っ越したと聞いて驚き悲しくなった。あんなに毎日会って楽しく話ができていたのに、それが出来なくなった。悲しくて3時間、ゲーセンの屋上に出て隅で泣いていた。その間、幹江との思い出をたどった。


それでも涙が枯れると思い直して、私は「幹江」に代わる「可愛い赤い玉さん」探しを行うことを決心した。が、悪戦苦闘していい成果は上がらなかった。幹江への思いが強すぎるのか中々巧くいかない。こうなるとますます幹江の声が忘れられない。正露丸、タイ焼き、ポテトチップの思いが私の頭の中をまた駆け巡る。

酔って夜の街を歩き「幹江、幹江、幹江、君に会いたい。一目君を見て抱きしめたい」と呟き周りの人から不審者に思われ、警察官に職務質問され走って逃げたことも……。

逃げに逃げた。幸い足には自信があった。

そして、ベッドで夢を見て泣くことも。とにかく一目逢って、抱きしめたいと思った。その思いが日々募った。こんな思いは誰にも理解してもらえないと思ったが真剣だった。

それでも自暴自棄となり、酔いに任せて他の赤い玉さんに再度アプローチしたが、当然のように気持ちが通じる赤い玉を見つけることは出来なかった。瞬く間に6ヶ月が過ぎた。ここで私は幹江を真剣に探すことを決心した。


ついに私は行動に出た。西多聞君に思い切って「この❝レッ釣りGO ❞に居た❝赤い玉さん❞はどちらに行かれたかご存じないですか?」と聞くと「織田さんって珍しいことを聞く人ですね。赤い玉のことで泣かれたり……。そんなこと聞かれたのは初めてですが、でも赤い玉への思いは分かりました。しかしそれは個人情報などで申し上げることはできません」と当然の答えを返してきた。それでも私は粘ったが答えは変わらなかった。

西多聞君が、幹江の居場所を教えてくれないこともあり悶々として過ごした。こんなこともあり私の仕事は絶不調で、お客様の理不尽な要求に柔らかくしなやかな対応ができなくなった。よって新機能紹介や改善提案にも意欲がわかず最高の営業担当、お客様のためになる営業を目指したのに、それが全く出来なくなってしまい営業成績は下位に下がった。

そして1ヶ月間ゲーセンに通うのをやめた。そんな生活だったが、ある日お客さんから「君、最近は以前の熱意が感じられないね。何かあるのかな。悩みあったら聞こうか」と労られてしまった。嬉しい出来事だったが、お客様に気を使わせてやっぱり私のプライドはぐちゃぐちゃになった。


そのストレスを発散させるために久し振りにゲーセンに向かう。いつものところに❝レッ釣りGO ❞は有ったが当然のように赤い玉さんはいない。悶々とゲームをしていると西多聞さんが来たので「どんな情報でもいいです。この機械に居た赤い玉さんのことを教えて下さい」と言って西多聞君に、藁にも縋る思いで性懲りもなく抱きついて涙ぐむと、私を可哀そうに思ったのかコンピュータを操作し、「この機械の赤い玉はもしかすると東京の新宿店に行った可能性が高いです。というのは同じ時期に修理センターに入っていますから。でもこれは他の人には絶対言わないでください。それが分かれば私は首です」と言って首に手をやって横に引く仕草をしながら教えてくれた。

「西多聞さん、ありがとうございます。探してみます」私は興奮して紅潮した顔で答えた。

 この様子に驚いたのか西多聞さんは私の側を速足で離れて行ったが、感謝の意味を込めて私は深々と頭を下げて見送った。

 

          写真4.勝利の瞬間

  

これで私の気持ちは 春晴れになってピカピカと輝いた。一週間後、仕事を調整し週末に東京出張を作った。もちろん新宿に居ると言われる幹江に会うためだった。仕事を早めに切り上げ ゲーセンに向かった。そこには20台の❝レッ釣りGO ❞が並んでいた。一台ずつ幹江を探したが、そこにはいなかった。気持ちが落ち込んで腰が抜けて立てなくなってしまった。

その日はキャバクラで遊んだ。すると少し気持ちが落ち着いた。そこのホステスに「兄さん、顔色悪いよ」と言われ事情を話すと親身になって話を聞いてくれ少し気持ちが晴れた。そしてこの幹江似のホステスから「探し物が見つからない時は、諦めずに少し休んで、また探せば見つかることもあるかもしれませんよ」と言われ少し元気になった。幹江探しで、これから掛かるお金と費用を貯めるため、夜行バスに乗り 神戸に帰った。この幹江似のひときわ胸の大きなホステスさんの一言が私の気持ちを支えていた。


翌日ゲーセンに行くと私の思いつめた姿を見た西多聞さんは、これは独り言ですが「お客さん。あなたの赤い玉さんは、隣の町のゲーセンにいるみたいですよ」と言ってくれた。直ぐに店に向かい❝レッ釣りGO ❞を探す。すると嬉しいことにそこに幹江がいた。最初顔を合わせた時、お互いに声もなく微妙な雰囲気になり「元気」、「ああ元気していた」と口数も少なかったが、時間が経過すると二人に笑顔が見られるようになり以前の会話が戻った。

ゲームを楽しんでいると機械がトラブった。店員は、上側のカバーを開けて工具をフロントに取りに行った。私はその隙を見て幹江を手に取り、ポケットに入れて持ち帰った。悪いことだとは思ったが、気持ちを抑えることが出来なかった。ここで私はもう一人の自分に『幹江と一緒に一日遊んで明日は返す』ことを誓った。


