外伝 『聖少女』7

ゲームをプレイしていた時は各キャラの攻略ごとに改めて恋をしたけれど…。

まさか、『お助けキャラ』のリリーシアちゃんをこんなに好きになるとは思わなかった。


ゲーム本編ではほとんど関わるイベントがなく、FDファンディスクにて、ようやく実装された彼女の個別シナリオは『リリーシアこそヒロイン』『百合ルート』『もうリリーシアだけで良い』と言われるほどの高評価だった。


ちなみに、漏れなくわたしもFDファンディスクでリリーシアちゃんが大好きになっていたし、現実に『悠久のうた』の世界で生活してみて、彼女を好きにならないやつなんて居ない!と思えるくらい、惚れ込んでしまっている。


エヴァンに対しては未だに母親みたいな目線になってるけれど、リリーシアちゃんに対してはアイドルのファン的な愛し方をしている。


だから…まさか、こんな展開だったなんて想定外だった。


ゲーム中のイベントでは、パーティー会場の天窓を突き破って登場した『魔人』と、それに蹂躙されるパーティー会場。

恋愛イベントの後に起きるこの大惨事に駆けつけた主人公とエヴァン王子の目の前で、ニコラエスとダスティンが傷つき倒れ、そして…『友人に向かって放たれた攻撃に激昂し、主人公は『女神の加護』の力を覚醒させこれを撃退』とテキストでは流れていた。


その『友人』が誰なのかは明言がなかった。

と、言うことは!!ただの級友のウチの誰かなのだろうと思っていた。


平民出身、奨学組で出鼻を挫かれるような学生デビューを飾り、遠巻きにされて敬遠されていた主人公こと、わたし、サラ・テイト。

そんな人物の『友人』なんて、同クラスの攻略対象3人組と…あと、1人しかいないのに!!


しかし、今目の前でゆっくりと見せつけるように向けられた手の先には、ベイルードと並んでリリーシアちゃんが立っている。


それを確認して、意識が一度途切れ…次に目の前に広がったのは、気遣わしげにわたしを抱いているエヴァンの顔だった。

意識を失い倒れかけたのを受け止めてくれたみたいだ。


ボンヤリと滲む視界の端で、リリーシアちゃんを探す。

彼女も倒れてしまったのか、ベイルードに抱えられているのを確認して、そこに向かおうと歩み出したのを呼び止められ目を逸らしてしまった。


その一瞬で、ベイルードが引き攣るようにあげたリリーシアちゃんを呼ぶ声で、何事があったのかわかってしまった。


あの声は…前世で発作が起こった時に、夫や娘があげていた声と同じだった。




『お助けキャラ』でもあり『シナリオの補完キャラ』でもあるリリーシアちゃんは、パーティーで危険な目にあっても死ぬことはない。


それが乙女ゲーム『悠久のうた』のシナリオのはずだ。


実はチート級の魔力とヤンデレ属性を付け加えてリメイクされたベイルードによって、一緒にいたリリーシアちゃんは守られたはずだ。

それなのに、『魔人』の襲撃からもう幾日も経つのに彼女が目覚めたと言う話を聞かない。


神殿に『聖少女』と認定され、王城と神殿を行き来しながら『廃神討伐』の話が進みつつ、エヴァンとの恋愛イベントを積み重ねていく。


リメイク後に格段に増えた『乙女ゲーム』的な要素。

前半の学園生活はあくまで『友好』から『愛情』になるべく好感度を重ね、ラスダンに挑めるだけ自分を鍛えるパート。

後半の『廃神討伐』はキャラごとの個別のシナリオだけど、やることは同じで『愛情』のゾーンに入った好感度を稼ぎつつ、ラスダンの攻略。


『愛情』イベントになった途端に、シナリオの甘さが跳ね上がるキャラもいれば、ここからも先が長いキャラもいる。

それぞれの恋愛観や恋した時のリアクションが醍醐味になっているのがゲームの後半のシナリオだ。


つまり、RPGロールプレイングゲームとしても佳境だけど、乙女ゲームとしてのもお楽しみタイム…のはずなんだけど、気分が乗らない。


エヴァンは必死に恋愛イベントを起こしてくれてるし、わたしも条件反射みたいに覚えている選択肢から連想できる反応を返し、好感度はしっかり稼げているはずなんだけど、その次の瞬間には心は深く沈み泣きたい気持ちになる。


時々、顔をみるリリーシアちゃんのお父さんのゲイルバード宰相公爵の顔色が火を追うごとに悪くなり、嘆きの色を濃くして行く度にわたしも不安に駆られる。

どんな様子かを聞けば、『ご心配には及びません。『聖少女』さまは、今は廃神の封印にのみご尽力ください。その方が娘も喜びます』と、逆に励まされてしまう。


そんなわたしを心配して、忙しさの間を縫ってエヴァンがリリーシアちゃんのお見舞いに連れてきてくれた。


たった数時間を捻出するのに、ベイルードも協力してくれて…それだけ、『聖少女』はこの国にとって、世界にとって重い存在なんだろう。


初めて訪れたリリーシアちゃんのお家はとんでもなく大きかった。まさに、豪邸。しかも、これでも別邸らしい。

別邸って何?別荘ってこと??前世も今世も一般庶民のわたしには理解が追いつかない。


そんな豪邸全体が、暗い悲しみに沈んでいた。働く人たちの顔に覇気がなく、案内してくれた執事さんも泣きそうな顔で隅で待機している。


大きな天蓋付きのベットで眠っているらしいけれど、貴族のお嬢さまなのでそこは閉じられたままだった。

メイドさんが天蓋の隙間から片手だけ引き出して触れることを許してくれたのは、きっとわたしが『聖少女』だからだろう。

何かしらのご利益にあやかりたい、と願うのは古今東西、リアル、ファンタジー問わずだ。


力なくダラリとした細く痩せた手を掲げるように手に取り、『廃神』の封印と無事の帰還を誓う。

本当は、倒してしまうんだけど、その結果を知っているのはゲームのシナリオを知っている私だけ。この世界の人たちは、古の神々や英雄も封印が精一杯だった存在として『廃神』を認識しているので、今回も再封印をしに行く、と考えている。


わたしの次のエヴァンだったが、その手に触れることは許されず、サラッと流されて終わった。哀れ。王子様なのに…。

あくまで、このお見舞いも『聖少女』のお見舞いだったから許されたのかもしれない。それでも顔も見れず、長居もするわけにも行かないので大いに後ろ髪を引かれながら公爵邸を後にした。


シナリオ上では必ず意識は戻るだろうけれど、そこに『廃神』が関わっているのか…因果関係がハッキリしていないので、別に『廃神』をどうこうしようとも、リリーシアちゃんの意識が戻る保証はない。


本当は彼女の笑顔の見送りが欲しかった。『頑張って』と言って欲しかった。

いつの間にそんなに依存していたのか…彼女の笑顔が恋しかった。

『流石ね』って、『それでこそわたしのお友達よ』と言って欲しかった。


きっと、帰って来る頃には意識が戻っているだろう。

『廃神』を封印どころか討伐してしまったと聞いたら、どんな反応をするだろう?それを楽しみに、わたしは慣れない乗馬に苦戦しながら、精一杯の勇ましい顔をして出陣をした。



そう言えば、ベイルードが一緒について来るらしいんだけど、ゲームでは攻略キャラ以外のネームドNPCノンプレイヤーキャラクターの同行はなかったはず…一体、なんでだろう??

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