第101話
「ちわ~っす。」
日曜日の午後、英と雄一の姿を見つけた緑丘中サッカー部員たちのあいさつがグラウンドに響いた。
「園山先輩、今日は橘先輩は来ないんですか?」
「おう桑田か、和人達はもう少ししたら来るよ。」
「えっ、橘先輩の他に誰か来るんですか?」
「うちの秘密兵器だ。見たらびっくりするぞ。」
「秘密兵器ねえ。本当にそうだといいんだがな。」
雄一はそう言いながら転がっているボールを右足で踏みつけ、反動で少し浮いたところを交差させた左足で救い上げ、さらに上に放りおでこにのせた。
全くと言っていいほど力が入っておらず、眠そうな顔をしたままだ。
「すげえ。」
桑田が目を丸くする。
「すごいもんか。ほら、早速秘密兵器が来たようだぞ。」
和人と一緒に現れたのは鉄平だった。
二人は後輩たちのあいさつに答えながら英たちの前に到着した。
「安井鉄平さんですよね、短距離走の。」
桑田がいきなり鉄平に話しかける。
「へ~、俺って割と知名度高いんだな。」
少し緊張気味だった鉄平の顔がほころんだ。
「県内に安井さんのこと知らない人なんていませんよ。でも秘密兵器ってどういうことですか。」
「ん?秘密兵器?」
尋ねられた鉄平が不思議そうに英と雄一を見る。
「すまん、鉄平。お前にはサッカー部に入ってもらう。」
英が真剣なまなざしで答えた。
鉄平が和人の顔を見ると、和人も英と同じような目で鉄平を見つめ返す。
「俺たちが藤学に勝つためには、鉄平、お前の力がどうしても必要なんだ。」
和人は哀願するようにゆっくりと力を込めて言った。
「え~、買いかぶりすぎだよ。俺なんてただ足が速いだけだ。藤学に勝つための秘密兵器なんて絶対無理!」
そう言って鉄平は笑ったが、和人、英、雄一の表情が変わらないのを見て、すぐに蒼白になった。
「だって、去年俺たちのチームと対戦した滝本だって俺のこと印象になかっただろ?」
鉄平からそう聞かれた雄一は少し考え、「確かに。」とぽつりと言った。
「いやいやいや、雄一は点を取ることしか考えてないやつだから、相手のフォワードのプレーなんて見てないに決まってるって。」
英があわててとりなす。
「とにかく、ゲームやれば鉄平の実力がわかるから。」
「でもたぶんがっかりすると思うよ。」
そう言うと鉄平は、話はおしまいとばかりに柔軟体操をし始めた。
早くサッカーがしたくてうずうずしているようだ。
和人達高校生4人が一通りアップを済ませるとすぐに紅白戦が始まった。
和人と英は松永率いるAチーム、雄一と鉄平は桑田と同じBチームだ。
「おい、お前のこと鉄平って呼ばせてもらうぞ。」
センターサークルに向かう鉄平に雄一が言った。
「いいよ。じゃ俺もタッキーって呼んでいいか。」
雄一は「なに?」と鉄平を一瞬にらんだが、「チッ」と目をそらした。
鉄平は俊足を活かすために右のウイングの位置につく。
すかさずBチームの和人が鉄平に相対した。
雄一はワントップのポジションが得意だが中盤につく。
ゲームが始まるとすぐにAチームが攻勢をかけた。
英と松永が中盤から前線へ幾度となくボールをつなぎ猛攻を仕掛ける。
雄一は中盤から最終ラインの間を行き来し、なかなか攻撃へ転じることができない。
(まずいな。防戦一方だと体力を消耗して攻撃どころじゃなくなるぞ。)
雄一は鉄平に守備をやめてハーフフェイライン上にいるように指示した。
ボールを奪ったら大きく蹴り出し鉄平を走らせる作戦だ。
だがAチームもぬかりなく和人が鉄平をマークし、ゴールキーパーもかなり前に出てきている。
時々雄一へボールが渡るが、Aチームのマークが厳しくなかなかパスが出せない。
それでも一瞬のスキをついて右前方に大きく蹴り出すことができた。
鉄平と和人がボールを追い、ゴールキーパーはゴールへ戻る。
(少し強すぎたか。)
間に合わないと感じた雄一だったが、次の瞬間目を見開いた。
鉄平がぐんぐん加速して和人を抜き去り、ボールがタッチラインを超える寸前で追いついたのだ。
そしてゴールへ向かいキーパーと1対1になる。
角度がない。
鉄平はシュートせずにゴール正面へ蹴り出す。
キーパーが追うが、その横から鉄平が抜き去り先にボールに追いつく。
そして無人のゴールに蹴りこんだ。
ワンチャンスを生かした見事なゴール。
雄一は両腕に鳥肌が立つ衝撃を感じた。
試合はその後、鉄平の脅威を感じたAチームが前がかりな攻撃をやめ守備を厚くしたため、一進一退の攻防になったが、地力に勝るAチームが2得点し、2対1で終了した。
「鉄平が速いのは当然だけど、ここまで速いとは思わなかったよ。2、3歩でトップスピードになるんだから。しかもその後もぐんぐん加速するし。」
試合後、高校生4人が集まったのを見計らい、和人が声を発した。
「確かに。鉄平が秘密兵器だということが証明されたな。」
英が頷き、雄一に同意を求める。
「ふん、まあ認めてやるよ。ただ速いだけじゃなくて、ボールタッチもいい。不思議なのは中学の時なんで目立たなかったのか、てことだ。」
「おっ、タッキー今日は素直じゃん。」
英がからかい、和人と鉄平も笑う。
「中学の時は、確かに目立たなかったなー。チームが弱かったから守備ばっかりしていて、今日のようなプレーは試合ではできなかった。」
「まさに宝の持ち腐れだったってわけだ。だが西城なら鉄平を活かせる。なあ鉄平、サッカー部に入ることを考えてくれないか。頼む。」
英が頭を下げる。
「俺を必要としてくれるのはうれしいんだけど、バイトがあるからほとんど練習に参加できないよ。」
「それでもいい。頼む、藤学に勝つために力を貸してくれ。」
鉄平が困った顔をして和人を見る。
「俺からも頼む。あそこにいる松永は藤学に入ってプロへの足掛かりにしたいと考えているんだ。高校で全国に行って目立ちたいんだ。今の西城では藤学に勝てないって思っている。でも鉄平が加われば藤学に勝つ可能性が増える。松永を西城に引き込むためにも頼む鉄平。」
「すごいな、本気で藤学に勝とうとしているなんて。でも俺が加わるだけでは松永君を説得することはできないんじゃない?」
「それについては、あと一つ強力な説得材料がある。あの人が加われば打倒藤学がグッと近づく。」
「英、あの人って?」
「今度ゆっくり話すよ、和人。まあ期待してくれ。それより鉄平、本当に頼む、この通りだ。」
英が顔の前で両手を合わせた。
「正直言って俺、陸上よりサッカー部に入りたかったんだ。いいよ。どうせ陸上部は籍を置いているだけだし、他のサッカー部員とか学校が許してくれるんならね。」
「よっしゃー!」
英が大声をあげて右拳を天に突きあげた。
リトライ 後藤能美 @cocorocoro
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