第3話 1 VS 1000(汗)!!!

(!?)


突然の激烈な魔力の集中に気付いたガンダルフが後ろを振り返ると、カミュの構える刀が既に黒炎の魔力に侵食されて黒く染め上がっているのが見えた。


「おいっ!危ねぇよ!」


その瞬間すべてを悟ったガンダルフは思わず声を出して悪づきながら、軽やかな跳躍を見せる。それを確認してカミュは周囲の死人の群れに向かって強烈な円状の一閃を叩き込んだ。スパッと刃先は美しい弧を描いて二人を取り囲む死人達の胴体を鮮やかに切り裂く。この一撃で数十体のゾンビの身体がまとめて切断された。だがその見事な一撃もゾンビの一部を戦闘不能にしただけで、彼らの侵攻を食い止めるには至らない。切り裂かれて倒れた仲間の半身などもろともせずに、新手のゾンビがそれを乗り越えて増々猛って襲いかかってくるだけである。しかしその時である。突然死人達の身体に異変が起きた。切断された残骸を乗り越えようとした刹那、その身体から黒い炎が燃え上がったのである。


「ギャァアアア!」


切断された残骸から突然黒炎が生じたのだ。カミュが放った【炎舞】の一閃は、ゾンビ達の肉を切り裂いたのみならず、その身体に漆黒の炎の火種を植え付けていたのだ。こうして恐るべき黒炎は周囲にいた新手のゾンビどもを巻き込んで次々と引火し始める。ゾンビを燃やし尽くす黒炎は炎の壁を形成し、ここに二人は一時的な安全地帯を得た。


それを確認したカミュは今度は地面に刀を置き座り始める。そして目をつむって瞑想状態に入った。この奇妙な所作は、”ゼン”という彼の育ったヒノ・イズル国の特殊スキルの一つである。外界から意識を切り離すことで瞬時に爆発的な魔力の高まりを獲得するのだ。そして強化された魔力を使って上空に【心眼】を集中させる。


「これは、これは!」


これを見たミノタウロスは怒りとも呆れとも取れる声で吠えた。いくらなんでも戦場で武器を捨てて丸腰になる奴があるか・・・黒炎の壁があるとはいえ、カミュは今完全に無防備である。


(だが黒炎じゃあ・・・・・)


ガンダルフは懸念していたのだ。黒炎は次々とゾンビどもに燃え広がり今は彼らを燃料にして炎の壁を形成している。だがこの黒い炎は魔力に引火してすべてを焼き尽くす業火であり、長く燃え続ける焚き火の炎とは違うのだ。ゾンビ程度の魔力などは一瞬にして焼き尽くされてしまうだろう。確かにカミュの【炎舞】の一閃で、100体以上のゾンビが消失したが、強力すぎる黒炎はゾンビの低い魔力などは一瞬で燃焼してしまい、燃料不足から炎の壁はもう崩れ始めていたのだ。そのため炎への本能的な恐れで逃げ惑っていた死者の群れが、逆襲の怒りに駆られて再び襲いかかってこようとしている。


(やれやれ・・・)


さすがのミノタウロスもこの状態には呆れ返る。彼の無尽蔵のスタミナをもってしても、360度から襲い来る亡者の群れを一人で相手にするのは困難だ。しかも無防備な相方のお守りまでするとなっては・・・


(まだ少し時間がかかりそうだな・・・)


ミノタウロスはこの命知らずで大胆な相棒の奇策に賭けるしかないと理解はしている。しかし一撃で数体分を一気にほふる驚異的な大斧の一閃は、強力ではあるがスキが大きすぎるのだ。そのため彼も覚悟を決めて奇策を用いることにした。【飽食の大斧】を大地に突き刺すと、体中に黒炎の闘気をみなぎらせ素手で構えを取る。いわゆる【魔拳闘士】のスタイルである。


そうしてミノタウロスはその強靭な肉体に物を言わせてゾンビ達を殴る蹴るの肉弾戦で蹴散らし始める。その脚や拳でゾンビどもの骨を一撃で砕き吹き飛ばすのだ。しかしこれはただの物理攻撃ではない。打撃をまともに喰らったゾンビはただ吹き飛ばされるだけでなく、体内の魔力に黒炎を引火させられて燃え上がるのだ。そうすることで先程カミュが見せた【炎舞】のように黒炎を延焼させて壁を継続しようという狙いだった・・・しかしその目論見は外れた。


(クソッ!こいつら・・・急に大人しくなりやがった)


ゾンビどもはさっきと違って闇雲に群がって襲ってこなくなったのだ。代わりに360度の角度から一体ずつ攻撃を仕掛けてくるようになった。一対一の状況で襲いかかり、引火して共倒れを防ぐ狙いがあるようだ。しかしこれではもちろんミノタウロスを仕留めることはできない。つまりこれは攻撃というよりスタミナを消耗させようという狙いがあるのは明らかだった。この狡猾な動きを見てさすがのガンダルフも驚きを隠せない。


(こいつらには思考する能力があるとでもいうのか?・・・場面に応じて戦略を変えてくるとなると・・・これは思った以上に厄介な事になるかもしれん)


そうしてガンダルフはカミュの方をチラッと見る。相棒の奮戦などは別世界の出来事とでも言いたいように、なおもカミュは静かに瞑想を続けていた。


(早くしやがれ!)


ゾンビどもの姑息な戦法は確かにガンダルフの弱点を突いているのだ。【魔拳闘士】は黒炎の闘気を燃焼させて爆発的な戦闘力を得る代わりに、大量の魔力を消費し続ける。亡者たちはそれを知っているかのように時間稼ぎのような戦いを仕掛け始めたのだ。一体一体毎回違う角度から襲いかかるが、積極的には攻めてこない。逆に消極性に乗じられて包囲網を突破される可能性もあるが、敵の相棒が瞑想状態に入っているためそれは無いと踏んでいるのだ。この狡猾な動きにミノタウロスはさすがに少し焦り始める。


「カミュ、まだか!少しヤバいかもしれん」


ガンダルフは敵が自分の体力を無駄に消耗させる戦法に切り替えたことに気付いた。ピンチはむしろ外の敵ではなく自分の魔力残量ということだ。しかし闘気を抑えることもできない。その瞬間にゾンビどもが一斉に襲いかかってくる懸念があるからだ。こうして無駄に魔力の消費を強いられる緩やかな攻防が続いていたが、そんな彼の横でようやく相棒が立ち上がった。






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