第10話 文化祭の楽しみ

 次の日のホームルームで、昼食時のメンバーがリメイクの方向で進めることを報告した。

「ということで皆の家から古着を持ってきてほしいです。切ったり繋げたりしちゃうからもう着ないよって服でお願いします。急でごめんね、大丈夫?」

 断られるかもしれないと不安になりながら尋ねる。しかし、それは要らぬ心配でクラスでは賛成の声が上がっていた。

「いいじゃん! 着てない服しかないし!」

「これを機に断捨離する~」

 そして、家にはこのデザインに合う服があるなどといった話があちこちで始まり、教室が賑わう。この好反応を見て提案した少女らも話に混ざっていった。その様子を見ていた担任が隣に立っている橘に声を掛ける。

「名案じゃないの。生徒たちから橘先生の案だって聞いたよ。私実行委員のほうで忙しいから、申し訳ないけどこのままよろしくね」

 担任から微笑まれても橘は一切目を合わせることなく返事した。

「言われなくてもそのつもりです」

 正面を見つめる目には強い決意が込められていた。



 放課後の教室ではエラが橘に対して頬を膨らませている。

「一緒にお買い物行きたかったです!」

 腰に手を当て、前のめりになりながら睨んでいるが橘は動じない。

「ネットで買った方が安いし楽です」

「えー! でも買い出しに行くのも文化祭の醍醐味ってどっかで見ました!」

 橘の両肩をがっしりと掴み、さらに詰め寄る。

「文化祭、楽しみたいです!」

 眼前に迫る高い鼻に橘は一瞬たじろいだが、負けじと顎を突き出す。

「それは生徒の醍醐味ですし、買い出しに行かなくても十分楽しんでるでしょう」

 挑発的な態度をとりつつ冷静に返す。そして、ベストのポケットから一枚の写真を取り出した。そこにはエラがダンボールをベッドに見立てて寝そべっている姿が写っていた。ベッドからはみ出ていてもお構いなしで、大の字になり満面の笑みを浮かべている。インスタントカメラで撮影されているため、レトロな雰囲気を醸し出している。

「あ! それどこで手に入れたんですか!」

 エラは咄嗟に写真へ手を伸ばしたが、すぐにポケットの中へ戻されてしまう。

「写真班と物々交換で」

 以前から文化祭の準備中に暇を持て余した生徒が写真班を名乗り、進行状況やクラスメイトを撮っていた。そして、エラを撮影している姿を見つけた橘は生徒にお菓子を渡し、お返しとして写真を受け取っていた。

「なんで私のおかしな写真と交換したんですか?」

 エラはきょとんとした顔で尋ねる。すると橘は顔をこわばらせ、意味もなく眼鏡を押し上げた。しばらく思考を巡らせ冷や汗がこめかみまで垂れた頃、ようやく答えた。

「エラが授業をサボったりしたら理事長に見せます」

 そう告げられエラは目を大きく見開き叫んだ。

「えー! ふざけてるってばれちゃうじゃないですか。脅すなんてずるいですー!」

 あれこれ文句を言いながら橘の肩を何度も小突く。

「隙を見せた方が悪いです」

 そう言い放つと橘は手を振り払いそっぽを向いた。

 どんなに嘆いても全く意見を聞き入れてもらえない姿が、生徒たちは面白くて仕方がなかった。

「でも土曜はご飯行くって約束したでしょ。何が食べたいか考えておいて」

 橘がエラに対して小声で伝えるとたちまち明るい顔になり、どうしましょうかと左右に首を傾げていた。その姿は太陽光で電力を得て、左右に揺れる花のおもちゃのようだった。生徒たちがついに腹を抱えて笑い出す。橘はそれに一切動じず、生徒たちのそばへ歩いていく。

「今週は古着が集まるのを待ち、来週から使う部分などの仕分けをしましょう。足りない生地がリストアップできたら教えてください。私がまとめて注文しておきます」

 生徒たちはまだ口の端を緩めていてなんとか間延びした返事をするが、巻だけは真顔で橘が出ていく後ろ姿を見つめていた。そして、誰にも聞こえない声量で呟いた。

「でしゃばんなよ」

 橘が教室の外へ姿を消すと、すぐにクラスメイトから巻ちゃーんと呼ばれた。その呼び掛けでゆっくりと普段の妖しげな微笑みを取り戻す。



 橘はその足で文芸部の教室へ向かう。一組の教室は三階にあるため、そのまま一階分上がるだけだった。軽くノックしドアを開けると数人がグループになって固まり、小さな声で相談している様子が見て取れた。

