第4話

「結局結婚を前提にしてるじゃん……似た者じゃん……」


 砂糖でも吐き出しそうな顔で春香は、ぼやいた。

 クールだ冷静だと評されることの多い静香の、時折の謎の行動力は父の影響でも何でもなく、自身の性格に寄るものが大きいようだと春香は確信する。

 どう考えても真反対の似た者同士である。


「まぁ、本当に結婚するかはともかく。付き合ってみても良いとは思ったからね」


 どこまでも言い訳を重ねる。

 春香はそろそろ諦めれば良いのにと思った。


「で、そのまま本当にゴールインしちゃったわけだね」

「そこはそれ、紆余曲折暴走するのがお父さんの良いところだよ」


 聞きたいことは概ね聞けたのだが、いったい何がどうなって結婚に至ったのかは春香も気になる。

 どこか自慢げな静香の様子を訝しみつつも、春香は黙って耳を傾けた。




「静香さん、俺ももう社会人ですよ!」


 付き合い始めて3年。

 喧嘩したり同棲したり、一足早く静香が社会人になり一時遠距離になったり。

 それでも、3年。

 静香とて別に初めて見るわけでもないのだが、社会人になった直春のスーツ姿と言うのは存外、グッとくるものがあった。


「そうだね。これからも大変だろうけどふたりで頑張っていこう」


 だからと言って素直に褒めたりはできないが。

 まるで何事もなかったかのように、静香は微笑んだ。


「そこで提案なんですけどね!」


 このパターンも散々経験した。

 とっくに返事も考えている。


「あぁ、どうしたんだい」


 静香は余裕の笑みを浮かべて、続きを促した。


「結婚を考えませんか!」

「ん、うん?」


 余裕の笑みのまま、首を捻った。

 何かちょっと予想と違う。

 予想していた展開と違う。

 違う、こうじゃない。


「どうかしました?」

「い、いや、直春君なら『静香さん、結婚しましょう!』でもおかしくないからね。珍しいと思って」


 さも何てことのない風を装って笑う。

 肩透かしをくらって行き場をなくした「あぁ、そうだね」という言葉が、静香の中で切なげに萎んでいく。


「いつまでも昔の馬鹿な俺ではないんです!」


 それは3年の静香の努力の結果とも言える。

 ただ、少しばかり。ほんのすこーしばかりの期待があった静香としてはぶつけようのない不満がある。

 とは言えあの日の告白をもう一度聞きたい、なんて言えるはずもなく。ふっと息を吐いて気分を切り替えると、いつもの冷静な目で直春を見やる。


「それはそれで寂しい気もするけど……で、考えるとは具体的にどうするんだい?」

「結婚したい貯金をしましょう!」

「結婚したい貯金?」


 思わずおうむ返しになった。


「お互いが、相手と結婚したいと思ったらその都度貯金するんです。ゴールは300万を考えてます!」


 反芻して、直春が至極真面目に結婚を見据えていることに気づく。

 普段がふざけているというわけではないのだが、きっちりと、現実的に、捉えている。

 現在の貯金額、式の費用、ご祝儀。そして貯まるまでにかかる年数。試算していけば確かにその辺りがゴールとしては妥当で、貯める方法もゲーム的であり、苦になることもないだろう。


「……君本当に直春君かい?」


 久しぶりに見た冷静な直春に、静香は目を丸くした。

 普段がアレなだけに、ギャップが凄まじい。


「どうです、ちゃんと考えてるでしょう?」

「考えられすぎてて偽者を疑っているよ」

「ちゃんと本物です!」


 間接的に馬鹿だと言われているのだが、気づかない。


「あぁ、私も君を誰かと間違えることはないと思ってるけど」

「……1万円貯金しよ」


 直春は心臓を押さえて、悩まし気に呟いた。

 閾値がとても低かった。

 静香からすれば今の発言のどこにキュンとしたのか分からないが、直春にとっては貴重なデレ成分だったようだ。

 このペースだと早々に貯まりそうである。


「なるほど。そういう感じか。分かりやすくて良いね」

「俺、絶対3年で貯めてみせるんで! 待っててくださいね!」


 それはまるであの日のような。拳をギュッと握りしめ、全部任せろと言わんばかりの笑み。

 何も変わらない、直春の姿に。


「……私、今から300入れて良いかな」

「え、いや、ちょ!?」


 良くも悪くも。

 しっかりお互いの影響を受けていた。

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