ぼくのゆめ
かさのゆゆ
第1話
夢をみました。
僕は上空なのか地上なのかもよく分からない所にいて、そこから不思議な地下空間を見下ろしていました。
森林に囲まれている広々とした神社。
人気もなく、どことなく漂うのは不穏で妖しい空気。
社殿の近くには何故か錆びたブランコが置かれています。
不相応に明るく拓かれていくのは、怨霊の魂も丸々浄化してくれそうな程澄みきった青空。
次に見えてきたのは、急斜面の長い坂道でした。
“自○スポット”かと思うほど険しい傾斜ですが、降りた先にあるのはあの神社。
「先輩知ってましたか? こんな場所もあるってこと」
遥か下にあるその神社を坂道の天辺から見下ろす二人の男。
よれたスーツを纏った若い男性が、同じくスーツ姿の、とんがり革靴を履いた年配の男性に話しかけています。
「自転車で降りたらさぞ気持ちいいんでしょうね。でもここ、降りたら二度と戻ってこられないって噂があって。だから誰も近づかないんです」
「へ~。じゃあ君降りてみれば?
会社辞めてギャンブル三昧、借金地獄。
“神様助けてください”って祈ってこいよ」
「……」
「おいおい冗談だって~。鵜呑みにすんなよ」
「あははは。
そうやって会社でもよく可愛がっていただいてたのに、ご迷惑ばかりおかけして。辞して尚すみません」
「いいさいいさ。金はくれてやるよ。
俺も独り身だし、趣味も大したことない日曜大工とかだしな。
“人が良すぎる”ってまた周りにも言われたけど、
まぁ、俺は“皆に幸せになってほしいから”──さ」
「本当申し訳ないです。先輩は会社でも
頼られまくりの“ヒーロー的存在”ですもんね。あはは 。借金の件もわざわざ他の社員にまで連絡とって知ってくださったようで。あははは。毎度頭が上がりません」
端から見れば、ギャンブラーで甲斐性なしの元部下と、そいつを見捨てないお人好しの元上司といったところか。
「お金必ず返しますから、長生きしてくださいね。先輩」
「またまた~。金だけ残して早く○ねって思ってるくせに~」
「あは、あははは」
「んじゃ、また暇な時電話してやるから」
かくして二人は解散し、それぞれ別方向に去っていきます。
途方もない下り坂の上。以降まだそう時間も経ってない内に、ふたたび現れる見覚えのある影。
あの年配の男が一人、今度は自転車をひいてやってきました。
好奇心が勝り、どうしても下に降りてみたくなったのでしょう。
気持ちよく風をきりながら、男は下へ下へと落ちていきました。
──だがそこには誰も降りず、誰も登れないようにされてる理由が確とありました。
勢い余った着地の反動で飛び跳ね、土埃をあげ尻餅をついた年配の男。
「いてて……うっ」
起き上がるよりも先に男の鼻についた強烈な異臭。
上からは見えなかった死角の場所に目をやると、そこには大量の糞など溜まる不浄の山。 激しく唸るオオカミ達の群れ。
自転車は……もう使えない。
男はただ己の二本足で逃げる他ありませんでした。
所々齧られながらも弱った肉体をひたすら鼓舞させて。
ブランコを武器にしたり、フェイントをかけてやったり、何としてでも生き残ろうと、年配男は必死に足掻きます。
そんな奴の無様な姿を見下ろして、微かに笑みを浮かべている若い男。
「はは。もっと苦しめ。食われ続けろ。てめーが
──そうだ。
仕事のストレスにより癖になってしまったギャンブル。
元凶は
「皆に幸せになってほしい」が口癖でもある、“お人好しの苦労人ヒーロー”。
奴の自分本位な苦労話や、恩着せがましい自慢話も、職場や電話で散々聞いてきた。
(夜中だってお構い無しにかけてきて、長々一方的にぶぅぶぅべらべら。あしらったりすればまた酷い敵として、都合の良いよう周囲に言いふらされて……。自分もいつも
“結婚するも自身の母親のせいで元妻とは早々離婚、とうに疎遠。
ローン折半にしてやった一軒家を手放し、彼だけを置き去りにした、非情な一人息子とその家族。
唯一の楽しみである、(他人のためにしてやってる)通話や日曜大工にさえ、細かい近隣住民に苦情を言われる日々。
その上会社でも退職した元部下にまで振り回されてしまう哀れな善人。”
いつだって彼だけを思いやれる彼は、
多数を敵にし味方にもつける、
中心のわんぱくヒーローなのだ──。
「なんで“この俺”がこんな目にあわないといけないんだ! 」
“醜悪”なオオカミ共に追いかけ回されながら、世話してやったのにまた嵌められ、恩を仇で返された“悲劇のヒーロー”は、嘆きの叫び声をあげました。
しかし断末魔ではありません。
だって彼がヒーローである限り、戦いは永遠に終わらないのですから──。
──そうです。これもぜんぶ夢。
僕の見てきた長い夢。
ですが僕は今でも夢見ています。
僕の退職から四十年。八十過ぎても尚懲りず活躍する
“みにくくて”仕方ないのに気になって気になって、
挙げ句そいつに望まぬ夢までも見てしまうのです。
“羨ましい”──と。
多くのものを犠牲にしてでもヒーローを貫く、オオカミとは程遠い、ハイエナの如き奴の
──僕にはなかった。
そのくせ僕は「神様助けてください」って他力本願ばかりして、
下へ下へと堕ちてった。
神様は“ヒーロー”なんかじゃないのにさ。
っはは。──あはは。
だから僕はヒーロー《あいつ》が
上にも下にもいけない錆びたブランコを、“まだかまだか”と震わせながら。
ぼくのゆめ かさのゆゆ @asa4i2eR0-o2
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