第4話 カミュとガンダルフ

「待たせたな」


そうつぶやくと、カミュは黒いスーツの懐から小刀を取り出す。彼が滑るように手で小刀を軽くなぞると、刀身は炎を発して激しく燃え始めた。そして細身のしなやかな肉体からは想像もつかないような力で、それを空に向かって思い切り投げつける。すると恐ろしい速さで一直線に飛んだ小刀はやがて空中のある地点で何か透明なものにぶつかり跳ね返った。そして激しく炎を揺らめかせながら生き物のように何度も何度もその場所に攻撃を加え始める。その様子を見て、素早くカミユは愛用の刀を地面から拾うと、吹雪で視界が見えない中、人間では考えられない飛翔力でその方向に飛び、抜身の状態から鋭く刀を一閃した。ヒノイズル国の奥義【一閃】が炸裂したのだ!


「ガンッ!」


(!?)


だが渾身の一撃は見えない何かにぶつかって止められてしまう。カミュの斬撃で【幻影透過】の魔法技が解かれて透明化していた魔導師の姿が空中に写し出されはした。しかし刃先は魔導師の元まで斬り通すことができず、虚しく空中に火花を散らしただけだ。それはこの魔法使いが自身をガードするために周囲に形成した強力な【魔法壁】に阻まれたせいである。


「馬鹿な!あいつの【一閃】が止められちまうとは・・・」


ガンダルフは驚いた。ヒノイズル奥義【一閃】は斬撃系最強の威力を誇る。物心両面を問わず、あらゆる金属、魔法を切り裂くといわれ、その対策としては避ける以外に無いと教わるぐらいだ。


「おい、ガンダルフ!あれをやるぞ」


一旦攻撃を諦め地上に降りてきたカミュだったが、間髪入れず相棒にこう叫ぶ。刀身を再び鞘に収めた状態で【心眼】の力で魔力を高め始める。するとヴァンパイアの全身を覆う黒いオーラが今までにない強烈な光を放ち始めた・・・【覚醒】を発動したのだ!


だと・・・バカ野郎が・・・死ぬ気か!」


ガンダルフはそう返す。しかし相棒は彼の忠告も聞かずに【覚醒】を発動してしまった。それを確認したからには、自分ももう後戻りはできない。


「グェーーーッ!」


その時であった。突然ゾンビ達が一斉に走り出した。空中に漂う死霊魔導師はカミュの魔力の異常な高まりに危機を感じ取ったのか、これを阻止しようとゾンビの軍団に突撃命令を下したようだ。先程までの緩やかな攻撃から一転、今度は信じられないスピードで走り始め、飛びかかって襲いかかってくる。


「グォォーーーッ」


しかしその突撃は退けられた。カミュに呼応してミノタウロスは雄叫びを上げ、全ての魔力を解放して【覚醒】を発動したのだ。ガンダルフの全身から今までとは桁違いの強力な魔力の光が発生し、ダッシュして飛びかかってきたゾンビどもを一斉に吹き飛ばす。


「俺も覚醒を発動した・・もう後戻りはできねぇぞ!これで失敗したら俺もおまえも命はねぇ」


興奮して笑いながら、ガンダルフは空を見上げて炎を揺らめかせながら空中の死霊魔術師を囲む【魔法壁】を攻撃し続ける小刀の方向を確認する。


「いくぞ!オラーーーーーーーーーー」


そうして何を血迷ったか突然ダッシュすると、抜身のまま目を閉じて全身の魔力を高め続ける相棒のヴァンパイアに向かって渾身の蹴りを喰らわせにかかる。【覚醒】したミノタウロスの破壊的な蹴りをまともに喰らったら、最強魔族の末裔といわれるヴァンパイアの身体でも破壊を免れることはできないだろう。しかし瞬間カミュの眼がカッと見開かれ、ミノタウロス蹴りを左腕で受け止めてしまった!奥義【手刃】である。ヒノイズルの戦士【モノノフ】として育ったカミュは、盾や鎧を使わずに腕に一時的に魔力を集中させることで、物理、魔法のあらゆる攻撃を無力化する秘技を体得しているのだ。


しかしガンダルフの蹴り威力は物理ダメージを無効化して済むものではない。黒炎でカミュを焼き尽くしにかかったのだ。しかしこれを予想していたカミュは今度は黒炎も【手刃】で受け止め続け、魔力を吸収し始めたのだ。それから【手刃】を解くと、まともにガンダルフの蹴りを喰らったカミュの身体が空に向かって弾け飛ぶ。


弾丸スピードで吹き飛ばされたカミュは空中で体勢を立て直し、目標としている死霊魔導師の元まで一瞬で到達すると、貯めに貯めてきた奥義【一閃】を抜身から一気に放って斬りつけた!


覚醒した黒炎をまとって放たれた【一閃】の刀先が【魔法壁】に衝突して火花が散るのも一瞬!レベル5に達すると思われる異次元の【魔法壁】さえも侵食し始め、ついには破壊し、しまいには魔術師ごと綺麗真っ二つにスライスしてしまった。


「ガァァァァーーーッ」


魔導師らしき男の叫びが聞こえた。それと同時にピタッと吹雪が止んだように感じる。全身の痛みとともに、カミュの意識はそこでプッツリと途絶えた・・・




「・・・」


「気が付いたか」


カミュは目覚めた。気が付くと先程までの猛吹雪が嘘のように消え、空が青かった。だが声の主が相棒ではないことに気が付いてカミュは嫌な予感を覚える。


「マスター?あたながなぜここにいる?」


そして起き上がってあたりを見渡す。死霊魔導師の支配が解けたせいか、周辺一帯は膨大な数の死体が転がっていた。しかしそこら中を見渡してもミノタウロスの相棒の姿が見当たらない。


「・・・ガンダルフはどこです?」


「ここにはいない」


「!?」


「切断された死霊魔導師の死体がそこにある。だが私が到着した時には既にガンダルフは消えていた。無論この辺一体に転がる死体の山を見渡したがミノタウロスの死体はどこにも見当たらない」


「どういうことです?」


「お前の覚醒した黒炎の【一閃】を持ってしても、なおこの魔導師が生きていたのかもしれぬな・・・」


「・・・ガンダルフは肉体を奪われたということですか?」


「黒衣」マスターはそれには答えなかった。


「より強い力を前にしてそれに魅入られたか、それとも友の命と引き換えに自分の身体を差し出したか・・・いずれにしても奴の消息は追わねばなるまい・・・」


師の言葉にカミュはただ鋭い眼差しで青い空を眺めることしかできなかった。


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友去りし後 おとや @kakuzoou

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