外伝 『聖少女』1


幼い頃から創作の世界が好きだった。

絵本に始まり、文章量が増え小説と言われるものになり、安易に大量に摂取できる『学校の図書館』は宝の山になった。

反面、絵柄だらけの本も読み始めた。マンガは気軽に読める上に安価で手に入って友人間の貸し借りも頻繁にしやすく、瞬く間に本棚を埋めていった。


次第にインプットするだけでなく、アウトプットすることを覚えた。

自作もしたけれど、いわゆる二次創作と言うものに触れたのは中学生の時。


小説、マンガ、ゲーム。

中でもゲームが1番のお気に入りになるのに時間は掛からなかった。

動いて喋って音が鳴り、没入感が凄い。

自分が戦うこともあれば、育てた相棒を戦わせ競ったりもした。

探偵となって謎を追い、パズルを解いて物語を進め、深海を泳ぎ、空を飛ぶ。

およそ自分では体験できないことを、ゲームの中ではいくらでも実現できた。




高校を卒業後、特に理由はないけれど『大卒』の肩書き欲しさに県外の大学に進学した。

適当に学力と経済状況で選んだ学部は緩く、また、仕送りもそれなりにもらえたので自由時間は実家にいた頃よりも格段に増えた。

夜更かししても、週末はお風呂にも入らずダラダラしてても怒られない最高に素晴らしい環境。

適当に出席しレポートを提出してれば卒業できる大学。仕送りのおかげでバイトに明け暮れる必要もなく、高校までのべったりした友人関係を構築する必要もない。飽きるほどの自由時間を好きに過ごして良いのだ。


そんな時に、ふと目が付いたのが『悠久のうた』と言うタイトルのゲームだった。


大学入学後、初めての長期休み。実家に帰るのは数日間だけの予定だったので、それ以外の時間をどっしり腰を据えて遊ぶために新しいタイトルを求めてたまたま足を運んだ家電量販店のゲームコーナー。

『新作』の札が貼られた棚の段にいくつも並んだ同じタイトルのきパッケージ。


ジャンルはシミュレーションRPGロールプレイングゲームと書かれ、剣と魔法の世界と言うありきたりなファンタジー世界。学生として寮生活をしながら、作物の育成にアイテム生成、ダンジョン探索で生計を立てつつも、学生らしく授業を受けてステータスの育成もする。


物作り要素にパラメーターの育成、スケジュール管理。さらにダンジョン探索もあるとなれば、山積みの作業量に普段なら二の足を踏んだだろう。

だが、まさに今はこんな感じの重量級なゲームを求めていたわたしは、期待値がグングン上昇するのを感じながらからのパッケージを手にレジに並んだ。


結果を言えば、『』が付くほどハマった。


プレイし始めて気がついたのだけど、このゲームは後に『乙女ゲーム』と言われる女性向けの恋愛要素の入ったジャンルの先駆けのようなゲームだったらしい。


主人公は可愛い少女。関わる学友のNPCノンプレイヤーキャラクターはもれなく男子生徒。それも、誰も彼もが貴族のご子息や王子さま。

かたや、主人公はただの庶民。学校も一応、広く門戸を開いていて平民出身者もいるけれど、よくよくテキストを読み込んでみるとみんなお金持ち。


そんな中、素質だけで入学を許さた主人公。授業料とか…どうしたんだんだろう?と、変なところで現実的に考えてしまうのは、つい最近の受験時に『私立ではなく国公立を受けてくれ』と親に言われた名残だろうか。


『乙女ゲーム』と言うジャンルに初めて触れるわたしから見ても、この『悠久のうた』と言うゲームには恋愛イベントが少ないと感じたが、案の定、レビューにはそれについての不満の嵐が吹き荒れていた。

だけど、何気なく手に取ったわたしには十分すぎるくらいにドキドキする内容で、何度、得体の知れない羞恥心でコントローラーを握りしめたか分からない。


それと言うのも、各所で不満が上がったイベントや絡みの少なさ。それなのに、やたらと作り込まれた世界設定とそれを匂わせる背景やダンジョンのフィールド、細部のテキスト。

それらに、自己解釈や『もしかしたら、こんなシーンがあったかも』と言った想像を膨らませる隙間を感じ取り、二次創作などでインした分だけアウトプットもしたくなる性質たちわたしに、これ以上なくマッチしたのだ!!


むしろ、最低限に抑えたボイスや恋愛イベントこそが真骨頂と思えるほどだった。


結局、夏休み中は実家には1泊しただけで、ほとんど蜻蛉返りのように一人暮らしのアパートに帰宅し、休みのほとんどを費やして遊び尽くした。



ある程度楽しんだら、今度は誰かにこの感情を共有したくなる。共感を得たくなる。

本を読んだり検索したりしながら拙いながらも必死に作り上げたのは『悠久のうた』を布教するためだけのHPホームページだった。


簡単な日割りの攻略チャート。僅かにあった各キャラクターの好感度をあげる為の選択肢。ダンジョンの攻略情報。推奨レベル。おすすめの武器。簡単な金策方法。

1番力を入れて作ったのは、ゲーム中で個人的によかったと思ったセリフを特集したページ。

対主人公のものはもちろん、キャラクター同士の掛け合いも『友情編』『嫉妬編』などと銘打って、些細で少量が点在するゲーム内の、どこに行って何をすれば会話が発生するかを丁寧に紹介した。


