第20話 エピローグ ~時の蛇~


「長様ぁっ」


 呼ばれて千早が振り返ると、そこには五歳くらいの小さな子供。薄茶色の髪と瞳を持つ可愛らしい女の子が両親に手を引かれながら歩いていた。


 その両親も薄茶色の髪と瞳。


 二十数年前に生まれた最初の完全なる人類。


 当時、トオルを失って悲しみにくれていた新人類達だが、ガイアからトオルの遺した遺産があると聞き、《悌》の間を訪れた。

 するとそこには五人の胎児。まだ掌サイズの大きさだが、ベージュの体色は新人類のモノではない。


「これは....?」


 信じられない眼差しで人工子宮を凝視する新人類らに、ガイアはコンソールを瞬かせて答えた。


『卵デス 新タナ人類ノ卵デス』


 千早はトオルが試行錯誤で受精卵を生み出す研究をしていた事を、今初めて知った。

 各種配合のシリンダーが何十本と並び、その内のいくつかが受精している事に気付いたガイアが、人工子宮で育成に入ったと言う。


「.....奇跡だ」


 呆然と眼を見開く千早に、ガイアの無機質な音声が聞こえる。


『イエ。灯台モト暗シデス』


 訝る千早に、ガイアは受精していたシリンダーの配合データを出す。

 そこには、新人類の卵子と旧人類の精子による配合が記されていた。

 新人類が生まれてしばらくした初期の実験以来、新人類達の卵子精子は採取されていない。

 無駄な事に貴重な薬品類を費やす余裕も時間もなかったからだ。


 しかしトオルは諦めなかった。


 千早に内緒で卵子精子の提供を新人類らに募り、卵子はともかく、ほぼ精通のない新人類の中で、たぶん精通しているであろう者らから無理やり精子を奪った。

 詳しくは教えてくれなかったが、トオルは精通のある新人類らを知っていたらしい。

 結果、新人類と旧人類のミックスであれば受精する事が判明したのだ。


 本当に灯台もと暗しだわ。


 唖然とする千早と共に、新人類らは活気付き、冷凍保存でストックされていた旧人類の精子を用い、次々と子供を増やしていったのだ。


 生まれる子供らは全てが薄茶な髪と瞳。


 彼ら同士で子が為せる事も判明し、新人類らは薄茶な髪の子供らに完全なる人類と名付けた。


 増えた人々はゆうに千を越え、廃墟だった街が息を吹き返している。


 賑やかな人々の暖かな営み。


 かつて旧人類が。そして我々が心から願った光景が、ここ数十年で復活していた。夢のようだ。


 だが、この夢を叶えてくれた人はもういない。


 ツンと熱くなる目頭を抑え、千早は仁の宮に足を向ける。

 そこへ一人の宮内人が急ぎ足で駆けてきた。


「長様、ガイアが呼んでいます。何でもプログラム《忠》が発動条件を満たしたと」


 千早は軽く眼を見張り、急いで《エデン》へと走り出した。




「本当だ....」


 《忠》の扉で点滅する人感センサー。


 千早は小さく喉をならし、数人の新人類らと共に忠の間へ入る。

 薄暗くこじんまりとした部屋には二つのカプセルが置いてあり、その一つが青白く点滅していた。


「パネルに.... これは?」


 見るからに怪しげなカプセルにはパネルがあり、ガイアの根幹に関わる代物なのが見てとれた。

 ジェル状のマットは知っている。DNA登録用の識別システムだ。


「ガイアの重要な物となれば、マスター登録がしてあるはずです。長様の御父上である石動氏のでしょうね。ガイアが長様を呼んだ訳です」


 千早の眉が微かに歪む。他の新人類らは彼女の父とトオルが同一人物な事を知らない。

 彼が部屋に残していった週刊誌。そこには若き日の父が載っており、その面差しはトオルそのものだった。

 多分トオルも、それで初めて知ったのだろう。あんなモノが書庫に残っていたとは。

 翌日、全ての週刊誌を、鬼のような形相で燃やし尽くした千早である。


 そして彼女は件のカプセルを見つめた。


 女性のX染色体は、代替わりの度に上書きされ入れ替わる。となれば、永遠に変わる事がないYがDNA登録されているはずだ。石動の直系は千早しかいない。

 千早は軽く指を舐めると、識別マットに押し当てた。

 途端、ギャラギャラギヤラと大きな音が鳴りだし、カプセルのハッチがガコンと音をたてて開く。


 一同絶句。


 カプセルの中には、数十年前と変わらぬ姿のトオルが居た。


 目覚めるころを見計らって千早を呼んだのだろう。トオルの瞼がピクリと動き、その瞳が開いた途端、彼の御仁も絶句する。


「....夢か?」


 ぎこちなく手を動かしてトオルは千早の頬に触れた。

 その手をそっと握り締め、千早は柔らかく微笑み、あの時と同じ台詞を口にする。


「.....おかえりなさい」


 万感の想いが込められた一言。


 気を利かせた宮内人が《エデン》から立ち去り、二人は忠の間で今までの事を夢中で話した。




「戦争止められなかったよ。ごめんな」


「いいや。なるべくしてなったまで。それより、凄い置き土産残してくれたね。今じゃ沢山の人々が街で暮らしてるよ」


「それっ! 成功したのあったんだ? やったぁ♪」


 全身から力を抜き、改めてトオルは訝しげに周囲を見渡した。


「そういや、ここは? 何で俺、生きてんの?」


 パチパチとコンソールが光り、ガイアが無機質な音声で答える。


『マスターノ最終命令ハ 残存生命ヲ全力デ維持セヨデシタ。命令ニ従イ ワタシハ マスターヲ残存生命ト判断シ コックピットヲ爆破前ニ回収シ冷凍保存シマシタ .....カプセルガ モツカハ賭ケデシタ』


「屁理屈を。ガチで奇跡のパーセンテージ拾ったかww」


 未来と過去が繋がっていたからこそ起きた奇跡。


 トオルはチラリと隣にあるカプセルを見つめた。


「って事は、あの中には百香がいるんだな?」


「YES」


 途端、千早が凄い勢いで隣のカプセルに視線を向ける。


「ん~。百香には俺の事、内緒にしてくれ。流石に顔向け出来ん。子供は出来ないとはいえ、我が子とそういう関係ってのは、アイツには受け入れられんだろう」


 言われて千早の顔が真っ赤に染まった。


「新人類同士だ。いくら頑張っても子供は出来ない。ってか作らない方が良いだろうな。俺もお前も。古代超人の血なんか残さない方が良いんだ」


 出会った時は全くの他人だった。まだ拵えてもいない娘になんか気付ける訳ないだろう。

 倫理的にアウトなのは分かっているが、これはもう神様が悪いとしか言えない。


「新世界のアダムとイブを気取ろうか。子供らは沢山いるんだろ? みんな俺らの子供だ」


 にかっと笑うトオルは全く変わらない。千早も同じだ。


 たった二人の古代種は、新たな新世紀を築いた始祖として永く語り継がれる事となる。


 永遠に。




 二千二十二年 一月三十日 脱稿


  美袋和仁。



 

 ~後書き~


 はいっ、御粗末様でございます。


 終幕です。書いているうちに、予定していたエンドを変更し、大団円を選びました。

 本当はもう一つのエピローグが最初の大筋だったのですが、あまりに救いがないので、こちらにしました。


 もう一つの方は、ガイアの正体が実はトオルと言う物です。大戦後、爆死する予定のトオルから脳を抜き出し、未来のトオルに預けガイアを作る。それを知った千早が狂気に染まり、二人で忠の間で朽ち果てるという内容で、書くだけで気が滅入りそうなので、こちらにしました。


 無事に完結出来て一安心です。


 ここまでお読みくださった皆様に、心からの感謝を。


 さらばです、また何時か何処かで♪


 By. 美袋和仁。

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時の蛇 美袋和仁 @minagi8823

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