うん、この子はドジっ子!


 時刻は深夜一時前。


 俺とうんこチョコは、テーブルで向かい合っていた。俺は座椅子に腰かけ、うんこチョコはテーブルの上でガタイには不釣り合いな小さい手をもじもじと動かし、無駄にスリムな足で女の子座りしているといった状態だ。


 何この珍状況……どうすりゃいいの。



「えっと、寒いし何か飲む? ココア……とか?」



 俺が声をかけると、うんこチョコははっとしたように顔だか体だかうんこだかわからない本体をこちらに向けた。



「いえ、お構いなく! ココアなんて共食いみたいなものですし、それに温かいものを飲んだら溶けちゃいますし」



 ああ、共食い。その発想はなかった。確かにチョコが温かいものを飲んだら溶けるよね……って、飲むことは飲めるんかい。


 ツッコミどころは満載だったが俺は何も言わず、とにかく飲み物をお出しすることは諦めた。


 そうだよ、どうして俺がうんこをもてなさにゃならんのだ。血迷ったか、俺。いやうん、混乱してるのは間違いないな。てかこんなの、驚きを通り越して逆に冷静にならざるを得ないだろ。うんこチョコが喋って動いてるんだぜ? クソほど意味わからんわ。うんこだけに。


 もうどうしていいかわからず、項垂れて夢なら醒めてくれと頭を押さえて祈っていたら、うんこチョコとんでもないことを言い出した。




「あ、あたし! あなたのことが、好きなんですっ!」




 信じたくないほどにアンビリーバボーな展開であるが、まさかの愛の告白である!



「あたしなんかが、あなたの彼女になれるなんて思っていません。だからどうか、あたしを食べてくださいっ! あなたと一つになりたいんですっ!!」



 ――――俺はこの時、驚きを超えて冷静になった向こう側には、凄まじい恐怖が手を広げて待っているのだということを初めて知った。



 彼女いない歴イコール年齢、まさかのよもや、人生初の告白が人語を話すうんこチョコからになるとは……。




 …………無理! 無理ったら無理! 無理無理無理無理、無理が無理すぎて無理無量大数!!




 いやいやいや、おかしいだろ。


 好きって何なんだよ。それにこんなもん食えねーよ。だって、うんこじゃねーか。うんこの形してるだけってのはわかるけど、甘いものが大嫌いな俺にとってはうんこと変わらねーんだよ!



「その……何で、俺なの……?」



 恐る恐る、俺は尋ねてみた。うんこチョコは恥ずかしそうに頬……というか巻きうんこの上から三段目辺りに両手を当てて、ちょっとだけ前傾姿勢になった。多分、俯いたんだと思う。



「あたしが落っこちそうになったところを、颯爽と助けてくれたじゃないですか。その時にキュンとして……一目惚れっていうやつだと思います」



 うん、仕草は可愛いんだけどな。でもお前、うんこだからな。そこ、心得てくれよな、



「それでこっそりカゴの中に入って、付いてきちゃったんです。でもさっきのお電話を聞いて、朝になったらお別れしなきゃならないとわかって、だったら寝てる隙に口の中に入ってしまえば食べてもらえるかもって考えて……ほ、本当にごめんなさい! 無理矢理押しかけた上に寝込みを襲うなんて、はしたない子だと思われても仕方ありませんよね」



 うんこチョコの言い訳に、俺の背筋温度はさらに下がった。絶対零度が見えてきたとすら感じた。


 勝手にカゴに入ってきたのかよ……レジで気付かなかった俺も俺だけどさぁ。


 って俺、うんこに襲われかけてたの!? こっわ! 危うく『こんなバレンタインはイヤだ、堂々の殿堂入り! 一人暮らしの飲食店従業員男性、うんこで窒息死!』ってタイトルでニュースに載って笑い者になるとこだったわ!



 俺の強張った表情に気付いたのだろう。うんこチョコはそっと立ち上がり、ペコリとうんこヘッドを下げた。



「ご迷惑をおかけして、すみませんでした。気持ちを伝えられただけでも、満足です。それじゃあたし、行きますね」


「行くって、どこへ?」



 思わず、俺は問い返してしまった。



「ここ以外の、あなたの目に付かないあたたかいところへ。そこで溶けて消えます」



 そう答えたうんこチョコは、うんこチョコでしかないはずなのに悲しそうに見えて、うんこチョコでしかないのに泣いているように見えて――何故か、俺の胸は痛んだ。



 うんこチョコはとてとてとテーブルの端に向かおうとして、とてんと転んだ。しかし諦めずに立とうとして、また転ぶ。



 ぐっ、と俺の喉から声にならない声が漏れた。笑ったんじゃない、萌えたのだ。



 何を隠そう、この俺――ドジっ子属性に滅法弱い。


 しかし現実に多いのは、作り物の自称天然ちゃんばかり。奴らの狙ったドジっ子演出には、はっきりいって嫌悪感しか抱けない。もちろん希少ながら、本物の天然ちゃんもいるにはいる。けれど本物の天然ちゃんは、並のアプローチでは好意を伝えることすらままならない。


 ちなみに俺が最後に恋をしたのは二年前。好きになった女の子は、真性の超天然ちゃんだった。



『そうなんだぁ。わたしは佐東さとうくんのこと、恐竜の化石みたいだと思ってるよ。ちょっとだけおそろっちだねぇ』



 思い切って告白したらこう返されて、その場でやたら緻密なアンモナイトの絵を描いてプレゼントくれたよ。気持ちがちゃんと伝わったのかもわからなかったよ……。



 過去のことはいい。天然ちゃんとの意思疎通は難しいということを学べたんだから、良い経験をしたと思おう。

 それに俺は、天然ちゃんが好きなのではない。あくまでドジっ子属性持ちに天然ちゃんが多いというだけで、ドジっ子ならば別に天然ちゃんでなくてもいいのだ。


 俺が好きなのは、ドジっ子! ドジっ子なら何だっていいんだ!



 さて、そんな俺好みのドジっ子ちゃんが、今目の前にいる。



 よろよろとした足取りでテーブルの端っこに辿り着いたうんこチョコは、軽く身を乗り出して下を見下ろした。



「ふええ……高いぃぃぃ。こんなの、無理ぃぃぃ……ひゃあ!」



 が、思った通り、バランスを崩して落ちた。



「うええええん、いったぁぁぁ……くない?」



 俺の手の中で、うんこチョコがキョロキョロする。そして自分がどこにいるのか気付いて、びっくーん! と飛び上がり、また落下しかけた。


 その背面うんこ部分をさっと支えてやりながら、俺は確信した。間違いない、この子は本物のドジっ子だ。



「あっ、ごめんなさ……ありがっ……っと、やっぱりごめんなさい!」



 謝る彼女の頭――というか巻きうんこの先端部分を人差し指で撫でてから、俺は彼女に優しく微笑みかけた。



「せっかくだから、君のことを聞かせてくれないか?」

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