完全な透明爆弾について

高黄森哉

完全に透明な爆弾

 ある日、空から落ちてきた透明な爆弾によって、人類は静かに終焉をむかえた。

 

 それは、あくる日のこと。

 老人は公園のベンチに寝そべりながら、次の日に取り掛かる模型飛行機について考えていた。グローエンジンの小型化は容易ではなく、すぐに不安定になる。それを防ぐにはどうすればいいかを考えていたのである。老人は仰向けで太陽の方向を向いていたが、日差しは強くなかった。まだ、午前中であり、早朝に降った雨の香りが漂っている。ベンチは濡れていたが、気にしない。


 少女は、水溜りに足を浸してみた。どこからか飛んできたアメンボが騒ぎ、鏡面の水面に波紋を広げた。雨上がりの空が反射していたが、ここは日陰なので、それほど鮮やかではない。明日は遠足なので、雨が降らないといいなと思った。


 主婦が散歩をしている。犬の犬種はバセットハウンドだ。公園に、少女と老人がいるのを気にも留めないで、ただ、明日のバイトのことで悩んでいる。


 誰も、その明日が来ないことを露知らず、彼らの傍らでは平和が流れている。本当に誰も知らないのだ。あの、NASAもJAXAも、地球が明日には終了になることを予想していない。


 それは、言うなれば不可視の爆弾だ。いかなる物理法則に感知されない、完全に透明な膨張である。原理は簡素で、破壊が光の速さよりも早く侵攻すればよい。この世で一番、伝達が速い観測手段は光だが、その光より速い破壊現象が起きたら、それはいかなる観測も拒むのだ。


 その崩壊は、地球を飲み込んだ端から世界を塗り替える、爆弾。


 この、お話の恐ろしいところは、これは決してフィクションでなく、現実の現象ということだ。この現象は真空崩壊と呼ばれている。もしかしたら、気が付かないだけで、目と鼻の先まで、崩壊は迫ってきてるのかもしれない。


 そうなれば、君も、この物語の冒頭に出てきた三人とそう変わらないというわけだ

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完全な透明爆弾について 高黄森哉 @kamikawa2001

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