うん、この決意は固い!


「あたし……何年か前に、バレンタインの数日前に事故で死んだんです」


 テーブルの上に戻ったうんこチョコは、過去の話を語り始めた。


 落下防止のために俺が用意したココットのフチに、ちょこんと添えられた両手が何とも萌える。って、そんなこと気にしてる場合じゃない。



「じゃあ君、元は人間だったのか。つまり、このチョコに取り憑いた幽霊……ってわけ?」



 俺の問いに、うんこチョコは頷いた。



「去年も一昨年もその前も、気付いたらこの形のチョコになって売り場にいました。でも毎回売れ残っちゃって、そのまま日付を越えて十五日になると意識がなくなって、目が覚めたらまた売り場に……というのを繰り返しているんです」



 うんこチョコ曰く、こんなふうに話したり動いたりできるのは、恐らく自分が死んだ時間からバレンタインが終わるまでの短い期間のみらしい。また誰にも食べてもらえないままだと、延々とこのうんこチョコ生まれ変わりループするのではないか、と推測しているいう。



 しかし、何故そんなことが起こっているのか?


 いろんなチョコがあるのに、どうしてうんこチョコでなくてはならないのか?



 その答えは、彼女の最期の思いにあった。



「あたし、好きな人がいたんです。相手は幼馴染。ずっと好きだったのに言えずにいたら、彼に恋人ができちゃって……」



 うんこチョコには顔が描かれていない。だけど俺の目には、泣きたいのを堪えて笑おうとする表情が見えた――気がした。



 彼女は毎年、バレンタインになると彼のために頑張ってチョコを作っていたそうだ。素直に言えない気持ちが少しでも伝わればと想いを込めて、何年も何年も。


 けれど気持ちは届かず、彼に初めての彼女ができた。毎日のようにのろけ話を聞かされ、辛くて悲しくて――――それで買ったのが、うんこチョコだった。


 あんな奴、これで十分だ。どれだけ頑張っても叶わないなら、わざわざ作る意味なんかない。どうせ彼女からもらうチョコが一番なんだ。一番になれない自分なんてうんこと同じ、彼にとって不要な存在でしかないんだから。



 ところが彼女は、うんこチョコを買った帰りに事故に遭って亡くなった。



「死ぬ間際になって、やっと後悔したんです。ダメ元でも、当たって玉砕しておけば良かったって。涙も流せない体になる前に、ちゃんと泣いて諦めるべきでした。あたし、本当にバカですよね……」


「そんなことないよ!」



 うんこチョコの身が、小さく跳ねる。俺が大きな声を上げたせいだ。



「俺には見えるよ。君は今泣いている。すごく悲しそうな顔をして、たくさんの涙を流してる」



 顔があれば目はこの辺だろうと思い、俺はうんこ二段目辺りに指を添わせた。



「俺で良かったら、力になるよ。俺、君を笑顔にしたいんだ」


「あ、ありがとうございます……ええと」


佐東さとうだよ。佐東さとう桂樹けいき


「ケーキ、さん……」



 うんこチョコが、俺の名を口にする。途端に、ハートがキュンとしてドキドキが止まらなくなった。


 し、仕方ないだろ! 女の子に下の名前で呼ばれることなんてなかったから、こういうのに免疫がないんだよ!


 頬を染めて照れ臭そうに微笑んでいる――ように見えるうんこチョコの可愛さに打たれ、俺はついに決意した。彼女の願いを叶えてあげよう、彼女を食べよう、と。



 しかしこれには、大きな問題があった。



「ごめん。先に謝っておくけれど、俺、甘いものが苦手なんだ」


「そそそそうなんですか!? どどど、どうしましょう!? カレーにでも混ぜて、コクとして堪能します!?」



 うんこチョコがあわあわと手足をバタつかせてキョドる。


 うーむ、いちいち可愛い。カレー案は悪くないが、今から作るとなると時間がかかるし食い切れる自信がない。



「いや、頑張るよ。それより君、その体でも痛みを感じるよね? 丸飲みできるサイズじゃないから齧ることになるけど、大丈夫かな?」


 うんこチョコがジタバタを止めて、はうっ! と驚きの声を漏らす。今の今まで気付いてなかったようだな……このドジっ子め。



「あ、あたしも頑張りますっ! 全身を齧られるなんて経験したことないけど、耐え抜きます!」



 うんこチョコはぐっと小さな両手で握り拳を作ってみせた。けれど、そうはいかない。



「ダメだよ。好きな子が痛がるような真似はしたくない」


「え……?」


「やっぱり湯煎かな。ちょっと低めの温度で、ゆっくりやれば……って、どうしたの!?」



 程よいサイズのボウルはあったかな、と考えてうんこチョコを見た俺は、慌てて顔を寄せた。


 うんこチョコの両腕が、溶けて無くなっていたからだ!

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