前提が違います
きと
前提が違います
週末の
そんな場所で、今まさしく酒宴を始めようとする3つの影があった。
「今週もお疲れさんでした。かんぱーい!」
「「かんぱーい!!」」
声と同時に勢いよく酒を胃の中へと流し込んでいく。
彼らは、同じ会社の仲間だった。
「かー美味い! この一杯があるから頑張れる!」
こんな極めておじさん臭いことを言っているのは、この中で一番若い
かなりの酒豪かつ大食漢なので、この3人の飲み会の会計を一段階高くしている犯人でもあった。
「お前、よく飲むなぁ。聞いたぞ? 健康診断で酒の飲みすぎって言われたんだって?」
垣根を心配しつつ、ちゃっかり網に肉を広げて自分の陣地を形成していくのは、
この中では一番の年上でもあり、妻帯者でもある。飲み会は楽しいが、遅く帰ると妻が怖いのでできれば垣根に早く満足して欲しいとも思っていたりする。
「え、垣根。あんた、どんだけ飲んだらその年で体に異常が出そうになるまでになるの……?」
佐々木の言葉に信じられないという反応をするのは、
唯一の女性、いわゆる紅一点である。垣根に対して少し引いているが、彼女も彼女で飲み会では結構なお酒を飲む。垣根と違う点と言えば、一応は飲む量をきちんとセーブしているという点であろう。
垣根はふたりの心配をよそにメニュー表を見て、次に飲む酒を吟味していた。
「確かに医者にはいろいろ言われましたけど、まだ大丈夫ですって。まだ俺、25歳ですよ?」
のんきな垣根に遠藤はため息をつく。
「あんたねぇ……。そうやっていると、長生きできないわよ?ねぇ、佐々木部長?」
「まったくだ。ほどほどにして、浮いた金を貯金するとかした方がいいと思う。ただ、垣根の性格じゃ難しいかもしれないな。ほら垣根、お前の目の前のハラミが焼けてるぞ」
言われて、垣根は慌ててハラミを口に運ぶ。
ハラミは、あっさりとしていて柔らかかった。
慌てる垣根を見ながら、遠藤はタン塩を口に運ぶ。
こちらは、コリコリとした食感が楽しい一品だった。
「しかし、焼肉も久しぶりだな。いい店がないものか探していたが、ここは食べ放題で味もいいな。」
「ですね。食べ放題なら、めちゃくちゃに食えるのがいいですね! そう言えば、ハラミってどの部位でしたっけ?」
「ハラミは
遠藤は適当に答えながら、酒を一口。ちなみに、いつの間にか酒が最初のビールからハイボールへと姿を変えていた。
「じゃあ、ザブトンは?」
「なんだってそんなマイナーな部位を……。えーっと確か……」
「肩ロースだな。四角く切り取れるからザブトンなんて言われているらしい」
佐々木が答えを言うと、残りのふたりが拍手をする。
このふたりが、何だかんだでうまくやれているのが分かる気がした。
「それはそれとして、垣根。新しく入った子は、どうだ?」
「ああ、
「そうね。可もなく不可もなくって感じね。これからに期待かしら?」
「なるほどな。とりあえずは問題がないようでよかったよ」
佐々木は、
正直言って、垣根はマイペースで気があまり効かないほうだ。そんな垣根が、人の上に立つというのは不安だった。だが、部下である山里も毎日イキイキと仕事をしているように見える。このまま、順調にいくことを願うばかりだ。
安堵していた佐々木だったが、あることを思い出した。
「そうだった。遠藤」
「はい、何でしょうか?」
「この前の大型契約の獲得、おめでとう」
遠藤は、「ありがとうございます」と言いながら、照れくさそうに頭を下げた。
「いいなー、遠藤さん。俺もそういう契約とって、美味い酒飲みてー!」
「垣根は、どんな酒でも美味いでしょうが」
「はは、そうかもしれないですね。しっかし……」
垣根は、言葉を区切ってあたりを見渡す。そして、あらためてかみしめるように、
「俺、食人鬼に生まれてよかったですよ。人間に生まれたら、一生牧場暮らしですもん」
佐々木も遠藤もその言葉に、頷く。
「垣根の言うとおりだな。食人鬼じゃなきゃ、こんなうまい人肉食えないもんな」
「ですね。美味い肉に美味い酒! 活きていく上でのいいスパイスです」
「お、遠藤さんも俺側に染まってきましたね!」
垣根の言葉に、遠藤は人肉を取ろうとした箸を落とす。
その様子を見て、佐々木と垣根は爆笑する。
この当たり前の景色に、この世界に、人間の居場所は、牧場だけだ。
前提が違います きと @kito72
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
手さぐりで書くエッセイ/きと
★8 エッセイ・ノンフィクション 連載中 11話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます