外伝 『聖少女』5


思えばネームドのNPCノンプレイヤーキャラクターをしっかり目の当たりにするのはコレが初めてだった。


進行状況上まだ男の子のキャラとは絡んでいないし、隠しキャラでもある女神(男神)は、現状まだ四足歩行の小動物で、人型を拝めるのはだいぶ先だ。

両親や近隣住民なども『美しい』『格好いい』『可愛い』『イケメン』と、褒め言葉しか出ないような容姿だったけれど…メインとなるネームドNPCノンプレイヤーキャラクターは別格だった。


さらさらな髪は良い匂いが隣の席でも漂ってきて、髪の1本1本が艶めいていてキラキラしている。

肌理きめの細かい真っ白な頬はほんのりと色付き、薔薇色の唇が優しく微笑みを向け、ルビーの様な宝石みたいに煌めく瞳は吸い込まれそうに深い色。


美しい、可愛い、キレイ、幻想的、うるわしい…持ち得る褒め言葉全部を使っても足りないくらいに圧倒的な『美』。


コレがネームドNPCノンプレイヤーキャラクターの圧!!


慈愛に満ちた表情でお茶を差し出す姿は、神話の女神のような神々しさがある。

実際の女神(実は男神)は隠し攻略キャラでもあるので、もう少し付き合いやすく俗っぽい言動をしているので、

『拝みたくなるような神々しさ』を初めて感じたのが、この瞬間だった。


美しすぎる少女は、その高圧力な美しさに目がくらみそうになる私の手をグイグイと手を引いて、私の住居である寮に向かって突き進んで行く。


だがしかし!!

『公爵』なんて最高位の貴族のご令嬢を招けるような状態ではない!!


マスコットキャラこと女神(実は男神)の分身体『エリー』は、助けてもらえ!と忙しなく周囲を飛び回ってのアピールに忙しない。


お助けキャラの『公爵令嬢』は、ゲームでは最高難易度の『アルティメット』でしか登場せず、しかも、軽〜いSEと共にテキストで『友人ができました』とアナウンスが出るだけ。出会いのシーンなどは無し!

本編中でも当たり障りないタイミングで少し会話イベントが挟まる程度の登場だ。


一体、どんな関わり方をするのか楽しみだったはずなのに…まさかここまで追い詰められた自分の現場を曝け出し、助力を乞うの出会い方だったなんて思いもしなかった。

こんなに美しい人をこんなボロ屋に案内して、身も世もなく泣き崩れながら助けを乞う…。

そんな、今の自分の惨めさに、さらに涙が溢れてくる。


もう全てが泣けてきて嗚咽でつっかえながらの話を根気よく聞いてくれて、抱きしめて頭を撫でられて…ますます女神だと思った。

だって、実際の女神(実は男神)はただのおしゃべり四足歩行の小動物で何も役に立たないし…。


こんなに切羽詰まったのは、長女を産んで直後の時期以来だ。あの時も、毎日泣きたかったけれど…。

だからこそ、子育て2人分と仕事と家事全般を、入院するまでとは言え、成り立たせてきた自分には、難易度『アルティメット』だってこなせると思っていた。


思い上がり無理を続けて限界寸前。

『お助けキャラ』からの慈悲と慈愛が染み入ってくる。




手渡されたチート級のアイテムと助言に従うと、今までのダンジョンでの苦戦が嘘みたいに攻略が進む。

授業での教授の対応も変わり、同じことをしているのに全くお叱りがない。

まるで、ような…フィルターが取っ払われたような劇的な変化だった。


そして『お助けキャラ』がいることによる攻略キャラの好感度のプラスは、まさかのグループ交際による『公爵令嬢によるお墨付き少女のご紹介』だった。

これ以上にない身元の確かな人物が紹介すれば、王子だってその側近だって護衛騎士だって安心してお付き合いできるってわけだ。

とてつもなく強力な紹介状を貰った気分だった。


とはいえ、1番最初に連れられて『一緒にお勉強しましょう』と話しかけた時のお前誰?って視線は居た堪れなかった。


この頃には、貴族の女子生徒が着る高価な制服を来て、マナーも合格点をもらっていたので、突き刺さるような警戒心剥き出しの視線に晒されても優雅に挨拶をすることができたし、

ここで視線に負けてしまう訳にはいかない!と心を奮い立たせたお陰でもある。コレは、精神力を鍛えていた効果かもしれない。


何はともあれ、乙女ゲームの攻略はここから始まるからのだ。

狙う攻略対象は第3王子・エヴァン一択!

『悠久の詩』をその設定、世界観ごと愛していればこその選択でもある。

真相エンディングなら別のキャラだけど、正史を行きたいならメイン3人で真ん中を陣取るエヴァンにおいて他にいない。


お助けキャラの『公爵令嬢』のお陰で、出会う回数も増え、好感度を上昇させるイベントも頻発し、順調に攻略が進んでいく。

2択や3択で選択肢が出るわけではないが、答えは分かっているのでそこに通じる態度や返事を心がけていけば10代半ばの少年の心を掴むのは簡単だった。


初々しく頬を染め、好意を示してくる少年に、時々、罪悪感に苛まれる時もあったけれど…ここで良心に負けて攻略を断念しては、バッドエンドだ。

何より、シナリオを崩壊させるようなことはしたくなかった。


中身の自覚している年齢はともかく、時折、体の年齢に釣られるような時もあったから、いずれはもっと『主人公』に同化して本当にエヴァンが好きになる時もくるだろう。そんな風に、あまり思い詰めないように攻略を進めていく。