急いで自宅に帰るために坂道を上っているとポケットの空いた穴から幹江が落ちて、坂道を転がってガードレールに当たって横に大きく跳ね、家が並ぶ道に消えた。驚いて走って後を追い、幹江が消えた家の方向に歩いて行ったが幹江は居なくて、前から若い女性が歩いてきた。

そこで私はこの女性に「このあたりに赤い玉が転がってきませんでした」と聞くと「織田さん。それ私です」と言って笑った。驚き顔を見ると原幹恵さんと瓜二つだった。

「幹江、原幹恵かと聞くと」、「織田さん、私はあなたの夢だった幹江です」と言って笑った。

 次の瞬間、二人は手を取って走り出していた。

 

 一時間後、二人は三宮のスナックに居て幹江は鼻に掛かる独特の声でBTSの❝MIC Drop/DNA/Crystal Snow ❞を唄い、最後は私と一緒に浜崎あゆみの❝ツゲザーホヘン❞を唄って心を一つにした。次にスーパー銭湯に行って一緒に映画を見て朝を待ち、須磨水族園に行って魚を見た。幹江は蟹を見て「あんなに足と手が沢山あって羨ましい」と言って涙ぐんだ。それも海を見ながらポップコーンとタイ焼きをあてに生ビールを飲むと明るくなり多弁になった。

 ここで幹江は「私も泳ぎたい」と言って私を驚かせて、妄想が広がった。

幹江が泳ぐのを止めさせようと「幹江、泳げる」と私が聞くと「わからない海に入ったことないから」と言った。それでも休憩所で水着を借り一緒に海に入ることにした。水着で出てきた、幹江を見て驚いた。似合っているのだ。光り輝いていた白いビキニが下着のように見えたがそれがセクシーで心がときめいた。

予想通り幹枝は泳げなかった。幹江は「だって私、以前は赤い玉で重いから。それに海は初めてだから」といって目頭を押さえた。それでも「お前の水着光り輝いてるぞ、素晴らしいまるでグラビアアイドルみたいだ」と言うと顔が輝いた。分かりやすい女性だと思ったが、それが可愛かった。思わず抱きしめた。周りに人が沢山いたが恥ずかしくなかった。 浮き輪に捕まって沖合にでた。

顔が海に照らされた太陽光線で光り、産毛の上に形成された水滴に太陽光線が当たり乱反射してその一本が私の右目に入り、反射的に幹江を抱き寄せた。

ここで幹江は「私にも色々やりたいことはあるけれど、自分に与えられた環境で一生懸命頑張る。無いものを欲しがっても仕方ないから。有るもので勝負しないと」と言い、この話に私は感激してしまった。この話の途中から幹江は涙目になりそれを見た私も胸がジーンとして言葉が出なくなった。

そして幹江とこのまま一緒に居て話したいと思い、ゲーセンに返したくないとの思いが募ったが、そのすぐあとにもう一人の私が現れ『それは駄目だろう約束通り返さないと駄目だぞ』と言った。最初は少しそれに反抗する気持ちもあったがすぐに落ち着いた。幹江の涙が見たくなかったので、この場所を離れた。

                                                

          

          写真5.赤い玉と幹江 


歩きながら幹江が「最近の流行を教えて下さい」と言うので回転寿司を食べたが、「これ面白い、赤い玉じゃなくて寿司が回転する」幹江が言って顔が弾けた。

 それでも約束である10時が近づき、強い雨が降る中を相合傘で歩いて、以前、幹江がいたゲーセンに入ると言葉が少なくなり、喋らなくなった。それを気にして写真撮影用のブースに幹江を誘って一緒に写真を撮った。そこで抱き合い私が「今日はありがとう。お互いにこれからも頑張ろう」と言うと「私こそこれまで諦めていたけど新しいことを経験できた。夢を持てばかなえられることを知った。これでこれからも頑張れると思う」と言って泣きじゃくった。それも私が強く抱きしめると泣き止み、私の腕の中で震えた。

 ここで幹江が私に「目を瞑って」と言うので目を閉じて次の行動を待つと、唇に冷たいものが当たり、そのすぐ後にカミナリが近くに落ちたのか「ドドドドドドドドド、ドスント」と大きな音がして驚いて目を開けると幹江の姿が無くて床に赤い玉が転がっていた。

 拾い上げて「幹江か」と聞いたが返事がなく「幹江、幹江、幹江……」と何度も声を掛けたが返事はなかった。1時間、そこに佇んだが閉店時間となり西多聞さんが回って来たので店を出ることにした。店を出る時にカウンターに赤い玉をそっと置いて「幹江、今までありがとう。これからは会えなくても頑張ります。そして一回り大きくなった人間になって帰ってきます」と言った。

 幹江は答えないと思ったが、それに反して幹江は最初泣き、次に笑顔になり、「そうですね。その時を楽しみにしています」と周りを見渡し小さな声で言ってくれた。

これで私は心晴れになり、気持ちを入れ替えお客様のための最高の営業マンになると誓った。


それからどのようにして家に帰ったか覚えていないが、翌日の日曜日夕方にベッドで目を覚ました。24時間以上寝たことになるが、長く寝すぎたために自分でも、これは夢での出来事なのか、本当のことなのか分からなくなった。でも私は本当の出来事だと思うことにした。その証拠は50万枚のメダルの所有者であること。❝レッ釣りGO ❞で負けないこと。さらにこれは誰にも見せていないが、幹江と一緒に取った写真が有ることだ。この日から私はゲーセン通いを止めた。


そして、この時から3年が経過したが、相変わらず私はお客さんのための最高の営業マンには成れていないが、少しは進歩したと思える人間になった。

今取り組んでいる大きな仕事に成功した時、その姿を幹江に見て欲しいと思っている。

                                                                                                  

                    完


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