第128話 さじ加減は難しい
「勘弁してくれ。明澄がめっちゃ褒めるから俺への期待感がすごいことになってんぞ」
「良いじゃないですか。かましてあげれば」
「あのなぁ……」
はぁ、と庵はため息を零しつつ、無茶振りを言う明澄に困り果てる。
家ならわしわしと頭を撫でるかほっぺでもつついてやるところだが、流石に今それをやったら大惨事だ。
最近、澪璃たちの前でやらかしたので自重を心の隅に置いてある。
小さく笑ってこちらを見上げる明澄へ淡く微笑みだけ返して、特にスキンシップは控えた。
はずなのだが、それすらも彼らには過ぎたものだったのか、クラスメイトは一様に甘さに支配されたように時を止めた。
(えぇ……今のも駄目なのか……)
庵自身、気付いていないが、彼も整った顔立ちをしているし、その柔らかい笑みには破壊力があるのだ。
明澄への愛情が含まれている分、より増す。
それによって明澄は見たことないくらいに緩んでしまうから、一気に甘ったるくなる。
二人以外には刺激として充分だった。
「あ、はは。二人とも甘いね……。最近までそんな雰囲気なかったのに。その分、お家でラブラブってこと?」
「いやいや。恥ずかしいから、あんまり詮索しないでくれ」
庵と明澄の熱に当てられた彼女は取り繕うように笑いながらも、質問を絶やさない。
どれだけ気になるんだ、とツッコミたいところだ。
ただ質問は的を得ている。明澄とは自宅で恋人らしく過ごしているし、付き合う前もそれなりだった。
奏太や胡桃には明かしているものの、クラスメイトや学校で知られるのは羞恥が勝つ。
口ぶりは認めるものになりつつ、庵は首を振って解答を濁した。
「そういえば二人して三日くらい休んでたけど、何やってたの?」
そうすると、別の所から声が上がる。
「そりゃ何ってなぁ?」
「絶対いけないボーダーライン突破してるでしょうね」
「聖女様はそこまで……」
「やめてくれ。脳破壊がッ!」
ひそひそと集団から声が飛び飛びに舞い、言いたい放題にされる。勿論、彼らが考えているような事は断じて否だ。
人間誰しも、他人の交際事情を詮索することもあるだろうが、目の前で憶測とそれで絶望されるのはたまったものではない。
明澄とはまだ手しか繋いでいないし、先を望んだとしてそれは時間をかけるつもりだ。
朝、危うく――なんて事もあったが、このまま色々と進められた事にされるのは遺憾である。
この手の話題は更に女子たちを引き込んだのか、一層煌めいた瞳に囲われた明澄は頬に差した紅を強くしながら「あ、あの、まだ……」と、歯切れ悪く対応に追われていた。
物事には限度があるし、これは流石に止めておかねばなるまい。
「お前らなあ。あまり俺の彼女を困らせないでやってくれ」
明澄に寄っていた女子たちへ割っては入らないものの頭の位置を下げるだけにして、やや覗くように庵は重み持った声で止めに入る。
一度強めに出るべきかと思ったが、怒った装いは空気を悪くするので、呆れがちな表情に留めた。
庵だって積極的な交流を好みはしないけれど、聖女様の彼氏として怖がられるのは望むところではない。
「あ、ハイ……」
「ご、ごめん」
「きゃあー、俺の彼女だって!」
素直に引き下がる者もいれば、更にボルテージをあげる者もいて、彼女たちだけで今だに盛り上がっている。
なんとか収拾がついたと言っていいのか分からないが、これくらいは仕方はないのだろう。
今後、暫くは助け舟の出航準備はしておくべきかもしれない。
「明澄もああいうの困ったら、話を逸らして良いんだからな」
「え、ええ。まぁ、悪気のあるのもではないですから……」
「そういうとこ。優しすぎるのは為にならないと思うからさ」
(でも、そういうとこなんだよなあ)
あまり聞こえないようにだが、はっきりと言う。相手に悪意が見えない時の明澄は優しすぎて、自分を疎かにするから心配になる。
ただ、惚れた理由はそこにもあって、やめろなんて言いたくないし、どうにか気に掛けてやりたかった。
明澄もそれは分かっているのか、こちらに片手と顔を寄せ、くすりとして。
「でも、これからは庵くんが頼りになるので、このままでも良いかなって」
庵だけにそうやって満足したように耳打ちして、はにかんでみせる。
となれば、庵も何も言えない。頼られることは嫌いじゃないし、明澄からの信頼は嬉しい。
分かった、と返そうとしたところ、ざわついたのが目の端に映る。
「わーっ! い、今! してたんじゃ!?」
「聖女様大胆すぎるよ」
「見えなかったけど……」
わーきゃーしていたから、一瞬庵と明澄が何したかはっきりと目撃出来なかったようで、良くない方向に作用する。
顔を寄せた、それだけで予測という名の妄想を捗らせて、鎮火しそうになった火が盛り返した。
これは勘違いが甚だしいにも程があるだろう。そこまで期待するなら、帰ったら本当にしてやろうかと一瞬思ったほど。
純朴な明澄が公衆の面前で過度なスキンシップを見せる筈がない。
なにせ彼らはまだだし、今のは角度的に頬になるとはいえ、こんな場でというのはあまりにも品がなさすぎる。
隣では「違いますっ!」と、明澄は赤らんだ顔で必死に否定にしているが、手に追えそうになかった。
「もう勘弁してくれ……!」
騒がれる予想はしていたが、ここまでの事はその範疇にない。
恨みつらみの籠ったそれと女子からの黄色い声を受けながら、庵は切実な思いで盛大にため息をついた。
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このあと、近況ノートに書籍の書影の方公開しておきます!
[書籍化]隣に住んでる聖女様は俺がキャラデザを担当した大人気VTuberでした 乃中カノン @nano7haku
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