外伝 『聖少女』8
ついて来てくれたのは嬉しいけれど、集団の『指揮』をするのがこんなに大変だなんて思わなかった。
ゲームでは攻略対象と2人でラスダンを突き進み、
でも、実際のラスダンはなかなかに凶悪で『人数がいたからこそ対処できた』と思う場面が何度もあった。その逆に、大所帯が仇になった時もあったけど…。
人数が増えれば動きが鈍る。何百人単位まではなくとも、最大で5〜60人の集団でいた初期の探索では、かなりの負傷者が出てしまった。
そこから人数を絞り、欠員が出た場合は地上の補給部隊から人員と物資の補充をしながら進んで行く。
ただ、ラスダンの下層にいくにつれ地上とも行き来が難しくなり…最後の補充は、再びの大所帯。そこからは、負傷しても後方に下がるだけ。とにかく死に物狂いの強行軍だった。
つくづく思ったのは…この世界が概ねシナリオ通りだったとしても、やはり現実であり『惨さ』や『残酷さ』が必ずあると言うこと。
どこかで『ゲームの世界』と思って軽く考えてしまっていたけれど、彼らは現実に存在し生きている。
わたしも…画面越しにコントローラーを握る『プレイヤー』じゃない。
その事実を改めて実感し、ダンジョン探索とは別の部分で心が折れそうだった。
そりゃ、そうよ…だってわたしは、主人公である『聖少女、サラ・テイト』としてここにいるけれど、前世は普通のパート主婦で今は平民の女子学生。
ゲーム感覚で誤魔化し、ある種のフィルターが掛かってていたけれど、それがなくなれば、魔獣と言う『生き物』を殺すのもかなり精神的に辛くなった。
さらに、横にいた人間が泣いて叫んで倒れ血を流す…その光景に、食事も睡眠もできなくなるほど憔悴しかけた。
こんな命懸けの状況だと言うのに、一部の人間は政治的な問題まで起こしてた…らしい。
わたしは自分のことで精一杯で、いつの間にか共闘関係みたいになっていたエヴァンとベイルードとで話し合って、全部、わたしのいないところで処理していた…と、全てが終わってから教えてもらった。
なんでも、オリゲルド第1王子派の人たちが色々やらかして、何度かあった襲撃や物資の不足などが発生していたみたい。
それどころじゃないはずの場所で、それどころじゃない事をしでかす。
時と場合がわかっていない。
そんな行動を取らせてしまう派閥トップの程度が知れる。
と、断罪して、オリゲルド第1王子の一派が片付けられて、ベイルードはご満悦そうだった。
よほど、面倒で邪魔な兄だったんだろう。
まぁ、確かに兄弟仲が良いって設定や描写ははなかったけど。
ベイルードには、その辺りの『煩わしいこと』は『聖少女』は気にする必要はない。と微笑まれたけれ…引き攣った笑顔で『お気遣いありがとうございます』と返す以外の言葉がなかった。
そんなベイルードと一緒に行動しているせいか、エヴァンも時々、意味深に笑ったり流したりすることが増えた。
キャラの性格設定的には見た目通りの正統派王子だった気がするけれど、ほんの少しの腹黒さを垣間見せるあの笑顔はなんだったんだろう?
もしかしなくとも、この過酷な状況がエヴァンに影響を与えて…設定にない方向へ舵を切り始めた?
でもまぁ…嫌いじゃないよ。これはこれであり。
あまりに純粋すぎても、王様になった時に不安だからね。
2人の王子さまの密約?裏取引?によって、ベイルードが将来的には宰相に就きエヴァンの補佐してくれるらしい。
これでリリーシアちゃんは将来的には宰相夫人!?いや、宰相は役職であって地位ではないから…ベイルードって何か爵位あるの?爵位って先祖代々のものだよね??リリーシアちゃんの家って、弟さんがいるから…今回の功績で何か爵位とか貰えるのかな。
ラシボス戦は想定通りだった。
攻撃パターンは3パターンしかなく、最初とその次の行動で判別できる。
当然頭に入っているのでその通りに対応しているだけなのに、『なんて的確な指示だ』『まさに『聖少女』!!』と絶賛されて、咄嗟に否定したくなるのをグッと堪えて戦った。
『とにかくお前は『聖少女』らしく、超然としていろ』と、ベイルードに言われていたからだ。
そう、ベイルードの口調が途中から砕け散って粉微塵になった。
本来であれば、彼の攻略ルートでしか見られない本性モードとも言える尊大な物言いで話しかけられて、混乱しているうちに鼻で笑われそのままになっている。
エヴァンと2人して目が点になるほど驚いたし、その反応はよほど面白かったのか…珍しいことにその日は終始ご機嫌が良かった。
彼の中でも、何か心境の変化があったのかもしれない。
そんな祭り上げ状態の理由は、攻撃パターンが読める以外にもあって…ちょっと育成しすぎたのがある。
『ゲームではこうだった、あぁだった』をこのラスダンに入るまで引きずっていて…普通に考えたら一国の王子と2人きりで出陣とかありえないよね?
