外伝 『聖少女』9
『廃神討伐』からの帰還後こそ、慌ただしかった。
やれ凱旋のお祝いだとか、婚約のお祝いだとか、顔合わせだとか、お近づきになりたいとかで…とにかく、連日のパーティーやお茶会のお誘いがひっきりなしに来る。
王太子となる第3王子の婚約者にして『聖少女』となったわたしのここ数日の住まいは、王宮の一角にある賓客用の離宮。ここにまで押しかけて連れ出そうとする人が居ないのが幸いだった。
いくら貴族とはいえ、王城の離宮にまでは来れないらしい。
しかし『王族』に対してはこの権威は無効。
なんとか復権したい第1王子や第1側室かの遣いが、何度も丁重にお断りをしているにも関わらずひっきりなしに訪れる。
この必死さにはある意味感心するし尊敬する、と思っていたけれど…これは庶民感覚だったらしい。
ある日、第3王子とのお茶の際に世間話程度にこの話題を出したら、次の日からピッタリと第1王子関連のお遣いは来なくなり、丁寧な謝罪を国王陛下から頂いてしまった。
そして離宮は、厳戒態勢で見回りがされるまでの事態になってしまった。
ここまで来れば、さすがに鈍いわたしでも息苦しさを覚えるし何より、『とんでもない事態になってしまった』と言う焦りも生まれる。
この上、王太子妃教育をし始めましょう。お妃教育をしましょう。『聖少女』として教会の教義なども勉強しましょう。と、矢継ぎ早に教育計画が練られ始めては…無性に逃げたくなった。
まだ自分は正式には『王太子妃』ではない。
『聖少女』だとしても教会に属する気はない。
唯一確かなのは『王立エリエンテイル学園』の奨学生であること。
奨学生向けのあの寮が自分の家なのだからそろそろ帰る、と尤もらしい理由をつけて、至れり尽くせりな贅沢生活から逃げ出し、懐かしの寮に戻った。
真白く輝く様だった王城に比べ、薄暗くて埃臭く、ベッドのマットのスプリングもシーツの肌触りも確実に劣るのに、久しぶりにぐっすり眠れた気がした。
ずっと気持ちが張り詰めたままだったことのに、今、気がついた。
当分は『王太子妃教育』も『聖少女教育』も勘弁して欲しい。
それくらい、王城での至れり尽くせりに付随する責任や義務の重さは、超重量級だった。
ましてや、平民…それも現代日本の感覚が根付いてるせいか『学生のうちはモラトリアム』が身にしみついている。
ましてや、リリーシアちゃんが復学すると言うのだ。
あのクリスマスの事件の日から長期自宅療養だった彼女は、学園の配慮によってその他の生徒と同じくテストによる結果で復学&進級をするらしい。
第3王子だって復学するのに、私だけ教会預かりで一緒に学生ができないのは面白くない。
リリーシアちゃんと一緒に学園生活を送りたいし、攻略も完了した第3王子との恋人状態ももっと堪能したい。
そんな思いもあって、寮に帰ってから招いたリリーシアちゃんとお茶をしながら『王宮に住むのはイヤ』同盟を結成した。
いずれは私は住むことになるけれど、それまではまだまだこの世界を楽しむつもり。
だって、せっかく魔法の世界にいるんだもん。
いずれFDシナリオが始まるのは確定している。
それがどんな内容なのか、若干の改変が何か作用するのかはわからないけれど、他のキャラクターもいる以上、何かしらの話は来るはず。
それまでは、せっかく苦労して強くなったんだからもっとこの世界を楽しまなくちゃ。
差し当たっての今の楽しみは、実は鈍感なリリーシアちゃんの恋バナを聞くこと。
あんな自分勝手なベイルードが、リリーシアちゃんを結婚したいがためにかなり譲歩や我慢をしているのに当人に全く伝わっていない。
「政略結婚で申し訳なくて…跡取りはリュカスがいるから平気よって、子供は気にしなくて大丈夫だからお妾さんでも好きにしてって言ったんです」
これは突然、999本のバラを贈られて困惑しつつ、バラのお裾分けにきた時のリリーシアちゃんのセリフw
しかも、バラに塗れて困ってるって…貰って好きに使ってって両手に目一杯抱えてやってきた。
ほんのり魔力の込められた長持するように改良されたバラは、そこそこにお高いプレゼントとして、恋人に送るのに人気のプレゼントだ。
それを999本。おそらく王都中からかき集められた本数。
これだけでベイルードの本気が伺えるのに、全然気づいてない!!