「失礼します。皆さん捗ってますか?」

 部員たちが顔を上げると、橘はそれを見て目を丸くした。

「どうしましたか? そんなやつれた顔して」

 眉を八の字に下げて部長が答える。

「全然書けないんです。しかも皆。皆スランプなんです」

「おや、そんなことがあるんですね」

 珍しいものを見たといった反応をすると、猫が威嚇する時のように部員たちが殺気立った。

「おや、じゃないですよ! 文化祭間に合わなかったらどうしよう!」

「締め切りに縛られてる感があるとなんか急に書けなくなる!」

「もう全然アイデアが降ってこない……!」

 それぞれの嘆きを聞いて橘は冷静に答えた。

「気持ちはわかりますが、皆さんいつも筆早いじゃないですか。自分の癖にドストライクのキャラを書いている時は現世を置いてけぼりにする速さなんだって言ってましたよね」

「やめて! 先生からその単語の羅列はこっちが恥ずかしいから!」

 部員たちはさらにダメージを受けて苦しそうにする。しかし、橘はその様子を見て首を横に振った。

「私は心配してませんよ。皆さんなら大丈夫だってことです。どの辺りから詰まってるんですか? 一緒に考えましょう」

 そう言いながら生徒たちの肩に手を置き、机上を覗き込んだ。



 文化祭に向けて学校の様子が変わり始めている。校庭の隅に置かれている大道具や、各クラスの宣伝ポスターの掲示などが目立ってきた。また、放課後になっても生徒たちの声が教室に響き渡り、小さな足音が廊下を駆けている。

 その足音の中にコツコツとヒールを鳴らす音が混ざっていた。エラはゴミ捨てを任され、校舎から離れた粗大ゴミ置き場へ向かっているところだ。しかしこの道のりが長いため、道草を食うことが多い。他クラスの様子を覗いたり自動販売機に寄ったり、校内を散策することが習慣になっていた。

「あー、やっと着きました」

 両手に持っていたゴミ袋を置くと、その場に立ち尽くした。さすがに重労働をしても尚元気でいられるほど体力はない。しかし、強い日差しが額の汗を輝かせる。それを拭っても体のだるさは拭いきれない。暦では秋にもかかわらず、暑さが残る日本の夏に辟易した。早く教室に戻り、冷房で身体の熱を取り除きたい。

 そう考えてエラはまず校舎内に入ろうと適当な入口を探した。そして、目に付いた扉を開くと普段は使われていない旧校舎のほうへ進んでしまう。

「お? 別の校舎に来ちゃったのでしょうか」

 廊下を進むと窓際に置かれた資材や机の山が光を遮り、僅かに涼しさを感じた。そして電気も消されていたため昼間とは思えないほど薄暗い。静けさも合わさり怪しげな様子だった。木造建築でどこか懐かしい雰囲気の漂う屋内だ。それが新鮮なエラは埃の影響で鼻をもぞもぞと動かしながら、奥へと進んでいく。

「これが昔の日本家屋ってものですかね」

 そこら中に広がっている木目と目を合わせたり、変色して黒くなっている天井を眺めた。この異空間で紙の端が曲がっている保健室だよりや、部活動の勧誘ポスターが貼られている掲示板に目をつけた。何年も前に発行された保健室だよりはフォントもどこか古臭く、今とは違う構成だ。勧誘ポスターは現在ない部活動で、エラはなんとなく寂しさを覚えた。そして、この高校で働き始めもうすぐ半年経つというのに、旧校舎の存在や学校の歴史について何も知らない自分が惨めに思えてくる。わざわざ来たのに手の届く範囲だけで満足するのは嫌だった。もっと自分から学びに行こう、そう決意した。

 まずはこの旧校舎からだ、勢い良く腕を振り歩き始める。全ての教室に入り残っている教科書や生徒の落書きを見て回る。純粋に探検としての楽しさがあった。

 二階へ上がるため階段を上り始めたが、踊り場で違和感を覚える。

「誰かが掃除している?」

 一階は埃まみれで歩くたびに砂のようなざらつきを靴越しでも感じた。しかし、二階はそのような感覚もなく、埃やカビの匂いも薄れている。大きな教壇やロッカーなどは相変わらず窓際に放置されたままだったが、一切埃が乗っていない。

 緊張し生唾を飲み込む。

 足音を最大限に抑え、ゆっくりと教室内を確認していく。

 物置小屋のようにごった返している教室もあれば、机だけが一か所にまとめられている教室などもある。一階とは違う様子に気持ち悪さを感じた。

 そして、ここまで一本道だった廊下の角に着く。

 恐る恐る曲がると、明かりが漏れている教室を見つけた。

「ここって電気通ってたんですね」

 感心して小声で呟く。

 しかし、はっと気付き警戒心を強めた。

 あの教室に誰かいる。

 何者かだったらどうしようという恐怖もあったが、好奇心が勝った。ゆっくりと近付いていく。絶妙に曲げている膝のせいで太股が震えている。肩も少しずつ震え始める。もうすぐ扉の前に着く。そのあたりで聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 どういうことだろう、なぜだろう、たくさんの疑問が浮かんでくる。その全てを払うため、エラは扉の隙間に顔を寄せた。

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生徒からの人気を取り合ってるつもりなのにカプ扱いされている ショートメイ @Short_vie

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