うん、この恋は甘くて苦くてちょっと怖い!
「ど、どうしたんだろ……あ、あたしにもわかんないです。ケーキさんの好きって言葉を聞いたら、何だか体が熱くなって」
溶けて消えた両手をバタバタさせる代わりに、全身をそわそわ横揺れさせながらうんこチョコが答える。どうやら痛みは全くないらしい。
これは、もしかして……?
軽く咳払いをしてから、俺は改めてうんこチョコに告げた。
「俺、君のことが好きだ!」
「ひゃうっ!」
うんこチョコが甲高く叫んで身悶えする。そのまま彼女は、ぺとんと尻餅ならぬ尻チョコをついた。両足も溶けてしまったせいだ。さらにうんこを形作る表面のチョコもトロトロと溶けて、ココットに流れ落ちる。
間違いない。彼女は俺の愛の言葉にドキドキしてキュンキュンして、アンストッパブルなトキメキでいっぱいになって、胸熱がホットでヒートになっているせいで溶けているんだ。
そうとわかれば、行動あるのみ。
すごく可愛い、好みのタイプだ、声がそそる、えっちじゃないところが逆にえっち……などなど、俺は彼女への想いをこれでもかというほど口にした。
普段なら恥ずかしさが勝って言えないだろう言葉もすらすら言えたのは、どうあがいても彼女が明日には消えてしまうとわかっていたからだ。だったら好きになった子に、この気持ちをめいっぱい伝えたい。彼女みたいに、後悔はしたくない。
「ケーキさん……あたし、あなたに会えて良かった。あなたを好きになって、本当に良かった。素敵な恋をありがとう」
か細く告げられた感謝の言葉を最後に、うんこチョコは完全に液体となった。
もう彼女の声を聞くことはできない。そう思うとやっぱり悲しくて寂しくて、泣きそうになった。しかし俺はこみ上げかけた嗚咽をぐっと堪え、手に取ったココットをくちびるに付けた。
中身を一気に流し込めば、口腔内に舌が痺れるほど強い甘みが広がる。
吐きそうになったけれど、必死に我慢して俺は飲み込んだ。温もりと呼ぶには熱すぎる彼女の体温が、喉奥に切なくしみる。
俺の中にうんこチョコが溶け込んで、一体になっていく不思議な感覚。
目を閉じると、ついに涙が溢れた。そうしてもういない彼女を思い、悲しみとも寂しさとも達成感ともつかない気持ちに浸っていると――――不意に、俺の脳内に映像が流れてきた。
真っ先に認識したのは、高校生らしき見覚えのない青年。爽やかな笑顔を浮かべた青年の隣には、これまた見覚えのない女子高生がいる。自分は仲睦まじい二人を、少し離れた場所から見守っているようだ。もちろん俺は彼らを知らないし、こんな場面に出くわしたことなどない。
となると、もしやこれは、うんこチョコの記憶……?
明滅するように、映像は目まぐるしく転換した。けれど、どのシーンにも彼はいた。その男子高生が彼女の想い人だったんだろう。
『あーあ……あたしも、せめてもう少し可愛ければなぁ。なんでこんなふうになっちゃったんだろう?』
悲しげな呟きは、恐らく彼女の発したものと思われた。
だが、ものすごく違和感がある。というのも、うんこチョコが発していた可愛らしい声音とは大きく異なっていて――。
戸惑う俺を置き去りにして、彼女の目線はショーウィンドウに移動した。
そこに映ったのは――――何と男子高生。
しかもただの男子高生じゃない。貧弱な俺の体など一撃でへし折りそうな、角刈りのムキムキマッチョだ!
おい、待て。ちょっと待ってくれ……。
『あたしも女の子に生まれたかった。せめてこんなにムキムキじゃなければなぁ。熱心に勧誘されたからって、柔道なんて始めるんじゃなかったかも。性別は諦めるとして、細身で可愛い男の娘になれたら、少しは希望があったかもしれないのに……』
ショーウィンドウから手元の紙袋に視線が落ちると――――透明なプラスチックケースの中に、とても見覚えのあるうんこチョコが鎮座していた。
おいおい……マジか? うん、マジだな。
うんこチョコ…………お前、男だったのかよーー!!
彼女……いや、彼は諦めたように溜息をついて歩き出したが、落ちていたバナナの皮で滑って転んだ。そして、後頭部を強打した。
『くぅぅ……いきなりすぎて受け身を取れなかったよぅ。あたしってば、何てドジ……!』
それが、彼女……いや彼の最期の言葉だった。
俺の頭の中から、生前のうんこチョコの記憶再現映像が消える。それでも、俺は目を閉じたまま動くことができなかった。
好きになった相手が、うんこチョコだった。これだけでも、よく考えたらとんでもないことである。おまけにそいつは男だった。これに関しては、知らなかったんだから仕方ないと言い訳できなくはない。
しかし俺は――――バナナの皮で滑って転んで昇天したムキムキマッチョにまで、激しく萌えてしまったのだ!
そっか……俺、ドジっ子ならうんこチョコでも男でもマッチョでも、本当に何でもいいんだ……。
舌に残るうんこチョコの甘みが、次第に苦味を帯びてくる。それを噛み締めながら、俺は『ムキムキマッチョのドジっ子ってギャップが美味しいなぁ、もっと早く出会っていれば……』などと考えてしまった自分が恐ろしくて、だけど彼のおかげでドジっ子ワールドがさらに広く大きくひらけた喜びとこれからへの期待に高鳴る鼓動を止められず、いつまでも震えていた。
了
うずまきスイートハート 節トキ @10ki-33o
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます