第六十二話
新田は驚いた。
「え? 浮島さん、それじゃあ、この記事は……」
「ああ、記事になんかしねーよ。だが俺は転んでもタダじゃ起きない主義だ」
一柳が聞いた。
「え? それって、どういうことでしょうか?」
「別の特集記事を書くんだよ! テーマはズバリ、『積極的安楽死は合法化すべきか否か』だ。
弁護士にも確認したんだが今の日本の法律じゃあ、本人に『殺して』と言われて殺してもそれは安楽死じゃなくて、嘱託殺人っていう犯罪になるんだよ。
行くぜ! 積極的安楽死に賛成、反対の専門家に取材して深い記事を書くぜ!
この特集記事もきっと、週刊誌に高く売れるぜ!
まあ俺は、治る見込みがない難病患者等に限る、等の条件付きなら賛成だがな」
現在、尊厳死はイタリア、スイス、イギリス、オーストリア、クロアチア、スペイン、ハンガリー、フィンランド、ポルトガル、ドイツ、フランス、オランダ、ベルギー、ルクセンブルグ、韓国等で合法化されている。またアメリカでは、尊厳死を認めている州もある。ただし、その定義は積極的安楽死のことを意味する。
浮島は挨拶をした。
「それじゃあな! 俺は記事を書かなきゃなんねえから、一足先に東京へ戻るぜ!」
一柳は思った。浮島のフチなしメガネの奥に輝く、スクープを狙う目。それに素早い行動力は、まるでチーターのようだと。
そして、一柳は言ってみた。
「不思議な感じがします。あなたとは、またいつかどこかで会えるような気がします」
「かもな。まあ、東京でバッタリ会ったら、酒でも飲もうぜ!」
「はい、その時は是非!」
「それじゃあな!」と言い残し、浮島はその場を離れた。
一柳と新田が浮島を見送ると、岩佐と雄輝がホテルに入ろうとしているところだった。二人は一柳たちに気づいていなかった。
二人の会話が聞こえた。
「嬉しいなあ。今日はお父さんと二人きりじゃなくて、あの、いつも一人でご飯を食べているお姉さんと一緒に、ご飯を食べられるんだから」
「うん、フロントの人に聞いたら、あの人は堀之内さんというらしい。もちろんお父さんが『僕たちと一緒に、ご飯を食べませんか?』って聞いて、『はい、良いですよ』って答えてもらわないと、いけないけどね」
「僕は多分、大丈夫だと思うなあ。だってあのお姉さん、いつもさみしそうだったもん」
「そうか、そうかも知れないなあ……」
更にホテルから白石と麻田が出てきた。
白石が麻田に詰め寄っていた。
「ほら、ごらんなさい。やっぱり亮平さんは、浮気なんかしていなかったでしょう?
本当に仕事が忙しかっただけでしょう?
もう、本当に私は嫌だったんだから。こんな風に浮気を疑って、それを電話で確認するのは」
麻田は白石に、両手を合わせて頭を下げた。
「もちろん、感謝しているわよ。だから期待しててね、報酬の合コン。亮平の友だちと私たち、四人の合コン。ちゃんと亮平にイケメンを連れてくるようにって、くぎを刺しておくから」
白石は、ちょっと照れて返した。
「別に良いんだけどね、イケメンじゃなくても。誠実な人なら、それでいいんだけどね」
麻田は、白石の背中を思い切り強く叩いて宣言した。
「任せておきなさいって、この恋の伝道師、麻田さんに! ホーホッホッホッ!」
「恋の伝道師のわりには、亮平さんの浮気を疑って毎晩、酔っぱらっていたくせに!」
「そんな昔のことはいいじゃない! さあ、期待しましょう! 私たちの未来に光あれ!」
一柳も
「それじゃあ、私たちもフロントへ行ってチェックアウトしましょう」とホテルへ向かって歩き出した。
新田は聞いた。
「え? どうされるんですか、先生?」
「決まっているでしょう。この事件で使われたトリックを応用して、アイディアを出すんですよ。っていうか、もう出ています。ですから、これから東京に戻って長編推理小説を書くんです。
今から書けば、六月三十日の締め切りまでにはギリギリ間に合いますから。では行きましょう、新田さん」と一柳は、大股で歩き続けた。
新田が一柳を追いかけた。
「ちょっと待ってくださいよ~、一柳先生~」
一柳は、ほくそ笑んだ。よし、これから書く小説もきっと、そこそこ売れるだろう、と。
完結
【完結済】動く、折り紙の塔~昨夜見た三階建ての塔が、今朝になったら消えていた話と、四話の短編~ 久坂裕介 @cbrate
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