エヴァン攻略も順調に進んでいる一方で、リリーシアちゃんと第2王子ベイルードの接触があったと、マスコットキャラ改め情報収集キャラに変貌した『エリー』から教えられた。


この分身体の『エリー』は、私の生活が幾分か改善されると、そばを離れても大丈夫と判断したのか日夜せっせと学園内外の情報を集めて回っている。

攻略キャラの好感度を教えてくれるのもこの子だ。

もちろん、ゲームプレイ時のように分かりやすいメーターや数値ではないけれど、『気にはなってるみたいだな』とか『友人だと思ってるみたいだ』などの曖昧だが、それでも現在の関係性を客観的に知れる貴重な情報だ。


そうなのだ。リリーシアちゃん(現実では身分差からこんな気安く呼べないけれど…)には『お助けキャラ』以外にも大事な役目がある。

彼女は、主人公がエンディングを迎えたときに適宜で全体の補完をするキャラクターだ。


主人公が2人の王子以外のキャラとエンディングを迎えた時には、第3王子のエヴァンが王太子となるための後ろ盾として『ゲイルバード家』がつくために婚約をすることが、テキストで描かれていた。

『これでこの国は安泰だ』と胸を撫で下ろすのが、側近のニコラエスと護衛騎士のダスティン、そして隠しキャラである男神ルート。

もう1人の隠しキャラ出るベイルードのシナリオでは、彼が『聖少女』を後ろ盾に立太子するのでリリーシアちゃんはエヴァンの婚約者となり引取先になる。

逆に、エヴァンを攻略対象に選んだ場合はベイルードの引取先。


もちろん、彼女はリメイク後に登場したキャラクターなので以前はいなかった。


2人の王子とエンディングを迎えた場合はともかく、他キャラとエンディングを迎え国政に携わらなくなった場合はどうなるのか?要所要所で、第1王子やその派閥のお粗末さをアピールしておきながら、その後の描写がないのは何故か?そのまま年功序列で第1王子が王位を継いでは、せっかく助けた国も滅ぶんじゃないか?と、深読み考察勢がよくSNSで呟いていたものだった。


それに答えを出してくれて、かつ!当時から鬼畜ゲーの無理ゲーと言われていた難易度の救済も担う、まさに女神にして天使のような少女…それが、リリーシア・ゲイルバードなのだ!!


夏休みが明け、小耳に挟んだ噂話なんですけど…と、ミーハー心に『ベイルードと婚約したんですか?』と聞いてしまった。

そしたら、普段は憂い気味に伏せられていることの多いルビーの瞳が、驚きに少し大きく開かれキラリと光を反射して見つめ返してくる。


「あら、どこでそんな噂話を聞いたのかしら?」


と、イタズラを咎める母親のような穏やかな顔で質問返しされてしまえば、途端に、ミーハー心が蕩けて何も言えなくなった。


『あ、いえ…風の噂で…』とモゴモゴと誤魔化しながら視線を彷徨わせると、苦笑まじりに『お耳が早いのは素敵だけれどそれに振り回されてはダメよ』と、微笑みながらも釘を刺されてしまった。


彼女は、こうやってお姉さんぶった注意をよくする。

きっと、弟がいるからだろう。前世で同じように弟妹がいたから、私にも身に覚えがある言い方だった。


精神年齢も含めれば私の方がだいぶお姉さんだけど、貴族社会での生き方は彼女の方が当然ながら大先輩。

リリーシアちゃんがしてくれる忠告は、今後の人生に大いに役に立つことばかりなので、セーブ機能の代わりに毎日つけている日記にもしっかり書いて残し、教訓にしている。


「婚約が決まったら、真っ先にお知らせするわね。お友達ですもの…ぜひ、お祝いして欲しいわ」


10代の半ばで恋愛感情も本人の意思もなく婚約なんて!と、娘を持っていた母親としては思うところがないわけじゃないけれど…。

少なくとも、それが当たり前なこの世界の『公爵令嬢』に対し、平民の私が『それは違う!恋をして、好きな人と結婚して』というのは間違っている。


…間違っているのは理解しているが…ゲームプレイした人間から言わせて貰えば、ベイルードは決して婚約者としてお勧めできるような男じゃない!!


彼のシナリオは、攻略していると言うよりも『一筋縄ではいかない癖の強い男に攻略されに行っている』ような内容だった。

色々と問題点や気になることはあるけれど、仕方ない。惚れた弱みだ。と諦めにも似た『受け止める愛』のシナリオだった。

生粋のお嬢さまであるリリーシアちゃんには、かなりきつい結婚生活になることは必須だろう。


いずれ来る『結婚』を想像しているのか、普段の優雅な令嬢が、今は年相応に頬を赤く染めている。


こんなに可愛い表情も見せてくれるようになり、リリーシアちゃんも着実に攻略している気がする。実装はされてなかったけれど、きっとデーターの奥底には実はあったんだろう。


何かあったら、王妃様権限で守ろう!と密かに心に決め、しっかりと日記にも書いておこう。


『リリーシアちゃんに何かあったら全力で守る』

『たとえ、相手が誰であろうとも』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る