エピローグ
そんなこんな時間が経ちまして、
この立太子式典と婚約式は、神殿内の至る場所に設置された記録魔術具から外部のモニターに送信され、中継が行われている。
わたしは、王子と『聖少女』両方の友人と言う立場で、特別に成人した大人たちに混じって列席が許され、座席からこの光景を眺めていた。
ゲームのエンドロール後に挟まれるハッピーエンド特典の、後日談に当たるエピローグまでしっかり確認できて、エンディングシーンを見た時と同じかそれ以上に感無量だった。
白いけれど、本番のウエディングドレスよりはシンプルな白いドレスを着たヒロインの表情は、とても幸せそうだ。
そして、数日後にはわたしも似たようなドレスを着て、隣に並ぶ男と婚約式を控えている。
わたしはきっとあんな風に幸せそうには笑わないだろうけれど、最近はそれほど恐怖を感じないからからか…きっとそれなりに、それなりな家庭が築けるだろうと思い始めている。
………………。
…………。
……。
そんな感じに何もかもすっ飛ばしてモノローグを語れたら良かった。
けれど、残念ながら現実はそうはいかない。
日常は煩わしくて面倒くさいことの積み重ねである。
そこから逃避したいあまりに、ベイルードのことを『今はもうそんなに嫌じゃない』と思い込むことで現実から目を逸らした罪悪感を誤魔化そうとしている。
無意識の逃避妄想にそこまでしてしまうなんて…わたしはかなり疲れているみたいだ。
それもそのはず疲れもする。
祝勝会が行われ、1週間近くはお祭り騒ぎで浮かれた空気だったが、いつまでもそんな浮かれトンチキな空気のままではいられない。
前世の現代日本において、昨日までのクリスマスツリーが26日の0時から門松や紅白幕に変えられるデパートのディスプレイと一緒だ。
城下はゆるゆるとお祝いムードを引き摺ったが、支配層である貴族社会はそうはいかない。いわんや、次代を担う子息子女も一緒だ。
学園は、襲撃のあったクリスマスパーティーの日から、諸々の理由で通学できなくなった生徒への特別措置として休学中に定期的にテストを行い、最終的に合計点数が基準値以上で本来の学年への復帰を許可した。
基準値以下の場合は、留年扱いでクリスマス時点での学年生で復帰だが、実は結構な人数の留年者がでた。
半年間、意識不明だったわたしも結構な状況だったが、さらに深刻な生徒も多数いた。魔術や神秘の力でもどうしようもない症状で、今後一生悩む生徒も少なくない人数がいる。
留年でも復帰できるだけまだ幸いだ。
国難…どころか、世界の危機に直撃した世代として、今後も折に触れて語られるのだろうな。団塊の世代、とかゆとり世代、みたいな名称をつけられて。
ともあれ、なんとか学生として復帰を果たしはしたけれど、1日が終わればドッと疲労が襲いかかり、帰宅の馬車の中ではグッタリと座席に
流石に行儀が悪いとかのお小言は飛んではこない。最近では水筒に入れられたお茶や甘いお菓子で僅かな時間でも休んでほしい、と労ってくれるようになった。
お留守番組だった
生き残り勝利することに邁進した半年近い討伐の後に、その後の王太子としての生き残りをかけて『留年』の2文字を回避するのに必死なんていっそ哀れだ。
だけど、理不尽だと思うけれど、彼はこれから国民の命を背負わなければいけない立場になるのだから是非とも踏ん張ってほしいところだ。
そして、なんと驚きなことに
王城に住むこともできるのに、『まだ正式には『王太子妃』ではない。唯一確かなのは『王立エリエンテイル学園』の奨学生であることだけ。そして、奨学生向けのあの寮が自分の家だ』と言って、学生の内は寮に住むことを主張したらしい。
久しぶりに尋ねた寮でこの話をした時、
『王城に入って今からアレコレ口出しされて息苦しくなりたくないんです』と、こそこそと耳打ちし、ニヤッと笑った
