第2話 2 VS 1000 !!

(斬っても、斬っても次から次へと湧いてくるのも確かにウザいが・・・)


束の間の休息を得た「黒衣」の二人は、猛りきって少し熱くなった闘気を抑えて冷静に状況を分析し始めていた。このまま無限とも思える大群を相手にしてもきりがない・・・何か力技以外の打開策があるのではないか?どうやったらこのふざけた状況を改善できるのか?


(それよりも、なぜこちらの動きがこうも正確に読まれている・・・?)


アンデッドの群れを駆逐しながら、黒衣のヴァンパイア剣士カミュはずっとこの疑問への解答を模索していた。辺り一面が吹雪で荒れ、一寸先が闇の不明瞭な視界なのである。それにも関わらず死者の群れは自分たちを正確に追跡して来る。どこへ逃げても素早い動きですぐに追いついて襲ってくるのだ。その正確無比なストーキングのせいで自分と相棒以外の者たちはすべて殺戮さつりくされてしまったらしい。まるで訓練された軍団のようである。死人のくせにこの正確な行軍は一体どういうことなのか・・・?


だがそうしているうちに、永遠に癒えない飢えに耐えきれなくなった亡者の群れは奇声を上げて再び襲いかかってきた。この絶え間ない状況に無限のスタミナを誇るヴァンパイアの彼もさすがに飽きを感じ始めている。死を恐れずひたすら襲いかかってくる亡者の獰猛さは、生きている敵とはまた違った戦い方を要求してくる。駆け引きなどなく、ひたすら斬りまくるしか戦う術がない。ある意味拷問のような単純作業なのである。美貌のヴァンパイアの青年剣士も、この繰り返しにはさすがにうんざりさせられていたのだ。


(こいつらは野良のらのゾンビではないな・・・)


だが研ぎ澄まされた戦士の勘はようやく襲撃者の正体を把握し始めていた。普段は生気に欠けるゾンビどもが、今日に限っては眼を爛々らんらんと赤く光らせ、まるで凶暴な獣のように襲いかかってくる。死者がよみがって生者を襲うことはある。しかしそれは生肉をむさぼるという本能に近い行為であって、これだけの亡者の集団が整然と規律正しく自分たちを襲ってくるということは、それを魔力でコントロールしている親玉がいるに違いないのだ。むしろ突然の猛吹雪で自分たちの視界を奪ってから襲ってくるなどというやり口は、明らかに魔法使いやつらが好む方法ではないのか・・・?逆に何とかこの親玉を見つけて仕留めることができれば道が開けるかもしれない・・・!


そのアイデアが浮かび、カミュは集中力の一部を割いて奥義【心眼】を発動して周辺のスキャンを試みていたのだ。しかしゾンビどもの激しい攻撃と狂ったように吹き荒れる雪嵐とがノイズとなって、今のところそれはうまくいっていなかった。これはその親玉とやらがステルス系の魔法を駆使して自分の姿を遮蔽しゃへいしているせいかもしれない。


(クソ野草が!コソコソ隠れやがって・・・)


飽きに加えて無駄な魔力を消費させられ、カミュのいら立ちは募っていた。数に勝るとはいえ、目の前のゾンビ達は勇猛なルネクサス帝国の兵士達をあっという間に飲み込むくらいだから決して弱くはないのだ。だから【心眼】を使ったままの戦いは彼に少なくない疲労と集中力の欠如を強いていた。それでも未だに魔法使いクソヤロウを見つけることができないとは・・・!


だがこの精神の乱れが驚異的なスピードで死人の群れを駆逐していた彼の刀さばきにわずかなスキを生じさせる。ヴァンパイアが繰り出す白刃を喰らいながらも身体の完全な切断をまぬがれたゾンビどもの一群が、彼の新鮮な若い肉に喰らいつこうと唸り声を挙げて獰猛な爪と牙を剥き出しにして襲いかかってきたのだ!


