ハッ、とした顔の男

高黄森哉

ハッ、とした顔の男



 ところで、今までに、ハッ、とした顔の男を、見たことはないだろうか?





 俺が、初めて、その男の顔を見たのは、子どもの頃だった。


 子供の俺が公園で白鳥に餌をやっているとき、その男は突然現れた。本当に一瞬のこと。目の前に、ハッ、とした顔の男が現れて、次の瞬間には消えていた。目が合ったから、そいつは俺を見ていたんだと思う。まだガキだった俺は、怖くなって泣いてしまった。そいつさえ現れなければ、いい思い出になっただろう。


 いい思い出。


 そうだ、その男が現れるのは、必ずことがうまく運んでいるときだけだった。例えば、中学生の徒競走で一位を取った時、高校帰り彼女とデートをしている時、大学に受かった時、唐突に、男は驚いた顔をして現れるのだ。


 そして、そいつは、いつも同じ服を着ていた。赤いチェックのシャツと、紺のジーパンだ。そいつが出現すると、あたりの景色もまるで変わってしまう。それは昼間で、どこかの通りなのだ。男の背景には、マイナーなコンビニが写っている。手がかりになるだろうか。


 しかしながら、どうして彼は、いつもそんなに驚いているのだろう。その様子は尋常ではない。まず、恐れを感じる。夜でもないのに瞳孔が限界まで開かれている。しかし、それ以上に、驚きなのである。もしかしたら、彼からすれば現れて消えるのは俺の方なのかもしれない。


 出現を重ねるにつれて、そいつは、その恐ろしい表情を軟化させていった。最近はなんだか、恍惚を覚えているような腑抜け面である。俺が彼の顔を恐れたからか? なんの配慮だ。


 不気味なことに最近の俺の顔面は、その男のそれに似てきている気がする。気が付いたのはつい最近のことだ。まさか、じょじょに、あいつに乗っ取られてるんじゃないだろうな。もしそうならばあれは、やっと身体が俺のものになるんだ、という恍惚の表情なのだ。バックミラーで確認すると、やはり似ている。記憶の中のあいつと俺が重なる。


 急ブレーキを踏んだ。


 あるコンビニが視界に入った。俺は、驚きが隠せなかった。道沿いにあったのは、、コンビニだったのだ。俺の記憶にしかない筈のコンビニが実在していた。俺は驚いた。肉体だけじゃない、世界さえあいつに侵食されてるというのか。


 俺は、その景色をもっと詳細にするため、車から降りてコンビニを目指す。あいつはどこだ。ここにいるんだろ! 出てきやがれ。いつもいつも、人の幸せを邪魔しやがって。僻んでるのか? 俺になりたいと願ってるのか? させるものか。


 その時、クラクションが聞こえた。


 トラックだ。

 脳が死を察知して、まず最初に思い出したのは、わあ、子供の頃の記憶、懐かしい、だった。子供の場面、白鳥が ………………、

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ハッ、とした顔の男 高黄森哉 @kamikawa2001

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