外伝 『聖少女』3

日本人として、なんとなく薄ぼんやりな知識を総動員しても『輪廻転生』の先を自分で選べるシステムなんて聞いたことがない。

しかし、選べると言うなら文句を言う理由はない。


けれど…どうしよう??


妻として母として、残してきた家族に再び会えるような人間に生まれ変わりたい。

だけど、ほんの少し興味があって…(恐らく)神さまと思われる光球に『地球じゃない違う世界に転生ってできます?』と聞いてしまった。

多分、臨終ハイってやつだと思う。そんなの、あるかどうか知らないけれど…。


『ありますよ』と簡潔に答えられてしまい、残してきた家族の元に、と言う願いが少し揺らぐ。


「それって…例えば、例えばですね!!物語の世界、とか…ゲームの世界とかもあるんですか!?」


最初の質問と同じく、とても簡潔に『ありますよ』と答えられてしまって、もう…心が揺らぎに揺らいでしまい…。

結果、わたしは家族に後ろ髪を引かれつつも、2度にわたって人生を燃え上がらせてくれた『世界』への転生を選んだ。


せっかく『悠久のうた』の世界に生まれ落ちるのに記憶がなかったり、あまりにもシナリオから離れた存在では楽しめないんじゃないか?と思っていたけれどそれは杞憂で終わった。

これ以上にない最高のポジション…まさかの主人公ヒロインだ!!


視界に入る桃色の髪に、ゲームの背景として見覚えのある鬱蒼とした森。

その中に隠れるように建つ山小屋が主人公の生家だ。

両親と思われる若い男女から呼ばれる名前が、まさかの本名プレイしていた時の自分の名前だったのに少し驚いたけれど、多分あの神様っぽい光る球のサービスだろう。


名前以外にも気がついたことが色々あって、まずこの世界は『アルティメット』と言う最高難易度と言うこと。

これは幼少期に起こる難易度ごとのイベントで、まさかの『アルティメット』の内容が起こり危うく死にかけて判明した。

魔獣に襲われて助けが入るタイミングが、本当にピンチのピンチになってからの登場なんだよね。…死ぬかと思った。


もう一つは、わたしがうっかりこの世界にはありえない発言や行動、思考をしても不審がられる事もなく『へ〜』と流され、知らずうちに受け入れられていると言うこと。

これはなんらかの修正力なんだと思う。一応、この世界の主人公ヒロインに当たる人物なので、異端視され排除されることの無いように、変な言動をしたときには周囲が極限にまで鈍感になって受け流すように処理がされるのだろう。


どれだけ気をつけていても、長年培ってきた言動はうっかり出てしまう。

特に、近隣に住む子供たちと一緒にいると…どうしても母親くさい言葉が出てしまった。

両親だって、死んだ時のわたしよりもずっと若い。

子育てや家庭作り、日々の家事などでついつい説教くさいことを言ってしまう事もあって、その度にこの世界の修正力を目の当たりにすることになった。


正直、見ていてあまり気分の良いものではない。


それまで喋っていた人格ある大人が、急に『あぁ〜』『うん』『へ〜』しか返事をせず、虚な目でぼんやりとし始めるからだ。





月日は流れ、いよいよゲーム本編である『王立エリエンテイル学園』への入学式へ向かう日が来た。


この日を迎えるにあたって、危険な魔獣に襲われかけそれを撃退する場面を偶然にも目撃した『とある旅の司祭』の推薦によって、主人公は貴族やお金持ちの通う学園へ向かうことになったのだ。


ちなみに、この事件が難易度を示唆するイベントにもなっていて、

この時の『とある旅の司祭』がどのタイミングで登場するかで判別できるようになっている。

シーン開始直後に登場し『危険が迫ってるから帰った方が良い』と言われるのが、1番難易度が低く、魔獣に襲われ命からがら撃退した直後に現れ『君にはすごい才能がある』と突然ハイテンションで言い出すのが最高難易度だ。


どんな難易度でも、主人公は魔獣に襲われるし『とある旅の司祭』は別に助けてくれるわけでもなかったりする。


ゲームプレイ中はシナリオ導入として少しも変だとは思わなかったけれど、実際にこの世界で暮らしていればこれの異常性がよくわかる。


才能や素質次第では、田舎や辺境出身の平民でも貴族の近くに仕えることは可能だ。

でも、それはあくまで『雇用』あって、貴族の中に入って生活を送るのとは別物。


でも、『悠久のうた』の主人公は貴族社会のど真ん中に行こうとしている。しかも入学式当日に早々に問題を起こすことになる…。


そう言うシナリオなので仕方ないとは分かっている。

けれど、主人公ヒロインをプレイヤーに印象つけるための『うっかり』に巻き込まれる周りのことを考えると…今からもう胃が痛い。



出発前に『女神の祠』と言われているくたびれた崩壊寸前の祠にお参りして、そこで、序盤の各種チュートリアルを担当し、会話パートではツッコミも行うピンク色のマスコットキャラを受け取る。


この祠は実は本当に『女神(実際は男神)』の存在する祠で、『廃神はいしん』と言うラスボスを封じるため、この国に点在する封印の一角になっている。

忘れ去られ朽ちてしまった祠。それもラスボスが復活しようとしている理由の一つだ。


主人公ヒロインは幼い頃からこの祠の中身と言葉を交わしていた。

ゲームでの彼女はこの中身を知らずに成長し、訳もわからずマスコットキャラを同行させられてしまう。

その理由ははシナリオの佳境に至るまで知らない。


けれど、わたしは知っている。

祠の声の主と、渡されるマスコットキャラがどんな役目を持っているのか。


うさぎのように長い耳を持つ、四足歩行の小動物。10代半ばの少女の方に乗れる程度のサイズで、実際にのし掛かられてもまるっきり重みがない。

主人公の髪のピンクより、やや濃いめのピンク色をした毛並みにグリーンの吊り目っぽいのがネコを連想させる。

リメイク前はもう少し丸く毛玉っぽかったけれど、リメイクされてシュッとしたシルエットに変更された。この辺りは流行りとか関係しているのかもしれない。

可愛い系よりもかっこいい系、とか。おしゃれっぽさを出したいとか?


そうしてわたしは、一人旅には多すぎ、一人暮らしには少なすぎな荷物を担いで、入学式に間に合うように逆算しながら王都へ向かう。


ゲーム開始前の前日譚のような今までの生活で浮かれきっていて、これから始まる過酷な『学園生活』を楽観視しすぎていたのだ。

でなければ、多少シナリオやゲームのシステムから逸脱しようとも、もっと対策をしていったはずだ。

途中で『お助けキャラ』が登場するんだから、そこまでだったら言うほど大変じゃない。なんて…無謀にも程があった。


謎の楽観視により、わたしは難易度『アルティメット』に本当に丸腰で挑むことになってしまった。

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