外伝 『聖少女』4


いよいよゲーム本編が始まり、画面の背景で馴染み深い『王立エリエンテイル学園』に入学をした。

攻略対象である第3王子・エヴァン、側近・ニコラエス、護衛騎士・ダスティンと同じクラスになり、まだ姿を確認してはいなけれど、第2王子・ベイルードの話も小耳に挟んで存在を確認した。

もう1人の隠し攻略キャラは女神(本当は女神)だ。これは渡されたマスコットキャラ(分身体)がそれにあたる。


ただ盲点だったのは、ここが現実世界でもあることへの認識の甘さ。


限界集落のど田舎、辺境で育ち、大らかで大雑把で適当だった彼らは

わたしが何かしでかしても『テイトんの娘っ子がまぁ〜たなんかしたで〜』で済ましてくれていた。

もっとも、子供の頃からおかしな子だと認識されてたからかもしれないけど…。


しかし、この学園の人たちはそんな事情なんて知らない。

その上、入学初日に貴族の馬車を大渋滞させ、学園側も案内の不手際を説明しないままなので『悪いのはサラ・テイト』のまま。


ゲームの都合上、初期値スタートによる最底辺なパラメーターは『素質』だけを理由に入学を推薦されたにしてもお粗末の一言。


かくして、辺境出身の小娘は生徒間ですこぶる評判が悪い状態からのスタートになってしまった。



ゲームでは授業を受けている日常パートなんて、デフォルメされたミニキャラがそれっぽいアニメーションを行い、パラメーターが増減するだけだった。

例えばマナーなどの授業では、テーブルに着いた主人公のミニキャラが、ティーカップをクイッと傾け、それに教授がOKかNOかの書かれた札を出す。それで終わりだった。


しかし実際には、キチンと姿勢を正して指先にまで優雅な仕草でカップを上げ下げし、お菓子を手に取る時も口に運ぶ時も気を配らなければならない。

そんな授業で、カップの持ち方、ソーサーの使い方、身の置き方などの至るところを最初の授業でダメ出しをされた。


他の授業も全てこんな調子だ。


何しろ、貴族にとっての基本を身につけている前提で授業が進む。

平民でもお金持ちの生徒は、いずれ貴族との関わりだ出るだろう『超!大金持ちの家の子』。貴族の子供たちと同じくらい、高度な教育を受けている。


主人公以外にも推薦され奨学金で通う生徒もいたが、推薦した人間(大概が貴族)が責任持って教育をしてから送り出している。

そうでなければ、『とんでもないお猿さんを推薦しましたね』と、誰あろう推薦者本人も恥をかくからだ。


普通に、常識的に考えれば…そらそうだ。

主人公を推薦した『とある旅の司祭』がおかしいだけで、本来ならばキチンと責任を持って事前に教育を施すべきだ。

それをされなかった結果の主人公ことわたしは、どの授業にも着いていけずに泣きたい気持ちで毎日毎朝、教室に向かうことになってしまった。


前世での社会人経験や、うっすらと思い出せるテーブルマナーで乗り越えようとも、正式なマナーには程遠い。

ましてや、一般庶民が多少のかしこまった席を乗り切る程度のマナー知識。

息をするように、優雅な微笑でティーカップを傾ける貴族の生徒に比べれば、全然ダメ!に決まっている。


誰かに教えを乞おうにも、入学初日から問題を起こし、毎時間の授業で教授に怒られる『素質だけ』で入学してきた田舎者の小娘を助けてくれる人はいない。


貴族の子たちはやんわりと、平民のお金持ち生徒はあからさまに距離を取る。

各授業の教授たちは漏れなく激怒させているし、授業によっては毎時間がお説教だ。めちゃくちゃ聞きに行きにくい。


こうして、落ちこぼれがさらに転落していく構図が出来上がってしまった。




わたしに最高難易度の厳しさを教えたのは、授業だけではなかった。

日々の生活も厳しく過酷。

『今日は生きれた。でも明日はわからない』と極限状態を味わうことになった。


ゲームの時は、ボタン一つでできた『畑を耕す』も1日がまるまる潰れてしまう大仕事。しかも、植えても碌に育たない。


出来上がったゴボウのように細く貧相なにんじんなんて、お店にも買い取ってもらえず、仕方なく自分で食べている。

とにかくお金がなくて、毎日が出来損ないの家庭菜園産の野菜。

すぐに栄養が足りなくなり、日常生活に支障をきたすようになった。


日銭稼ぎと、授業で育成する以外のパラメーターのために、ダンジョンに潜るけれど、とにかく苦戦が続く。

山奥育ちだから、運動神経や野生動物に対する警戒心などは十分に育んできた。それがなければ、あの環境では子供だけでなく大人も割と簡単に死ぬ。

それなのに、培い育んできた生きるためのスキルが全て発揮されない。

注意力や探索力が低下し、武器を振るう力も体力も低下している。

木の実やキノコ、山菜を探して1日中森を駆け回りっても、鼻歌まじりに帰宅していた底抜けの体力が、ミジンコレベルに落ちてしまっている。


これが本当のゲーム補正だと初めて実感した。

ゲーム開始直後の主人公のパラメーターに修正されていたのだ!!