わたしの日記を掲載するページも作り、そこに自分の思いの丈を綴れば、共感してくれた閲覧者の方々がコメントを残してくれた。

わたしにとって、夢のような素敵な空間。自分で作り上げた理想の場所。


FDファンディスクの制作、公式ガイドブックや設定資料集の発売が発表される度にお祭り騒ぎ。

そして、また増える攻略情報とプレイ感想の日記。


でも、そうやって自分のお城で楽しんでいられたのも僅かな期間だけだった。

FDファンディスクや公式ガイドブック、サウンドCDの発売が発表されるたびに少しずつ増える新規ユーザー。しかし、彼女あるいは彼らは、『全ての情報がある』ことが前提の環境から始めたからなのか、決定的なネタバレを避けて攻略情報を掲載していたわたしのHPホームページ上での要求が激しくなっていった。


『全キャラのルートをエンディングまで詳細に載せろ』『1枚絵スチルのスクショを載せろ』


キャラの見た目で好きになって遊んで見たら好みのシナリオじゃなかった。

それを回避したい気持ちはわかる。


なんとなく興味が湧いた程度のゲームを買うかどうか、その決め手に決定的な情報が欲しい。

その気持ちもはわかる。失敗したくないし後悔したくないのだろう。


その意を汲んでか、『ネタバレあり』で運営している人だっているだろうに、なぜ、それをしない方針のHPホームページでそんな要求をするのか?


特に粘着質な人がいて、入手難易度の高いフルコンプ特典は公式ガイドブックでも存在が示唆されるだけで公開はされていなかった。

それを見せろ見せろとうるさくて…わたしはHPホームページの更新をやめてしまった。


その後は、いくつか乙女ゲームを遊んで見たけれど『悠久のうた』ほど熱中はできず、次第にゲーム自体から遠ざかり

マンガ、小説、アニメは変わらずに好きだったのでそちらをメインで楽しむようになっていった。




大学を卒業し、就職し、今の夫と出会い結婚。娘が2人産まれ2人とも成人したあたりで、わたしに病気が見つかった。

少しの入院で治る、と言われたものが、回数を重ねるごとに期間が長くなる。

手術すれば良くなる、と言われたのに、いまだに家に帰れない。

元気な時は元気なのに、ふとした瞬間に発作的に息ができなくなり心臓が痛み出す。そのせいで、日中誰もいなくなる自宅には帰れず…。さりとて、いつ起こるか分からない発作のためにヘルパーさんに常駐してもらうわけにもいかず、ダラダラと入院をし続けている状況だ。


そんな中で、暇つぶしとして夫がくれたのが彼が使っていたタブレット。

各種サービスに加入済みでマンガも雑誌も読み放題だよ、と手渡され、最初のうちはアレコレ読んだけれど…。

ずっと入院してて常にパジャマ状態。ファッション誌を読んでおしゃれなモデルさんを眺めても虚しいだけだし、ゴシップ誌は似た話ばかりで早々に飽きてしまった。

それでも、退屈な時間を潰すためにダラダラと眺めるのには重宝していた。


その日も画面いっぱいに表示された雑誌の群れをスクロールしていた。


その雑誌を開いてしまったのは偶然だ。

誤タップで画面に大きく広がった雑誌の表紙からは、ゲームを紹介する雑誌なのが見てとれた。


かつて熱意だけで作り上げたHPホームページの存在を思い出し、連鎖的にゲームから遠ざかってしまった出来事も思い出されて少しほろ苦い気分になる。

もう、アカウントもパスワードも忘れてしまったあのHPホームページは、いまだに広大なネット上を漂っているはずだ。多分。


なんとなくページを進めていくが、最初に僅かに感じた懐かしさはあっという間に消し飛んだ。

当然ながら、わたしがゲームを遊んでいた頃とはハードも何もかもが違う。


早くに個室をを与えた子供達には、望まれてゲーム機を買い与えはしたがどんなゲームで遊んでいるかまでの詳細は把握していなかった。

『子供たちの中にも流行り廃りがあり、付き合いがある』と考えていたので、あまり口煩くチェックはしていなかったから、最近のゲーム事情に触れたのはこれが初めてに近い。


でも、様変わりはしているけれど、ゲームの目的はそんなに変化はなさそうだ。

技術が進んでいるだけ、行動が複雑になり世界は広大になっているが、やることは同じだと感じた。


次々と変わっていく画面の中の情報が、とあるページで止まる。


『悠久のうた』リメイク!!発売日がついに決定!!!!


感嘆符まみれの煽り文句に一瞬で目が奪われ、慌てて意識を集中させ特集の最初のページ、最初の一文から目を通す。

そこには『悠久のうた』の発売から携わった代表者がインタビューに答えながら、長く愛され続編などを求める声の大きさから『リメイク』の発表を決めた、と書かれていた。

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