外伝 『聖少女』2


かつてあり得ない熱意を持って遊び尽くした『悠久のうた』がリメイクで発売される。

わたしが『ゲーム』というコンテンツから離れる遠因になったゲームのタイトル。それのリメイク。


苦い思い出も掘り起こされながらも、同時に『暇な時間の潰しかた』を思いついたワクワク感が勝った。

初めて『悠久の詩』を手に取った時と同じ理由の『飽きるほどにある自由時間を潰すため』そこまで同じなことに何か運命めいたものを感じてしまう。


雑誌は読み放題サービスだったおかげで、過去数ヶ月分のバックナンバーも読めたので、その日はずっと遡ってゲーム雑誌を読んでいた。

興奮しすぎて、細かくチェックされている脈拍計の数値により平素よりまめに看護師さんに見回りさせてしまい、その点だけが申し訳なかった。


雑誌を遡るのと同時に、なぜ今更のリメイクなのかも調べてみて分かったことは、動画投稿サイトの存在。

女性向けの恋愛要素のあるゲームとしてだけでなく、通常のシミュレーションRPGにしても難易度が高く、動画投稿サイトなどでゲームのプレイ動画が投稿された影響でまた話題になっていたらしい。


翌日見舞いに訪ねてきた娘に、早速、リメイクされる『悠久のうた』とゲーム機を買って届けてもらえるように頼む。

幸いなことにリメイクされるのは携帯機にもなるというゲーム機だったので、入院中の個室でプレイが可能だった。

長期入院患者が中心の病棟なので、通信環境も問題なく遊べる。


その日からは発売日までを指折り数えながら、動画投稿サイトで『悠久のうた』のプレイ動画を懐かしみながら視て回った。

プレイする人、それぞれに遊び方があり感想がある。

あの頃はそれは個人のHPホームページなどでしか表現できなかったことが、今はこうして動画の中で語られている。


やり込み遊び尽くしたとは言え、かなり昔のことなのに結構覚えているものだったけれど、最近の人たちはもっとすごい。

最高難易度にさらに独自のルールで遊ぶ『縛りプレイ』やバグら乱数調整を使用した『最速、最短プレイ』

編集技術や機械音声を使って独自の主人公を作り上げたり、と自由に遊んでいる。


今まで、穏やかに静かに過ごしているだけ…そう思っていたけれど、単に気落ちして徐々に精神が衰弱していこうといていたのが自覚できるくらい、発売日が待ち遠しくて充実した日々になった。




ゲームの主人公のようなを薄ピンク色の花弁が病室の窓から舞うのが見られる頃、いよいよ発売日当日を迎えた。


その日は、なんだか早起きしてしまって、いつもより早くご飯を食べ終えてしまったり、ソワソワしてお茶ばかり飲みすぎてすぐおトイレに行っていたり…とにかく楽しみすぎて落ち着きがなかった。


午前中に来る、と言っていた娘は確かにギリギリ午前の時間に、ゲームソフトとゲーム機を抱え病室を訪れた。

地元の小さな企業に就職した上の娘は、その牧歌的な社内の空気に助けられ、平日でも時々頼み事を聞いてくれる。

代わりに、下の娘は週末などにまとめて汚れ物やまとめて買ったものなどの補充をしてくれた。


今回も上の娘は、届け物だけを渡して2〜3言葉を交わしたら慌ただしく行ってしまったけれど、初めて使うゲーム機の簡単な初期設定方法や使い方をまとめたレポートとデザートを置いていってくれた。

手書きの初期設定方法や使い方に目を通し、なんとか起動していよいよ遊び始めようとして、看護師さんに脈拍と体温で様子を伺われてしまった。

少し落ち着かないと…。


リメイクされた『悠久のうた』は、正式名称が『悠久のうた 桜花おうかの誓い』と改められ、内容もかなり改変されると前情報で言われていた。

ダンジョン探索のRPGロールプレイングゲームの難易度は緩和され、恋愛イベントのADVアドベンチャー部分にもかなり力を入れたらしい。

テキストも倍以上に増え、全てがフルボイス。

リメイク前の面影が十分残りつつも一新されたキャラクターデザインは、わたしはあまり忌避感はなかった。



まずは、通常の難易度で1周して様子を見てみよう…と、軽い気持ちで初めて数日後。迎えたエンディングで泣いた。バッドエンドだった。


確かにRPG部分の難易度はだいぶ楽になっていたけれど、それ以外が曲者だった。

増えたテキスト量により、一層複雑化したキャラクターと世界設定。それによって選択肢もより複雑化し、好感度をあげる機会が増えた反面、1度の上昇率がさがりトータルのバランスがとられている。

リメイク前は設定資料集の隅に記載がある程度だった『裏設定』とも言えるものが適用され、さらに追加の要素も加わり、過去作を知っているからこそ陥る齟齬にことごとくハマってバッドエンド…。


それにバッドエンドの内容も多彩になっていた。

『主人公の行方は知らない』や『死んでしまった』とテキストだけ流して、トップ画面に戻るようなお手軽なものじゃなくなった。

それなりに長い物語が流れ、世界がどう崩壊してしまうのか、国がどう滅ぶのか、が詳細に語られるのだ。

ゲーム機の進歩により、動き回れるのがダンジョン内くらいだったリメイク前と違い、学園内や街中なども歩き回れるようになりそこに生きる人々の生活の描写が増えた分、どう滅んだか語られると…重みが増した。