あっと言うまに生活は行き詰まり、食べるもの困るようになる。

ダンジョン内であれば、怪我も体力回復も反動なしで行えるが外に出た途端に、ドッと疲労感が体を襲う。


『あぁ、今日も何も成果がなかった』

『ただ逃げ回っていただけだった』

『アイテムを無駄にしに行っただけ』


心の疲労が体にまで影響を及ぼし、生活が荒れ、ますますわたしは他の生徒から距離を置かれていく。

女神(本当は男神)から渡されたピンク色のマスコットキャラは、アドバイスもできるしおしゃべりもできる。でも、それだけだ。

言われた通りにやって成果が出るなら苦労はしないし、こんな生活の中ではおしゃべりする気力も体力もない。


せめて人形ひとがたになれるなら、掃除洗濯もできるだろうに四足歩行では無理な話。

土はほじくり返せても水は撒けないし、部屋の掃除も洗濯もできない。

唯一良かったのは、精霊のような幻のような存在なので食事が必要ないことだ。


そんな危険な状態ではあるけれど、希望はあった。

死に物狂いでお助けアイテムを買って改善することも出来たけれど、それをしなかった理由。


それは、『難易度アルティメットかつお助けアイテム未使用で一定期間経過で登場するキャラクター』の存在。


登場条件からわかるように、通常のプレイではまず出会えない超レアな『お助けキャラ』は、他の難易度でのプレイでは影も形もなく、本当にゲームの世界観やシナリオを楽しむならば欠かせないキャラクターになっている。


リメイクから実装されたこの『お助けキャラ』は、当然ながら同じクラスの人物なので入学初日からその存在は確認している。でも、条件をクリアしないと関わることができないキャラクターだ。


それも当然、そのお助けキャラは王族についで身分が高く、お金も持っている公爵家のご令嬢だ。

パラメーターも初期値で無知無学な平民の女子生徒、と関わって良い身分の娘さんじゃない。

それを、条件付けで関われるようにして以降のプレイをしやすくするための『お助けキャラ』なのだ。


彼女が登場し友人になることによって、授業を受けた時の上昇値や攻略キャラクターの好感度にボーナスが加算される。


『アルティメット』の厳しさを楽観視していたわたしが頼れるのは、もう『お助けキャラ』だけなのだけど、問題は『一定期間』がなのか判明していない。ゲームでも2〜3ヶ月経過、と曖昧だった。