初めて見るその
乙女ゲームのヒロインとして作られた『純粋でひた向きで明るい女の子』のテンプレから抜け出した様な、生きた少女の素顔をそこに感じ、『わたしもよ。だから『お婿じゃないと嫌!』と言ったの』と、王城に住みたくない同盟を密かに結成した。
どうあっても、
彼も『聖少女』の学園寮住まいを必死に懇願していた。
そういう事もあって、婚約式も立太子式も卒業後。成人してから、ということになり学生という期間をまだ少し享受できるようになったのだ。
そして、最後に。
ベイルードは卒業の学年だったのだが、問題なくテストの基準点数を軽くクリア…どころか、満点に近い点数を叩き出し
今までその実力を隠していたのにどんな心境の変化かと思ったら、討伐中に咄嗟に何度か大技を使ってしまっていたり、知識量で納得させた作戦もあったらしくその尻拭いに近いらしい。
それと、いずれ宰相になることは
本人的には今更な知識しか教えない大学なんかって感じらしいが、出てると出てないではやはり大きな違いなのはこの世界でも同じな印象だ。
ついでに、魔術研究所に所属しいくつか論文でも発表しておけば、十分だろう。と、言っていた。夢の中で。
正式にプロポーズしても公爵の娘溺愛は相変わらず。とは言え丸っ切り合わせないのは外聞が悪いのも十分に承知しているので、月に2回までは別邸に招き『応接間』で『侍女ないし従僕が必ず居る状態』でのお茶会が許可された。
並んで座ることも、2人きりでの庭の散歩すらも許さずして、何が譲歩かとも思うけれど、うっかり何か地雷踏んで『やっぱり殺す』と言われるのも怖いし…過去にした発言の重箱の隅を突かれるのも嫌なので、わたしとしては大助かりだったりする。
その分を、週に1、2回のペースで夢の中で盛大に愚痴られれいる。
宰相公爵の婿イビリから、大学や魔術研究所での愚痴まで…よくぞまぁ、毎週毎回そんなにネタが出てくると感心するほどバリエーションに富んだ愚痴り内容だった。
紳士的なのか、節度を守っているのか夢の中と入っても1番最初の時のようにベッドに乗り込んでも来ない。
天蓋のレースカーテン越しに、平安貴族よろしく1枚隔ててお喋りで帰っていく。
…本当に本当の紳士なら、そもそも夢の中に乗り込んでは来ないだろうが。それでも最初期に比べれば、かなり節度と距離感を保った『お付き合い』になった。
わたしとしては、こうなってしまっては『温かい家庭』は諦めている。
この男が夫では、夢に描いた『理想の家族』像は実現できそうにない。
それならば、せめて『平穏な生活』と『趣味に生きれる人生』を全うしたいと考え、今のこの距離感を保つのが理想だ。
幸いにして、公爵家の跡取りは
なんなら、結婚後に妾なり馴染みの女性を持つことに反対はしない。むしろ推奨します。
…と、言うような旨の事を夢の中で告げた翌日、大量の赤いバラが贈られてきた。その本数なんと999本。
わたしが学園にいる間に数え切った侍女とメイドが何やら盛り上がっていた。『愛されてますね』なんて言ってはしゃぐ彼女たちに、どんな意味なのかは…聞くのが怖くて保留にしている。
自分の死に戻りループの問題も解決し、同時に、一因でもあった
別邸中に漂う薔薇の香りに包まれながら、帰宅した公爵がそこら中に飾られ香りを放つ薔薇の存在に不機嫌になるだろう予想を立て、
今からどうご機嫌を取ろうか…そんなことに頭を悩ませなければいけないのが、バカらしくて面倒くさくて仕方ない。
でも、そんなことに悩める毎日こそが平穏なのかもしれない…と、うっかり思ったり思わなかったりして、わたしはお茶の入ったティーカップを傾ける。
なんの関係もないお茶なのに、薔薇の香りで胸焼けしそうだ。
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