「グェーッ」


しかし次の瞬間、獲物を渇望する野獣のような咆哮は悲鳴のような叫びに変わる。彼らの身体は不思議な力によってヴァンパイアの若者から強引に引き剥がされたあげく、突然横から一閃された巨大な大斧により一瞬でグチャグチャに四散させら消滅させられたのだ。


「フヘヘヘ、もう疲れたか?腕が落ちたんじゃねぇか、カミュ」


恐るべき大斧でゾンビたちを消亡させた戦士はヴァンパイアの横で吠えるような声で笑った。それは2メートルを超える大男であった。しかしこの者は明らかに人間族の男ではない。雄牛の頭に巨人を思わせる筋肉隆々とした体躯を備えた、勇猛なミノタウロスの戦士なのだ。彼が操る呪われた両手武器【飽食の大斧】は未知の吸引の力を発して魔力を補足するとそいつをそのまま彼のところまで引き寄せてくる。これにより襲いかかろうとしたゾンビ達は数体まとめて無理矢理ミノタウロスの前に引きずり出されると、次の瞬間には強烈な斬撃を喰らって引き裂かれて跡形もなく消滅したのだ。


こうしてリラックスして楽しそうに獲物をほふり続ける巨漢の相棒――ガンダルフを振り返り、カミュは改めて自分の疲労を自覚した。さすがの彼も戦いながらの【心眼】の行使は精神に負担をかけすぎるからと一旦諦める。


(・・・さっきから魔導師ルーファスが応答しないな。【魔法壁】が破られたのか?さっきから増々視界が悪くなっている気がするが・・・)


(突然【魔法壁】の加護が消えたようだから、恐らく死んじまったんだろうぜ・・・)


彼らはゾンビ達のうめき声と暴風雪が舞うこの地獄のような環境下でも完璧に意思を疎通することができていた。それは声による会話ではなく【思念】という上位の魔法技術による遠話で語り合っていたからだ。


(ヴァンパイアの魔導師がか?)


(こいつらは普通のゾンビじゃない。一体一体に魔力が付与された意思ある屍のようだ・・・それだけに強さは並のゾンビとは比較にならん。このままだと我々もスタミナを削られて敗北は必至。もしかしたら最初からは俺たちを狙って待ち伏せしていたのかもしれん・・・)


ヴァンパイアの相棒の問いにミノタウロスは冷静に答える。ミノタウロスの戦士ガンダルフは、その勇猛な見かけによらず非常に知的で冷静な状況分析ができる戦士だった。


(待ち伏せ?・・・となるとやはり「不死の軍団」が現代に復活しているという噂は本当なのか?・・・遥か昔に追放された奈落アビスの底から蘇ったとでもいうのか?・・・だがとりあえず、1000体を超える死人どもを同時に操れる魔力の持ち主が相手となると・・・このままでは死ぬな・・・)


(かもな・・・古代種エンシェントの生き残りかもしれん。そうなるとマスターは送り込む奴を間違えたな。俺たちエリートクラスが手に追える獲物ターゲットじゃない・・・恐らく雪の下は古戦場の跡だ。だからさっきから無限に死人が湧き出てくるんだろうぜ。だがこの包囲を何とかしないといつかはこっちが力尽きる。早く死人こいつらあるじを探して駆逐せねば・・・俺たちが同化されるのも時間の問題だな・・・)


そうミノタウロスは淡々と不吉な予言を並べたが、その後に少し思案してこうも推測する。


(だが・・・この吹雪にも関わらず、なぜ死者やつらは俺たちの位置が正確に分かる?・・・それはこいつらのあるじとやらが俺たち全員の位置を完全に把握できる場所から殺戮を指揮しているからだろう・・・となると、そんな眺めの良い場所は限られるな・・・)


(空か!)


こうして二人の意見はまとまった。だが得心したカミュが次に取った行動はミノタウロスを驚かせる。カミュは間髪入れず刀に魔力を込め始め、身体全体から放たれる禍々まがまがしい黒い魔力を刀に流し込んでいた。


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