外伝 『聖少女』6

2学期末のテストも終わった数日後、点数と順位の張り出しが行われる少し前。

エヴァンからクリスマスパーティーに誘われるイベントが発生した。


クリスマスのイベントは好感度が『友好』から『愛情』に変わる大事なイベントだ。

ここから好感度のケージが様変わりし、大きく育てた『ハート』の中身が色ついていく。もちろん、ゲームの画面上では。

実際に現実世界でハートが見えるわけじゃない。

だからこそ、エスコートの申し込みを貰った瞬間は、自分の攻略が順調なんだと実感できて…恥じらい照れながらも喜んで申し出を受ける少女を演じながら、心の中では狂喜乱舞していた。


ただ、ゲームでは申し込みと同時にドレスも送られるのだが、それが無かった。

何か手違いがあって忘れた?とも思ったけれど、OKをもらえて喜び去っていく背中からはとてもそんな感じには見えない。


もしかして、自分で用意しなきゃだめ??


ゲームと現実との差異は時々あったけれど、ここにきて最大の間違い探しにぶち当たってしまった。

ドレスの入手先に心当たりはない。流石に学園の購買にドレスは売ってない。


王都の服屋さんも、この時期はクリスマスや新年の宴のための注文で忙しいだろう。飛び込みの、それも一般市民の女の子の注文なんて後回しにされておしまいだ。


でもそれじゃあ、クリスマスパーティーに間に合わない!!


泣きついた先は、お助けキャラの公爵令嬢リリーシアちゃん。

ゲーム中ではほとんど出番のなかった『お助けキャラ』で、パラメーターの上昇に補正がかかってるくらいでしか彼女の存在を認識できなかったけれど、この世界では友人としてちゃんと隣にいてくれている。


きっと、本来はそういった演出を入れたかったんだろう。ただ、容量の問題でカットされてしまったんだろうな。

その証拠に、リメイク後にでたFDファンディスクではもっと出番があったし、なんなら彼女とのエンディングだってあった。


きっと要望が多かったか、スタッフが愛ゆえにねじ込んだんだろう。

かく言うわたしも、ご意見ご要望として『もっとリリーシアちゃんを!』と送った人間だ。


ゲームの時以上に絡むことの増えた、この美しすぎる上に可愛らしい令嬢は、まるで自分のことのように悲しみ怒り、『もし、王子が何も考えていないお馬鹿さんだったら、わたしがドレスを準備しますから…そんな悲しいお顔をしないで』とエヴァンに話を聞いてくれるらしい。ありがたい事だ。


いくら親しくしていると言っても、身分差がある以上はまだ『してもらっている』関係だ。

ドレスの催促…おねだりは、あまり褒められた行為じゃない。


『悠久のうた』は平和的な乙女ゲームだけど、ここは現実。

マリー◯ントワネット宜しく、あんまりしていてはギロチンの露にされかねない。


ただ、私の個人的な願望としては本当はリリーシアちゃんも、他の攻略対象のキャラもクリスマスのパーティーには出席してほしくない。


パーティーは、エスコートを申し出たキャラとの関係性変わる大事なイベントでもあるけれど…ゲームの流れが変わる転換イベントでもあるからだ。


このパーティーとラストダンジョンは、ゲーム中で1、2を争う、バイオレンスでちょっとグロ目の描写が入るイベントになっている。


戦闘員でもなく…覚悟も心構えもなかった生徒が何人も負傷し、死んでしまう。

そんな場面に、思い入れの深いキャラクターたちを居させたくない。

プレイヤー心であり、親心みたいなもの。

無理な話と分かってはいるけれど、できる事なら…その瞬間はどうか会場になる講堂にはいないで欲しい。


あぁ、エヴァンは別ね。今回の攻略ルートのヒーローになるので、主人公と一緒に襲撃イベントにかち合うのは宿命と書いて『さだめ』なので諦めて覚悟決めてもらいます。

彼はここから、主人公の相棒であり恋人であり…いずれは伴侶となる。

それを足掛かりに政争に打って出ることになるので、こんな所でへこたれてるヒマはないのだ。


有言実行、即行動!とばかりに、意気揚々とエヴァンを探して歩いて行くリリーシアちゃんの背中。

サラサラ艶々の黒髪が波打つ後ろ姿は、それだけで『絵』になる。

角を曲がって見えなくなるまでキッチリ見送り、わたしは今日のノルマのダンジョン探索に向かうべく寮に帰った。


もう一つ、大事なイベントのフラグがあるのでそれの改修と…来る決戦を目標に、もっともっと鍛えておかないと!!



ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー



学生の多いカフェテリアで仲良さそうに談笑する1組の男女。

私は、遙か上空にいながら、それを真下の光景を見るように眺めている。


2人を中心にざわめきが波及していることに、全く気がついていない2人は楽しそうにおしゃべりを続けている。


視界の片隅では、地中深くダンジョンを探索していく女子生徒の姿も捉えている。目的を持った歩みで、出会い頭の魔獣を残らず蹴散らしながら、突き進んでいる。


全く違う、午後の一時ひとときの過ごし方をする、同じ歳の少女をそれぞれに観察しながら、何故、いまだに自分がこんなところに止まっているのか…ため息まじりに自問自答を繰り返す。最近はそんな時間が増えた気がする。



進んで同化した『彼女』と違い、打開策として寄越された魂はなかなか定着せず、仕方なく繋ぎとめる為にいくつかの策を講じなければならなかった。

面倒だが、しばらくは観察が必要で…そうこうしているうちに、すっかりこの世界に居着いてしまった。


まぁ、今回が最後と決めた巻き戻しだ。あの魂の守護者気取りで行く末を見守るのも暇つぶしにはなるだろう。

ただの気まぐれだった。そして、気まぐれとは長続きしないものだ。

それでも、1度は『そうする』と決めてしまった以上、放り投げて出ていくのも気持ちが悪い。


いずれにせよ…『彼女』には悪いが、今回が最後の機会チャンスのつもりだ。

これでダメなら、誤った転生先を選んでしまったと言うことで…諦めてもらおうと思っている。


消化試合のような、祭りの後始末のような気分で、地下のダンジョンを爆速中の『彼女』を観察する。


この進行速度なら、最奥にたどり着く日も近いだろう。

そこで起こる出来事が、『彼女』の待ち構えるクリスマスのイベントとやらの引き金になる。

それを知っていて目指しているのに、そんな大事件が起こると分かっているのに、近しい人間は巻き込まれてほしくないと望んでいる。


嫌なら全てを変えてしまえば良い。

それが許されているだけの権限を持って転生をしているはずだ。


途中参加のあの魂もそうだ。

好きに暴れてかき回すことが許されている『異邦の魂』なのに、律儀に道筋をたどろうとしている。


いや、『彼女』は自分の把握している世界に変容させようと働きかけていたな。

自分を縛るための縄を、自分で編むようなものだ…。全くもって理解できない。

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