いつ来るかもわからない蜘蛛の糸を頼みに、ひたすら今日を生き延びること数日。

命がかかっているのだから、大人しくマスコットキャラのアドバイスに従ってちょっと高くても栄養価も高い食料や、土壌に作用する補助アイテムを買うべきだ。

小銭ばかりだけれど、帰る分はかき集めればあるだろう。


飢餓感で血走った目に、荒れた肌。髪はパサつき、ツヤもなく毛先も絡み気味。

地獄絵図の餓鬼のような有様だった。

それでも、ここで諦めきれない変な意地が、わたしの体を突き動かす。


その日は朝どころか前日の夜からまともに食事をとっておらず、萎びた細いにんじんを素焼きにしたのを1本食べただけだった。

マナーの授業ではお茶会の実践的なテストということで、目の前にはお茶菓子がいくつかとかぐわしい香りを漂わせる暖かなポットが置かれていた。


空腹で鳴るどころか痛む胃を押さえ、すぐにでもクッキーを抱え込みたい衝動と必死に戦いながらマナーの教授の話を聞く。今のところこの授業が1番成績が悪い。

すっかり身についた貴族や、よくよく身に馴染ませたお金持ちの中で、基礎も何もなっていない人間の所作は目立つ。


今ではすっかり誰からも相手にされず、今回のテーブル分けも『好きに組め』と言われ、ポツンとしていたのを声をかけてくれた女子生徒がいた。

餌を前に『待て』をされている犬のようなわたしに、彼女が『認識阻害の魔術をかけたからお好きにどうぞ』と優しく言ってくれた。


本当にそんな魔術をかけたのか、どうして孤立しているわたしにそんな助け舟をくれるのか?聞きたい事はたくさんあるし、聞かなければいけないはずなのに

『良し』と言われてしまった食欲が、目の前のクッキーを貪ることを止めてくれない。


喉に詰まらせれば、適温のお茶を手渡してくれて『ゆっくりと、ね。全部アナタのだから』とさらに優しい言葉をかけてくれる。

その暖かさに知らず涙が溢れ止まらない。クッキーを食べる手も止まらない。


甘くて、暖かいものに満たされてから気がついた…あ、『お助けキャラ』だ。



ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー



何回目の挑戦かわからないが、ようやく『彼女』が望んだ展開になった。

飢えと疲労とストレスでやつれ果てたピンクの髪の少女を見下ろしながら、私はホッと胸を撫で下ろす。




軽い口調で『よろしく〜』と別の世界の同格存在になげ渡された『彼女』は、吸い込まれるように『この世界の神』が保管していた魂に溶け込み、同化してしまった。

慌てて回収をしようにも、タイミングよく転生が始まってしまいどうしようもなくなってしまった。


『この世界の神』として設定されたモノは、かつての愛し子と再び巡り会える高揚で異物混入に気がついていない。

もっとも彼からしても高次元の存在になる私や、その動きに気が付くのは無理だろう。


仕方なしに、そのまま見守っていれば『彼女』は危うい時もありながらも、この世界に馴染んでいっているようだった。

一応、この世界を絵物語として知っている、と魂に触れた際に読み取れたので、大まかな流れに添うつもりなのだろう。

予想通りに、この世界であの魂がたどる道をフラフラしながらも歩んでいる。


成長し都会の学園に通い始めたあたりだ。

全く着いていけずに早々に追い出され、実家に帰れるだけの金銭も体力もなく野垂れ死してしまった。


これに驚き呆気にとられているうちに何十年か経ち、この世界の滅亡を引き起こす存在が復活。

大陸が裂け神話大戦が再び勃発したあたりで、私は頭を抱え、苦い思いで時間を巻き戻す。


『この世界の神』が補完する魂に、『彼女』が溶け込む前まで戻ったはずだが、どうしたことか混ざり合ったままだった。

どうやら、すっかりこの世界に結びついてしまったようだ。


どうすることもできなくて、巻き戻った世界が再び進むのを黙って見つめる。


『この世界の神』の愛し子と『彼女』が混ざった魂は、もう一度産声をあげた。

そして、また学園に向かい生活に困窮し、金策目的でダンジョンを探索中に死んでしまう。

愛し子の死に『この世界の神』は嘆き閉じこもり、またも世界が崩壊し始め時間を巻き戻すことになった。


そんなことを繰り返すこと数百回。

その度に生まれ変わりまっさらなままの『彼女』は、面白いぐらいに自ら破滅を進んでいく。

巻き戻す弊害がチラホラ見え始め、記憶を有してしまう者や巻き戻し前の事象を引き継いでしまうことも増えた。


何度目かの転生で、『彼女』が相棒として『この世界の神』に渡された彼の分身体に向かって、『会いたい人がいるから』と呟いたことがあった。

その時は私も、分身体もなんのことか理解できなかったし、その時も最終的には巻き戻ったが…注意深く観察していると、どうやら目的があって破滅をするような道を歩んでいるらしい。


その条件がどれほどなのかは分からないし、どうしてそうまでして会いたいのかは知らないが…『彼女』は直向きに破滅を繰り返す。


このままでは埒があかない。繰り返すのもそろそろ限界だ。

『彼女』をここに丸投げした同格存在を呼び出し、打開策を考えさせ…『彼女』が望んだ世界を同じように知る魂を送る、と言ってとある魂が1つ、放り投げて寄越された。


とはいえ、適当に転生させて『彼女』と遠い存在となっては意味がない。


これが最後、と言い聞かせ転生したての赤子として眠る『彼女』の意識にそっと触れる。

覗いた記憶の中で知ったのは、ここは『彼女』が求める世界と似て非なる世界だったということ。


そして『彼女』が求める世界になるように、巻き戻され繰り返されながら少しずつ修正がされていたのだ。


最後に残った『彼女』が求める世界に足りなかったもの。

何度繰り返しても達成されなかったもの。

それはこの世界には存在しないものだった。


私はそんな『彼女』が求める存在になり得る人物を見つけ、打開策として渡された『魂』を融合しようとしたが…それは今し方、亡くなったばかりの幼児だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る