風紋神社の下から座敷童が顔を出した


ある朝、風紋神社の下から座敷童が顔を出した。

名前は蝉丸。時刻は10時を回ったところだろうか。

木蓮の木がぽつぽつ花を咲かせていた。


彼は郵便物を預かっていた。

この町に住む孫に届けてほしいと頼まれたのだ。


長い旅路だった。電車にこっそり紛れ込み、車が立てる煙に巻かれ、何度もくじけそうになった。しかし、手紙を預かったからには届けなければならない。

その一心でこの町までやってきた。


「ようやく、たどり着いたでござる。

とりあえず、親方殿に挨拶せねば……」


風紋神社には鬼がいる。

この町で異形どもを束ね、仕切っている一族だ。


廃神社になったのは建前であり、現在も神社としての機能は失われていない。

賽銭箱も設置してある。社務所でお守りも売られている。


階段の下からそっと抜け出すと、小さく悲鳴が上がた。

背後を見ると、参拝者と思われる少女と目が合った。

顔がみるみるうちに青ざめて行き、甲高い叫びが響いた。


「どうしたでござるか!」


「こっちのセリフです! あなたどっから出て来てるんですか!」


少女は指さしたまま、動こうとしない。

背後の床下に目をやった。


「時間が時間だったもので、やむを得ずここに泊まったのです。

親方殿に挨拶したらすぐに旅立つつもりでした」


蝉丸は頭を下げた。無礼な真似をしたのは分かっている。

少女は口を開けたまま、じっと見ていた。


「我が名は蝉丸。北は蝦夷から南は琉球、御用とあらばどこでも参上致しますぞ」


再び頭を下げた。手紙を届けるために、全国を駆け抜ける。

かつては飛脚と呼ばれた運送業者である。


「で、神社の床下に何の用ですか」


「いや、床下に用があったわけではなくて。

この町にいる木下みちる殿に手紙を渡すようにと言われているのです」


「……それ私ですね」


「なんと! 運命とはこのことでござったか!」


蝉丸は小躍りした。少女は冷ややかな視線を向けていた。

現代社会はどこまでも冷たい。


「桜町の谷崎清子殿から手紙を預かっておりまする」


「何でおばあちゃんの手紙を持ってるんですか」


「清子殿からの一生のお願いとのことなので、断る理由がないのです」


「何回目のお願いだろうね、それ」


呆れつつも手紙を受け取った。


「ていうか、本当に誰なんですか。何も聞いてないんですけど」


「清子殿から黙っているように言わていましたからね。

実は影からずっと見ていたのですよ」


「何それ怖い」


「怖いのが妖怪ですからな」


蝉丸は胸を張った。


「我々は影に隠れ、人間と共に生きる。

そういう存在なのですよ」


表舞台に立つことは決してない。


「なんかよく分からないけど、手紙、ありがとうございます。

暖かくなったら遊びに行きます」


少女は手紙を持って参道を駆けて行った。

蝉丸はその背中をいつまでも見守っていた。

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