第1話 クサレエン

ああ、まただ。


何年も聞いてきた足音が近づいてくる。



「キューチョーーーーくん」



時刻は16:30。今日の最後の授業が終わったと同時に、髭面のでかい男が教室のドアを開け放ち、こちらに接近してきた。


このでかいおっさんは担任の天野大吾。

メガネに顎髭、サラサラの黒髪と流行りのセンター分け。さらにその180越えの長身で白衣を自身ありげに見に纏う姿はどこぞの俳優さながら。


女子からは「ダンディ」だの「イケおじ」だの「色っぽい」だの、えらく優れた評価をもらっているが、俺からしてみればただの「おっさん」だ。




俺はこっそり聞いていた「トップ100」と表示されたプレイリストをとめ、イヤホンを外した。

古典の授業は疲れる、興味もないし。


「なんですか、センセイ。」


「なんだよ、先生なんて大人ぶっちゃって。昔みたいにアマノおじさんって呼んでくれていいんだよ?」


俺の机にたどり着くと、彼が抱えていたプリントの山が目の前にドサリと積まれる。


「悪いキューチョー。これ、クラスごとに仕分けして後で俺んとこ届けにきてくんない?

終わったら一緒に帰ってやるから!


ね、頼むよ、学級委員長くん?」


椅子に座っている俺に目線を合わせるように膝立ちになり、少しずれ押したメガネの下から、長いまつ毛をゆっくり上下させ、覗き込むように俺を見る。


しゃがんだ際に白衣が揺れて、小さな風を放った。

同時に胸ポケットの白い箱とピンク色のライターがぶつかって、コツンと音を立てる。



「あのな、、、そのかわい子ぶりっ子が男にまで通用すると思うなよ。



あと、今時の教師がタバコは問題なんじゃない?ヤニくさいよ。」



「そう言って断らないところは、さすがキューチョーだよね。全く誰に似たんだか!




それと、、臭かった??」


リフレッシャー振りかけてきたのになあ、と、くんくん自分の白衣の匂いを嗅ぐ長身の男をよそに、俺はそっぽを向いてまたイヤホンを耳に戻した。





担任の天野大吾とは、いわゆる腐れ縁で物心ついた時からうちの隣のアパートに住んでいた。


独り身の天野は暇なのか、しょっちゅう家に夕飯を食べに来るだの、休日に遊びに連れ出すなど、まあとにかくお節介なおっさんだ。


高校生に入学するにあたって一人暮らしを始めることになり、やっと解放されたと思ったら、まさか入学先の高校教師だとは。


しかも担任と来たもんだ、流石にここまでくると腐れ縁以外の言葉が見つからない。



「しつこいおっさんだなあ。」


回想に耽りながら、誰もいなくなった教室でプリントの仕分けをしていると、いつの間にか外はすでにオレンジ色に染まっていた。


運動部の張り切った掛け声で耳が痛い。




プリントの仕分けにどれだけ時間をかけていたんだか、

自分に苦笑しながら仕分け終わったプリントを束ねた。


「これを届けにいけばいいわけか。」


俺はようやくのこと席から立ち上がり、天野がいるであろう化学準備室にプリントを届けに教室を出た。




廊下の端端で、いろんな生徒たちが思い思いの会話をしている。


スカートの丈が10センチくらいしかなさそうな女子のグループと、女子の腰に平然と腕を回しているいわゆる一軍陽キャ男子、か。



他の女子の悪口だの、今度の合コンの予定だの。

全く、くだらんことしか話せないのかこいつら。


どうでもいい会話を拾いながらとぼとぼ一人悲しく歩いていると、ある男子生徒たちの声が聞こえてきた。



「ミコトだよミコト。あの歌手のミコト様の!」




ああ、こいつらは隣のクラスの都市伝説オタクたちだ。

尻ポケットから丸めた都市伝説雑誌が飛び出ている。全く間抜けなことだ。



「あの歌の女神様には公式ファンクラブがないのはご存知ですな?


しかし!この「現代都市伝説スクープ 5月号」によりますと、古参ファンが集う秘密のファンクラブが存在しておりまして、その名、『ミコトの子』というらしいのです!」


尻に雑誌を突き刺しているオタク一号が、その雑誌を広げて、隣の、おそらくオタク二号に興奮気味に話しかける。


「それはなんと!!ゾクゾクする話でありますな〜」


二号が答える。


「そうなのであります!まさに都市伝説!芸能界も闇が深いですなあ。」



まあ、なんとも信憑性のかけらもない噂でここまで盛り上がれるものだ。

どこに都市伝説的要素があるんだか、


オタクくんたちの会話を聞き流しながら、ようやく化学準備室に到着する。




が、天野がいる気配はない。


「、んだよあいつ!」


学級委員長という理由で俺をパシリに使った天野の身勝手さに少々腹を立てながら独り言を言い放ち、ドアから一番近くにあった机の上にプリントをおき、颯爽と準備室を後にした。

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