うずまきスイートハート

節トキ

うん、このチョコは謎い!


 熱い愛を甘いチョコレートに込めて贈る、バレンタイン。


 しかしクリスマスに並ぶ大きなラブイベントとなったそれは、今ではもはや、秘めた想いを伝えるというだけに留まらず、お返し目的でばら撒いたり友達同士で交換し合ったり、一人の贅沢を満喫したりと、幅広い楽しみ方をされるようになった。


 しかしその裏で、チョコがもらえずに悔し涙を流したりだとか、義理の返礼に悩まされたりだとか、様々な理由で辟易している者も多い。



 さて、俺はというと、そんなイベントに辟易している者の一人である。彼女もいないし、好意を持ってくれていそうな相手もいない。おまけに、甘いものは大の苦手ときた。


 なのに、一人で大量のチョコを買わなきゃならないってさあ……あのクソ店長、こんな面倒臭い仕事を押し付けやがって。男一人でデパートのチョコ売り場に行くのは、なかなかに恥ずかしかったぞ! 言い出しっぺが行けっての!


 フローリングに置かれたデカイ紙袋に怨嗟の眼差しを向けていたら、スマホの着信音が鳴った。噂をすれば、クソ・オブ・クソ店長からだ。



『おー、佐東さとう。休日満喫してるかー?』


「店長のせいで、満喫するどころじゃなかったです。迷惑手当てを要求しまーす」


『そう言うなよ、こっちは忙しくて、今やっと休憩に入れたところなんだからさ。で、例のブツは?』



 店長が急に声を潜める。


 時刻は午後八時。まだ高校生達が上がる時間ではないが、休憩室にスタッフがやって来る可能性を考えて警戒しているようだ。



「あーはいはい、買ってきましたよ。明日、持っていけばいいんですよね?」


『ちゃんと人数分あるか? お前、変なところ抜けてるからな』



 失礼な。でも当たっているから言い返すこともできない。


 渋々俺は紙袋を引き寄せて、中身を取り出して数えてみた。店長指定の有名チョコレート店で買った包装は、俺達二人を除く従業員の数だけある。いや、一つ多い。紙袋の底にひっそりと、透明な四角のプラスチックがある。



「何だこれ」



 思わず、声が漏れる。


 掌サイズのプラスチック容器の中に鎮座していたのは、見事な巻き巻きうんこだった。訂正、うんこではなく、うんこチョコだ。


 鎮座という言葉通り、ご丁寧にも小さな手足がついていて、箱の中できちんと正座している。慌てて財布からレシートを取り出してみる。すると、確かに購入した記録があった。


 そういえば、と俺は思い出す。レジに並ぼうとした時、目の前にいた女性のバッグが商品の山に当たって、このうんこチョコが落ちそうになったのだ。ギリギリのところで受け止めて、陳列棚に戻した――と思っていたのだが。



『おい、どうした? まさか間違って違う商品を買ってきたなんて言うんじゃないだろうな?』



 店長の不安そうな声に、俺は我に返った。



「いや、一つ多く買ってきてしまったみたいで。これは店長の分ってことで、一緒に持っていきますねー」


『じゃあ、それの金額だけお前の自腹な。佐東副店長からの感謝の思いってことで』


「はあ!? イヤっすよ、明日全額返してもらいますからね!」


『お、そろそろ休憩終わりだ。俺は明日遅出だから、朝イチで準備よろしくな! 絶対に忘れんなよ!』



 言いたいだけ言い倒すと、店長は電話を切ってしまった。ったく、あの人はいつもこうだ。


 溜息をついて、俺はチョコのパッケージを紙袋に戻した。これらのチョコは明日のバレンタインデーに、俺が勤めるファミレスのスタッフ達に配布されるものだ。店長はこういうサプライズがお好きなのだそうで、年始にはミニ鏡餅を、昨年のハロウィンにはキャンディの詰め合わせを皆に贈っていた。曰く、いつも頑張ってくれる従業員達を労いたいとのことで。おかげでスタッフ達の店長の評価は、とてつもなく高い。


 そりゃ金を出してるのは店長だけどさ、毎度買いに行かされるのは俺なんですよ! 少しは俺のことも褒めてほしい!


 なんて怒っていても仕方がない。とっとと飯食って風呂入って寝よう。明日遅刻したら、それこそ大変だ。




 夢現の狭間で感じたのは、胸が焼けるような甘い匂い。それも安っぽい雑味とエグ味を甘さで誤魔化してみましたーといった感じの、気持ち悪くなる香りだ。


 しかも、鼻先から直に匂ってきているような……?


 息をするのもキツくなって、俺はそっと目を開けた。



「うお!?」

「きゃあ!?」



 最初に俺が叫んだのは、顔の真上に何かが乗っかっていたせいだ。


 二つ目の甲高い悲鳴はそいつが放ったものらしく、俺は慌てて手元にあったスイッチで部屋の照明をつけた。



「あ、あのっ……ご、ごめんなさい。あたし……」



 ベッドの上に転がったそいつは、可愛らしい声で謝り、ふるふると身を震わせた。態度だけ見れば、思わず守ってあげたくなる女の子そのものである。



「は……はあああ!?」



 だが俺は、この意味不明すぎる事態に再び叫ばずにはいられなかった。



 だって可愛い女の子っぽいアクションしてる相手が、巻き巻きうんこだったんだから!


 いやごめん訂正!


 うんこチョコ、うんこの形をしたチョコレートだ!!

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