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平たく言うと『プロポーズ』とは結婚の申し込みのことで、『あなたと結婚したいです!結婚して貰えませんか??』と言う意思表示の行動だ。


前世でアラフォーおひとり様だったわたしにだって、相手の有無はともかく憧れのプロポーズのシチュエーションの一つや二つあった。

定番でやや古臭いが『夜景の見えるレストランで指輪を出しながら』とか『某テーマパークの象徴たるお城の前で』とか。

『何気ない日常の中でポツリと結婚しようと言われる』とかも、劇的ではないけれど悪くないな〜とか色々と妄想したものだ。相手の有無はともかく。


しかし、まさか政治的な独り言をツラツラ喋ることがプロポーズだなんて思いもしなかった。

もう一度言おう。

まさか、政治的な独り言をツラツラだらだらと一方的に喋ることが、プロポーズだなんて思いもしなかった!!


先ほどから耳に入ってきていたベイルードの話はひたすら『今後の国の話』のはずだ。

そこからどんな紆余曲折を経て『結婚しよう』になるのか検討もつかない。

もしかしたら、とんでもないどんでん返しの果てに行き着いた先で出会った予想外の新キャラの口から意表をつくためだけに『結婚してください』が出たのかもしれない…。


いや、なんじゃそりゃ??


どう思い返しても『ヒロインと第3王子の治める国では清濁の『濁』は望まれないから、自分がこっそり処理する係になる約束したよ』って話から、プロポーズには連結できる要素がない。


そんな不満が顔に出ていたのだろう。掴まれていた首が緩く離されるが、今度は顎の下を鷲掴みにされ目を逸らさぬように固定されてしまう。


「頭が悪くて察しの悪いお前でも分かりやすく簡潔に言おう。次期宰相の地位は約束されたが、それに見合う『ゲイルバード』の名が必要だ。結婚するぞ」


恐ろしく事務的でロマンスの欠片もないプロポーズ。

いや、これをプロポーズと言っても良いのだろうか?たとえ目的はそうだったとしても、もう少しオブラードに包んでそれっぽい感じに飾るもんじゃないか?

中身がアラフォーだから、貴族の政略結婚だしこんなもんだよね。政治的に仕方ないよね。と納得はできるが…そのままに17歳の令嬢だったら泣くぞ?


呆気に取られてポカンと見上げわたしの事を喉の奥で笑いながら『…お前を、俺の最後の女にしてやろう』と、まるでとっておきの秘密を教えるように優しく囁く。


とんでもない遊び人の男が、放蕩の果てにヒロインを唯一と決めた時にする告白のように聞こえるけれど、これはきっとそんなうっとりしそうな恋愛物語の中のセリフじゃない。


ベイルードは確信できたのだろう。もう死に戻りのループは起こらず、今生で死ねば今度こそ終わりだと。

それならば、今までの人生で巡り合い縁あって夫婦になったり恋人になった女性と、今度こそ幸せになれるだろうにそれをしたいと思わなかったのだろうか?会いたかった友人や仲間…子供だっているだろう。


ヒロインサラ第3王子エヴァンの治世にそんなに不安を感じたのだろうか?それとも付け入る隙があると判断し、虎視眈々と狙うつもりなのか。

どちらにしろ、その為にすでに面白みもなくなり『量産型令嬢モブ』になった人間を選ばされることに不満は感じないのか。


とは言え、わたしの方はもう腹は括っている。

思うところが無くなる訳ではないから、今後も大いに心の中で愚痴る所存だけど!

ベイルードには命を脅かされたことも多々あったが、『魔人』の攻撃から庇ってもらい、ヒロインサラ第3王子エヴァンの最終決戦の手助けをしてもらい、王太子になる際の問題を最小限に進むよう手を回してもらった恩がある。


…あれ?こう考えると大事な局面のほとんどをベイルードがなんとかしてない?わたし、ほとんど何の役にも立ってなくない??

最初に転びかけたのを助けて、その後しばらく手を繋いで歩いてたって程度の手助けしかできてなくない??


自分の存在意義を見失いかけ軽く絶望してしまった。当然、この変化は文字通りの目と鼻の先に顔面を近づけていたベイルードにはバレバレだった。


「なんだ、何がそんなに不満だ?」


なんだか勘違いをされてしまった。不満はあるが、そこじゃない。そこじゃないが、この近距離でこの男の機嫌を損ねたままなのは宜しくないので、なんとか話を逸らそう。


「…今更ですが、殿下には繰り返した人生の中で奥様やお子様がいらっしゃったのではありませんか?その方々ともう1度会いたいとお思いになられないのですか?本当に、わたしで宜しいのでしょうか?」


話を逸らすにしても行き先と言うものがある。今回は盛大に間違えた。

これはもっと親交を進めてから聞くべきデリケートな問題だった。

だとしても、やっぱり普通の女の子だったら…人間だったら気になる話なんじゃないか?

