第5話
「お母さん!?」
最後の最後で明らかに逆転したふたりのポジションに、春香が思わず声を張り上げた。
「今すぐでも良いと思ったのは本当なんだけどね。まぁ最終的に2年半ほどふたりで頑張って、そこからいろいろ準備して……今に至るよ」
本当に、いろいろあった。
静香のデレにときめいた直春が暴走したり、それに感化された静香が暴走したり、それを見た直春がキュン死したり。
全てを話す気のない静香は「ふふ」と懐かしむように笑みを零すだけだが。
春香もまた、そこまで野暮な質問をする気はない。ただ、一言ツッコむに留めた。
「最後暴走してたのはお母さんの方だった気がする」
「お父さんに影響されたのかもしれないね」
直春のせいだとしれっと笑うその姿に、春香も苦笑する。そして「あー」とも「うー」ともつかない声を漏らした。
「……参考になるようなならないような」
絶賛、恋する乙女であった。
その様子にやはり直春の血を感じつつ、静香は優しく見守る。
「堅物なんだっけ、彼は」
「お母さんに似たとこあるから、ちょっとは参考になるかなーと思ったんだけどなー」
「まぁ正面からぶつかってみたらどうだい。お父さんの娘らしくね」
からかうように笑った静香に、春香は唇を尖らせた。
どう見てもこれが参考にならないことを分かっていてけしかけている。
「流石に『お付き合いを前提に結婚!』はどうかと思うよ……」
社会人になってもギリギリアウトっぽい告白を、高校生が言ったところで空気が壊滅する気しかしない。少なくともその後の学生生活は成否に関わらず地獄の気がする。
「意表をつくのも作戦さ」
「もう、他人事だと思って!」
「どう転ぶか分からないからこそやってみるしかないと思ってるだけさ」
拗ねる春香の頭を優しく撫でると、静香は諭すようにそう言った。
何も知らないうちならば、その言葉も「他人事だと思って!」と癪にさわったのだろうが、今となっては、目の前に実例である。
「……それは説得力ある……」
「だろう?」
別に結婚を迫れと言いたいわけでは勿論ない。
ただ「好きです」と伝えるだけが方法ではなく。何が誰の琴線に触れるかなど、蓋を開けなければ分かりはしないのだ。
「はぁ……とりあえず私は私なりに頑張ってみようかなぁ」
「そうだね。吉報を楽しみにしているよ」
「秘密にするかもよ?」
やりかえすように悪戯っぽく笑う春香に、静香は「どうだろうね」と苦笑する。
「春香はお父さんに似てすぐ顔に出るからね。それは難しいんじゃないかな」
「えー、私お父さん似なの?」
「嫌かい?」
静香としてはどっちでも良いのだろう。何気ない質問に、春香はちょっとだけ渋い顔をして「別に」と肩を竦めた。
その仕草をきっと直春は、静香にそっくりと言うのだろう。思わず笑みが零れた。
そんな静香の様子に、春香は唇を尖らせる。だがそれも一瞬だった。着信を告げた携帯電話にバッと飛びつく。
「お母さん、ありがと!」
礼もそぞろに、2階の自分の部屋へ駆けあがる春香の背に「頑張れ」と声をかけて、思い出に浸る。
あんな、電話ひとつにときめいた覚えは終ぞないが、それでも着信画面に直春の文字が表示されたときどんな気持ちであったか。
たぶん、似たような顔はしていたのだろうな、と。
「本当に随分……懐かしい思い出だよ」
気づけば20年以上昔なのだ。
それほど長く一緒にいれば惰性になってしまうこともいろいろある。
思ったよりも、感慨深い気持ちだった。
そんな風にぼんやりと思い出を漁っているうちに、扉の開く音がした。
「ん? どうかしたの、お母さん」
だいぶ老けたなぁと思う。
仕事帰りなのもあるだろうが、少しくたびれた、おじさんの顔。
「あぁ、おかえり。今日は早かったね」
「ただいま。たまにはね」
だけど笑うと昔の面影がある。
どこか子犬のようなあの面影が。
静香の好きな。
だから、それは悪戯と言うよりも、思わずだったかもしれない。
「ねぇ、直春君」
ここ何年も、呼んだことのない名前。
春香が生まれてからは気づいたらお父さんお母さんだった、名前。
「へ、うぇ!?」
その慌て方は、本当に昔のようだ。
特に何を言いたかったわけでも、聞きたかったわけでもないのだが、そんな直春を見ていると、もう一度聞いてみたくなった。
「直春君は私になんてプロポーズしたか覚えているかい?」
「……また懐かしいことを聞いてくるなぁ……」
多少驚きも落ち着き、今度は恥ずかしそうに笑う。
しかし嫌とは言わない。
大真面目に、ジッと。いつだって大事な時はそうやって。
「一生を前提に、俺と結婚してください」
プロポーズから始める 日月烏兎 @utatane-uto
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