リクガメのスープ

結騎 了

#365日ショートショート 029

 老人は、やっと噂に聞くレストランを探し当てた。樹木が生い茂るけもの道を抜け、うねる木の根に幾度となく躓きながら、陽の当たらぬ洋館にたどり着いたのだ。こんな辺鄙へんぴなところにあったなんて。

「いらっしゃい」

 コックコート姿の男性が奥から現れた。どうやら、彼がここのオーナーシェフらしい。

「リクガメのスープをいただけますか」

 老人は、席に着くなりメニューも見ずに注文をした。シェフは短く返事をし、厨房に戻っていった。

 数年前、老人はある逸話を耳にした。森の奥にあるレストランでリクガメのスープを飲んだある男が、その直後に自殺をしたらしい。なぜ、スープを飲んだだけで自殺を思い立ったのか。老人には、不思議でならなかった。どうしてもその話が忘れられず、噂のレストランをこうして探し当てたのだ。

「どうぞ、こちらがリクガメのスープです」

 ほどなくして、シェフがスープを持ってきた。どうやら、この店に給仕はいないらしい。

 緊張の一瞬。老人は震える手つきでスプーンを持ち、スープを口に含んだ。これが、人を自殺に駆り立てるスープなのだろうか。あっさりした中にもコクのあるスープ、噛みごたえのある鶏肉のような亀肉、それらを一通り味わった後、老人はある発想にいたった。シェフを呼び、この店に来たいきさつを話す。

「シェフ、もし答えを知っていたら教えてください。どうして例の男はこのスープを飲んだ後に自殺したのでしょうか」

 シェフは、ぽかんとした表情をしている。

「やはり、このスープの味とは直接の関係がないのだろうか。そう、例えば、その男は仲間数人と遭難した経験があり、そこで友人のひとりが作ったリクガメのスープを飲んで飢えをしのいだ。なんとかその男は助かったが、命を落とした者もいた。やがてこの店でリクガメのスープを飲んだ際に、自分が知っている味とは違うことに衝撃を受けた。つまり、自分は友人の人肉で生かされたことに気づいたのだ。だから絶望して死を選んだ。そうだろう、シェフ。そうだと言ってくれ」

 老人がまくしたてると、シェフは窓を指差して言った。

「ご老人、おそらくあなたの考えすぎですよ。外をご覧なさい。ここは富士の樹海です」

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リクガメのスープ 結騎 了 @slinky_dog_s11

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