そっか…ゲームのベイルードルートだとヒロインが好きで迫るから、相思相愛だもんね。
そうじゃなくて、ベイルードが追うとこんな感じにから回るのか。それともリリーシアちゃんが鈍感すぎ?
ヒロインにはバンバンにアドバイスしてたのに。自分のことには気づけないものなのかも。
今後の楽しみがどんどん増えて、大好きな世界に転生できて本当によかった!!
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
この世界を最終的に崩壊させていた『廃神』なるものを討伐し、『彼女』にとって一応の納得のいく終わりに到達できたらしい。
満足そうな顔で日常に戻り、再び学生を謳歌している。
それを満足そうに側で見守る『この世界の神』の分身は、何が良くてこの魂をそんなに愛でているのか理解に苦しむ。
私自身も、『彼女』が何を望んでこんな無駄な繰り返しを無意識にしているのか知りたくてここまで付き合った形だが…時間を無駄にした気分だ。
このために余計な魂を譲り受け、この世界に混ぜ込みまでしたのに。
そもそも『彼女』をこの世界に寄越した別世界の同一存在が、杜撰な転生をさせるからだ。
それをなぜか私が尻拭いしているのも納得がいかない。
最初にヒアリングをしっかりしないから、似て非なる世界になんて寄越すのだ。
『彼女』も大概に強情で、途中で諦めれば良いものを自分の望んだ展開になるまで諦めなかった。
その不屈性を褒め称えれば良いのか、思い切り罵倒したい気持ちもある。
しかし、世界とは強く望む者の願い通りになる。
こと、神秘や神聖に満ちている世界では特に。
『彼女』は知らず何度も生を繰り返すうちに、この世界全体に自分の願望を染み渡らせ、住人を変容させ、ついには私までも動かして望む最後の1人となる存在を生み出させた。
ここまで『彼女』の望んだ世界になれば、以降はその通りに進むだろう。
何やらFDとやらに進んだ際の心配をしているが、ここまで『彼女』の願望に染まった世界だ。願うだけで類似の出来事が発生するだろう。
私の役目も終わった。
よろしく、と言って投げ渡された魂の望みを叶えるために、随分と時間をかけてしまった。
総じて瞬き数回分程度の時間ではあるけれど、普段はその瞬き1回ごとにいくつもの魂の願いを聞き、今際の際の夢を叶えているのだ。
稀に良くある。たまに時々ある。そう言われ聞いている『面倒な魂』『うるさい願い』にぶち当たると、こうも気力を消費するものか…。
追加で投入された魂には、私が望んでしまった手前監督責任があると思い、そちらも見守ってきたが…。
『彼女』に望まれるがままに変容してしまった魂の男。
見るからに歪み淀み面倒そうな男に捕まってしまい、気がかりではあるが…いつまでもこの世界にだけはいられない。
後ろ髪を引かれる思いで、私はこの世界を後にする。
許された範囲で与えられる加護を施し、後ろを振り返りたいのを振り切るように世界から目を背けて次元を後にする。
あぁ、でも気になるな…心配だ。『彼女』もあの『追加の魂』も。
なんだか、やっぱり今後も見に行ってしまいそうな気がする。
私ってこんなに心配性だったんだな。
他次元の同位体が、手のかかった願いの行末は気になって何度も見に行く、と言っていた理由がやっと分かった気がした。
乙女ゲームやりすぎて何も覚えてないので、とりあえず真面目に公爵令嬢して生きます!! 椎楽晶 @aki-shi-ra
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