第2話 ミコトノコ
運動部の暑苦しい掛け声も聞こえなくなり、頭上を飛び交うカラスの鳴き声が聞こえたところで、ようやく日も暮れかけていることを悟った。
太陽は沈みかけ、先ほど教室で見たよりも色濃い朱色の夕日となり空を染めている。
眩しい、と目を覆おうとすると、イヤホンからちょうど「ミコト」の曲が流れ出した。
ふと、あの都市伝説オタクくんたちの会話が頭をよぎる。
ミコトは今日本トップのアイドル歌手だ。
デビューしたては然程売れず、数年間海外で歌の修行をするとアメリカへと渡航し、美声となって帰国した。
その高く優しい声を「歌の女神」などと老若男女から持て囃されている、らしい。
確かにアイドルでファンクラブを持たないのは多少不可解だが、ミコトの場合ファンクラブは必要ないと言われても頷ける理由がある。
というのも、ファンが多いのはもちろんのこと、金を積むことで有名だからだ。
ミコトのファンはもはや「信仰」とも言っていいほど彼女に惚れ込み、CDからグッズまで買い漁ると言われている。
ファンクラブなんて、ファンを贔屓しなくとも貢いでくれるファンが大勢いるなら無問題、というわけだ。
ファンもお気の毒である。
にしても、ミコト信者のファンクラブ名が「ミコトの子」とは、
少々気味が悪いな。
が、これもまあ、噂に過ぎない。あのオタクくんたち流にいうなら一種の都市伝説、、になるのだろうか。
「ミコトの子、ねえ」
近道に使う小さく寂れた公園に差し掛かったところで、ふと、ため息のように、言葉が口から溢れた。
ミコトの歌を聴く気分になれず、一度立ち止まって、曲を変えようとした、
その時だった。
「おーっと。僕、今の言葉、聞き捨てならないんじゃない?」
突然、ねっとりとした、甘く、掠れるような声が聞こえ、背後に細長い影が現れた。
おい、、、、
待てよ、、
後ろにいたのに、、俺、こいつのこと気づかなかったのか??
あまりの驚きに自問自答しながら咄嗟に振り向こうとすると、頭に何かを突きつけられる。
「ちょっと待って。焦るなよ。な?」
カチャ、、、
映画やアニメでしか聞いたことのないような音とともに金属独特の冷たさを後頭部で感じた。
背後のそいつは、また足音を立てずに今度は耳元まで近づき、体をぴたりと俺の背中に密着させ、耳に唇が触れそうな距離で、ゆっくり言葉を紡いだ。
「じゃあ、少し、話聞かせてもらおうか。」
少し掠れた小声と生ぬるい吐息が耳に吹きかかる。
こんな状況下にあっても、いや、あるいは、生命の危機も相まってなのか、
耳は熱を持ち、その熱が下半身にまで伝わった。
それほどまでに、背後に立つ顔も知らないそいつの声は、魅力的だった。
唇が耳から離れると同時に手で空を切る音がして、首に激痛が走る。
遠のく意識の中、俺は一つだけあることに気がついた。
俺の背中に置いたりとくっついたあいつの体、、
もしかして、
「お前、、男かよ」
背後の「男」がニヤリを笑みを浮かべたような気がした。
俺は、やっぱり化学準備室で天野を待つべきだったと後悔しながら瞳を閉じた。
神様殺し 秋山 ヒロ @ohiruneshiyoka
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