全く疑問もなくエヴァンとわたしの2人攻略を前提にしてたので、ゴリッゴリに鍛えてしまったのだ。
隠しキャラの2人。女神(実は男神)とベイルードは、メイン3人と比べアドベンチャー色が強いキャラになっていて、あまりRPG部分は重要視されていないシナリオだった。
女神(実は男神)は世界観全体の、ベイルードは心理戦なんかを交えた政治的な裏話などで、ゲーム全体のシナリオの補完をする役目のシナリオだった。
それなので、RPG部分をメインにはしない関係上、方や女神(実は男神)、片や、リメイク後に生えた新たな設定により『ヤンデレ』と『チート級魔術師』となったベイルードの両名は、ゴリ押しでラスダン攻略が可能だった。
そんなチートの一角ベイルードと、育成しすぎてゴリラ化した主人公、そこそこに育成したエヴァン。
もうね、正直言うと…騎士団なんて必要なかったよね。
本当に、申し訳ないんだけど。彼らは怪我するためだけにここまで付いてきた感が否めなかった。
一応ね、後方支援してくれて回復に気を回さなくて良かったり、ちょっと気を引いてくれてたりしてたけど…。うん、いなくても、何とかなったと思う。
まぁ、彼らにも立場があるし。王子さま2人が『出陣します』って言ってるのに、何もしないで送り出せはしないよね。仕方ないよね。
そんなこんなで、かなりのヌルさでラスボスの『
封印しましょうって出発したけれど、実際は倒せるまでに弱体化してたんだ。
そのために、『悠久』の時をかけて神々が封印し、その楔として各地の
もちろん、この裏話が明かされるのは女神(実は男神)ルートで、だ。
何はともあれ、重傷者を出しながらも『廃神の討伐』を成し遂げたわたしたち一団は、数ヶ月ぶりの王都に帰還した。
地上に戻ってから溜まっていた手紙などがまとめて配布されたけど、さして交友関係のないわたしにはニコラエスが何通かと、リリーシアちゃんが目覚めたと言う一報だけだった。
エヴァンは王子さまだけあって、両親である国王夫妻と後援の貴族、ニコラエスにダスティン他、同級生からも多く届けられていた。
それはベイルードも同じだったが、主に後援をしている貴族からの手紙をエヴァンと持ち合い、今後の派閥整理の相談を始めていた。
王族は、1つの問題を解決して終わりではないらしい。
事後処理、と言うほどではないけれど…神話上の存在だった『廃神』を今度こそ倒し切った『聖少女』として、わたしも今後は忙しくなるだろう。
少なくとも、現時点までのエヴァンの反応を見るに…王太子妃にはなるだろう・
この辺りはゲームのシナリオ通りに進みそう。そして、さらにそのさきには王妃になるのか…。
一応、ゲームの流れでは…帰還して王様にみんなの前で褒められて、エヴァンから婚約を申し込まれるんだ。
まさかの公開プロポーズだし、満場一致で祝福される。
普通に考えたらただの羞恥イベントだ。乙女ゲームだし、その登場キャラの行為だから許される。
そして、エンドロールのその後に『その数ヶ月後』と注釈のテキストが入って、王国全土に向けてお披露目の婚約式。
…婚約式、先延ばしにしよう。
ちょっと、まだ時期王妃とかの教育を受けるほど、心の余裕がない。
ゲームとして楽しむのと、実際に体験するのとは大違いだよやっぱり。
楽しいは楽しかったけれど、乙女ゲームフィルターが剥がれた今は、少し精神的に休憩する期間が欲しい。
そう思っての婚約早々のおねだりだったけれど、意外とすんなり受け入れてもらえた。
ベイルードが上げ連ねた出陣先でのオリゲルド派の暴挙を元に、その派閥の『片付け』をゲイルバード宰相が中心になって行っていたらしいけれど、まだ残党が残っている。それらもつぶし切り全てを終えるのに、まだ数年はかかるらしい。
でも、それからの方が余計な問題も後々出ないだろう。と、言うのが、わがままが通った理由だ。
ちなみに、これはベイルードの意見。さすが、ニコニコ顔を隠れ蓑にした腹黒ヤンデレチート級魔術師キャラ。読みが鋭い。
FDに収録されている各キャラのその後の話で、エヴァンはまさにその第1王子と第1側室や残党絡みの問題でシナリオが組み立てられている。
でも、それをここで片付けてしまうと…FDの内容がそっくり消えちゃう可能性が出てきてしまう。
その辺り、どうなるんだろう??
反対する理由も、確たる意見もないから何も言えないけれど…やっぱりFD時期まで根強く残る問題になってしまうのだろうか??
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