今日を迎えるまでに使い方を学んだスマホで、攻略情報を集めながらめげずに何度もやり直す。

制作陣のこだわりで今作にも『引き継ぎ要素』はなく、開始はいつもまっさらで平凡な庶民の主人公からだ。


仲良くなったNPCの男の子(攻略対象、と言うらしい)の好感度によって、バッドエンドの中身も変わり

その時点で『好感度が高め』でステータス不足で学園を去ることになった主人公を、悲痛な面持ちと声色で見送る彼らの切ないこと可哀想なこと…。

アニメは変わらず好きで見ていたけれど、自分が進めた物語の結末として声優さんの演技を見ていると本当に泣けてしまった。


いい歳したおばさんが、ゲーム機抱えてホロホロ泣き出すんだから、見回りにきた看護師さん方には毎度お騒がせしてしまって申し訳なかった。でも、それぐらいに素敵なリメイクになっていると思った。

当然ながら、万人が歓迎はしていないのか…逆張りしたがるのか。賛否両論にはなっていたけれど、わたしは否定意見で上げられた事もおおむね好意的に受け入れられた。


かつて、勢いだけでHPを作った時のような熱情を感じていた。

ここに個人専用のPCを持ち込んでいたら、昔取った杵柄で再びHPホームページを作り始めていたかもしれない。


あの頃に比べて歳もとったし、『こんな人と恋したい』と言うよりは『こんな息子は可愛い』とか『2人とも頑張れ!!』って第3者視点で応援する遊び方になるかと思ったけれど、徹底的に主人公の顔を見せないことで没入感を高める工夫がされていて、思いの外、すんなりとわたしは彼らに再びの恋をした。


ADVアドベンチャー部分が増えたおかげでキャラクターの掘り下げが深まり、リメイク前は『主人公とオマケでついてくる彼ら』感がどうにも否めなかったのが、今作ではきちんと『友人』『仲間』『相棒』『想い人』と変化していくし、彼らの精神的成長も見られてより深まった世界観に感動しっぱなしだ。

それが、かつて自己解釈で二次創作までして…10数年越しに解釈違いではなかったと確認できるのだから。二次創作者としてこれ以上の喜びはない。


特に1番胸を打たれたのは、第3王子のエヴァン。

正妃を母にもつ王子なのに、3番目。しかも人数と声の大きさだけには定評がある第1側室に目をつけられて嫌がらせの日々。

その所為で、品行方正で良い子でいなきゃ、と取り繕うけれど本当の性格は…と、新たに設定された生い立ち由来の性格設定などもあって、より深みをましていた。


こんな感じで、かつてはなかった設定が新たに付け加えられたり、当時はほのかに匂わせられた位だった過去がしっかりと描かれていて世界がグッと広がった。


あまりにもわたしが見舞いにくるたびに惚気たり絶賛するものだから、娘2人も初めてくれて…布教が完了してしまったりもした。


『悠久のうた』リメイクが好評のうちに次の企画として、かつてのFDファンディスクを大幅にシナリオを増やして『2』を出すと発表された。


公式ガイドブック、設定資料集、オリジナルサウンドCD、コミカライズ、ノベライズ、OVA化…決して爆発的な大人気ではないけれど、そこそこの集客作品として息の長い物販が続き、わたしの病室はその度に物が増えていった。

流石にポスターは飾れなかったけれど、フォトフレームに飾ったイラストカードの数が増え、ポータブルプレイヤーでDVDやCDを楽しみ、タブレットで動画サイトに投稿されたプレイ動画を視聴し、コミックや小説を読み耽る。


かつてとは考えられないほどに広く展開されるメディアミックス。

途中で何度か発作が起き生死の境を彷徨うけれど、『まだ注文したドラマCDを聴いていない!』『何某さんの投稿するプレイ動画のシリーズを最後まで見終えていない!』『コラボカフェのお土産を受け取る約束がある!』と、その度に苦しみから戻ってきた。


このまま楽になってしまいたい、と発作の度に思いながら、死にたくないと言う恐怖心で喘いでいた頃とは大違いだった。




しかし、どれだけ楽しみが増え、食いしばる活力が湧いて出ても…逝くときは逝く。


けれど、私は満足していた。


かつての、燃え上がった熱意に冷水をかけられるような出来事によって遠のいてしまっていたものに再び巡り合い、あの頃以上の情熱と…それこそ、命懸けの日々で全身全霊で楽しんだ。


意気消沈し、沈むように逝くのではなく。後悔と死への恐怖で引き攣るように逝くのではなく。夫と娘たちの顔を落ち着いて眺めながら、感謝の心に満たされて眠れる。


そうして、ゆっくりと瞼が閉じられ、最後の一息を長く細く吐き出した…。


と、思ったら、カッと見開き視界に入ってきたのは、着慣れたパジャマに身を包んだ薄く白く透ける身体。

その下のベッドに横たえられピクリとも動かない自分自身。泣きながら抱き合う娘たちに、声もなく手を握って項垂れる夫の姿。


それがどんどん遠く、足元に小さくなていく。なんの感覚もなかったけれど、急上昇して流れていく光景から『あぁ、天高く昇っていっているのだ』と、認識できる。

これが死後の世界なのかと思ってたどり着いたのは真っ暗で静かな空間。


そして、ふわり…と揺れる頭部大のサイズの光球が目の前に浮かび。一言。


「…あなたの転生先を選んでください」


転生先は自分で選べるシステムなの??

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