子供は『どんな見た目だろうと魂はあの子だと思っている』と思い込むことはできても、奥さんは無理だろう。


「…何を言うかと思えば。安心しろ、妻や子供を愛したことは一度もない。未練もない。お前が心配するようなことは何もないから無駄に気を遣う必要はない」


「…繰り返す中で惰性でせねばならぬ婚姻の相手に、いちいち気を配ってはいられないからな」


とんでも無く最低な発言だけど…まぁ嘘だろうな。なんとなくだけどそう思う。


そう思わなければやりきれないと言う心情と、わたしの負担にならないようおそらく、わざと露悪的な言い方をしたんだろう。

うっすらと見える眉間の皺が、ベイルードの中で感情が揺れた証拠だ。

なんだかんだとこうして向き合うたびに、この男の心の機微が読めるようになるようになってしまった。


「…それならば、同じようにわたしにも気を配る必要はありません。もしかしたら、また戻るかもしれませんしね」


そう返事を返したところで、大広間の方から歓声が上がりそれに混じって『『聖少女』さま万歳!』『ウィースラーに栄光あれ!』と聞こえてくる。


わたしは慌てて顔を掴んでいた腕を引っぺがし、いつの間にか腰に回されていたベイルードの腕をすり抜けて大広間へ駆け出す。

あれだけ待ち望んだエンディングを見逃してしてしまうわけにはいかない!!


エンディングシーンを見て、ゲームの本編シナリオが終わったと実感したら…

そこからようやく『この世界でどう生きていくか』に向き合い、本当の意味でこの世界を生き始めるのだ!!


滑り込むように人垣の間を進みながら、前列あたりまで近づくとちょうどヒロインサラとその手を引いた第3王子エヴァンが玉座近くに上がっているところだった。


広く会場を睥睨した国王が厳かに、『第3王子を王太子とし、王太子妃に『聖少女』サラ・テイトを迎える』と宣言をする。

再び起こった歓声と『『聖少女』さま万歳!』『ウィースラーに栄光あれ!』の渦の中、舞踏会の開催を祝う乾杯の音頭が行われた。


駆け込み滑り込みのわたしの手元にはグラスはない。

空きグラスならさっきまであったけれど、残念ながら今頃は庭で砕け散っているはず…。

怪我人がいたら申し訳ないことこの上ないけれど、今だけはヒロインサラ第3王子エヴァンの姿しか意識の中にはいられない事を許して欲しい。

ゲームのエンディングそのままに、ピンクに金糸で刺繍された真っ白なリボンをあしらったドレスを着たヒロインサラ第3王子エヴァンと向かい合い小さくグラスを重ね合わせるシーンが目の前で繰り広げられた。

これを感無量と言わずしてなんと言おう!!


重要なイベントどころか、小さな会話イベントなんかも知らぬところで済まされているレベルで、いつの間にか上がっていた好感度と回収していたフラグの集大成が、このエンディングだ。

もう、これで十分だ。満足だ。


乙女ゲームなのかラノベなのかマンガなのかも分からない。もしかしたら『悪役令嬢が断罪される』ようなシナリオかもしれない!?と戦々恐々と、ひたすら付け入られぬ様に『優等生で善良な令嬢』となる努力を重ね

乙女ゲーム『悠久の詩』の世界だと思い出してからは、バッドエンドである世界崩壊を防ぐべくヒロインの手助けと恋の応援に邁進する日々。


『悪役令嬢』も『断罪』もないゲームだと分かってどれだけ安心したか…。


それと言うのも、初手の思い当たる節がない中で見た自分の顔。

せめて平凡なモブ顔だったらともかく…どことなく、悪役っぽい要素が無いとも言い切れない絶妙なラインの容姿だったのが災いだった。

『そんなまさか』と笑い飛ばしきれないくらい『悪役令嬢』ものの創作物に触れた知識だけは戻るものだから…とにかく生き残ることに必死な生活だった。


そして、なんの因果か隠し攻略キャラと婚約してしまった上に、その男がゲーム設定にない要素の追加がされていたせいで精神を病み、要らぬ苦労を背負いこむことになってしまった。


…そう言えば、その危険で面倒で厄介な男をバルコニーで置き去りにしてしまった。


それに気がついて、慌てて戻ろうと振り返って目に入るのは人、人、人。

ここに来るまでは無我夢中だったが、今思えばどうやってこの人混みをかき分けて前列付近まで来れたのか分からない。


ついでに…プロポーズの真っ最中で、それに返事をキチンと返していないことも芋づる式に思い出して戦慄した。


結果的に言えば、真っ青になったわたしを心配して周囲の方々の好意により休憩室へと運ばれ、ちょうどわたしを追っていたベイルードがそれに付き添い、多少の嫌味やら小言やらを言われながらも、虚弱気味になっているのは報告されていたらしく、珍しく心配もしてくれてバルコニー置き去りは有耶無耶にできた。


気遣わしげに手を握ったりされていて、雰囲気的にも悪くないと思いこの流れでプロポーズの返事もして、これで正式にわたしはベイルードと婚約したことになった。


何か心境的にも変わるかと思ったけれど、そんなものを心の中で探る暇もなく…。

駆けつけてきた公爵リュカスによって、そのまま体調不良を理由に攫われるように帰宅してしまったので…むしろ、何も変わりないことを再確認してしまった。


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