第一章②
静かな食堂に、
テーブルウェアで
派手なドレスを着た巻き
暖炉を背にしているのは、アーヴァイン侯爵家の当主、クライヴ・ジョン・アーヴァイン。この場で
逆行前、
二度目の人生でも同じなようで、食堂に現れた私を見た父の目はやはり冷めていた。
悲しくないわけではないが、愛してくれない父親の心よりもいま問題なのは──。
(
料理を前に
「……お父様、何か?」
「いや……。体調を
父は食事の手を止め、私たちを見るとゆっくりと口を開いた。
「
父のその言葉に、継母たちが
私はまじまじと、父の平然とした顔を見つめる。そうか、この年だったか。
「あなた。神託とはどのような内容だったのです?」
「聖女が現れるという神託だ」
「聖女……伝説の、光の
ジャネットの言葉に父が
「三年後、王立学園に聖女が現れるそうだ。そこで三年後に入学する
「三年後ということは……」
「私、該当するわ! 王宮に行けるのね!」
ジャネットは、まるで自分が聖女であるかのように顔を
悪役オリヴィアをいじめるさらに上の悪役のくせに、とその図太さに感心してしまった。
「ああ。……オリヴィア。お前もだ」
父の言葉に、シンと部屋が静まり返る。
「私は──」
「お
私の言葉を
「そんなにやつれていては、侯爵家の
そうだ。逆行前も、ジャネットにまったく同じことを言われた。反論せず
当然私は聖女ではないので、王宮に行く必要はないのだ。国王陛下にお会いしたいとも思わない。むしろ逆行前に
(……待って。そういえば、謁見の日に何かが起こったんじゃなかった?)
私は行かなかったが、王宮で歴史的大事件が起きたのではなかったか。確か王族のひとりが謁見の日に
(思い出した! 第一王子殿下が毒殺されるんだ!)
謁見の日、王太子宮で前
ちなみに私はその第二王子の婚約者だった。もしかしたら、現王太子の第一王子が死ななければゲームのシナリオが変わり、私の運命にも
迷いはなかった。愛のない父の視線に
「お父様! 私も王宮に参ります」
「まあ! 何を言うかと思えば」
「お義姉様、鏡を見てから言ったら? とても王宮に行ける姿じゃ──」
「王宮からの呼び出しを
不敬という言葉に、
「失礼のないよう身なりを整えれば、連れていっていただけますか?」
父を見つめながら問えば、氷のように冷たい目が細められ「いいだろう」と返事が。
「ありがとうございます、お父様」
継母や義妹は、無理に決まっていると言いたげだったが、私には自信があった。
売上全国一位を記録し、社長に
(
〇 〇 〇
翌日の午後。三日後の謁見のために、料理長から分けてもらったはちみつで念入りに
思った通り、返事も待たず入ってきたのは、
「何を
鏡の前に立つ私を見て、メイド長が鼻で笑う。骨と皮だけの
「国王陛下の
とぼけて
(そろそろかなとは思ってたけど、やっぱり来たか~)
カバーの下を見なくてもわかる。毒である。毒盛り料理である。
あの継母が、私が国王陛下に謁見するのに黙っているはずがない。毒を盛られ
今度は一体どんな毒だろう、と。
「食事の内容から見ると、
「……そうね。少しずつ増やしていくわ」
「あなたの食事だけ別にしていては手間でしょう。私のほうから料理長に伝えておきます。よろしいですね?」
料理のリクエストなど、勝手なことはするなと言いたいらしい。
仕方ないが、料理長にはこっそり作ってもらうよう
「随分と
どう対応するか考えていると、入り口から落ち着いた声がした。
ハッとそちらに目を向けると、厳しい顔の執事長が立っていた。後ろにはアンもいる。
執事長は家令の役割も
「し、執事長がなぜ
「メイド長が
「一体
メイド長に
「誤解があるようですが、私はお嬢様にお食事の提案をしていただけで──」
「聞いていましたよ」
私にしか聞こえない電子音が連続で鳴る。やはり真っ赤な警告ウィンドウが表示された。
昼食にと用意されたのは、キャベツとトマトのオートミールスープ、ビーンズのハーブソテー、それからチーズとフルーツのサラダだ。デトックスと美肌に特化した、
(表示されてるのは【ジャコニスの
一週間前に食べた毒入り料理の
「なるほど……。お嬢様。
「ええ。だから料理長に消化に良い食事をお願いしたの」
「では、これまでお嬢様の体調に
執事長に睨まれ、メイド長はサッと顔色を変えた。
「お仕えする方のお体についてまるで考えられないなど、使用人、ましてやメイド長としてあるまじき
「私がお仕えしているのは奥様です!」
「いいえ。
執事長は私に向かって「これまで大変申し訳ございませんでした」と
どう答えればいいのか
「このような
「な、何をおっしゃっているのかわかりません」
「ではわかりやすく簡潔にお話ししましょう。メイド長。あなたを
執事長の言葉に
私もアンも
「奥様がそのようなことをお許しになるはずがありません! 私は奥様がこちらに
「何か
「お、奥様は侯爵家の女主人ですよ!?」
「その通り。ですが、アーヴァイン侯爵家の当主は
いくら継母の後ろ
メイド長が連行されていくと、執事長は
「奥様に遠慮をしたばかりに、お
「いいのよ。私は無事で、いまこうして生きているもの」
「お嬢様……。このようなことが二度と起こらないよう、離れに出入りする使用人を指揮する執事をひとりおつけいたします」
「ありがとう。それとひとつお願いがあるのだけれど。アンを、私専属のメイドとして位を上げてほしいの」
お給金も
ちなみに毒入り料理は「作り直させます」と執事長がにこやかに下げてしまった。
ちょっと食べてみたかった、と思ってしまう自分がいるのが
二日後の午後。
メイド長がいなくなり、さすがに
「オリヴィアお嬢様。そろそろお時間ですが、準備はよろしいでしょうか?」
私専属の執事、フレッドが声をかけてくる。
彼は執事長が約束通りつけてくれた、離れの仕事を取り仕切ってくれる執事で、なんと執事長の孫らしい。確かに理知的な目がそっくりだ。
「ええ。行きましょう、アン」
アンを
ヒールを鳴らしゆっくりと現れた私を見て、継母や
「
わなわなと震える義妹に、私は王宮に行く資格を得たのを確信し、悪役令嬢らしく笑ってみせた。
「お待たせいたしました、お父様」
ドレスの
顔を上げると父と目が合い、今度は私が驚いた。父の表情が、いままで見たことのないものに変わっていたのだ。何かを
「似ているな……」
ぽつりと、父が何かを
ジャネットの反応を見るに、私の姿は合格だということだろう。準備を手伝ってくれたアンも、私を見て何度も「本当にお美しいです……!」とため息をついていた。
この三日間、デトックスに集中し、はちみつやオイルで
『えっ!? クリームに顔料を混ぜるんですか!?』
『そうよ。
『ええっ!? 白粉にも顔料を混ぜちゃうんですか!?』
『もちろん。真っ白な白粉なんて
メイクについて語るたび、アンはひたすら感心していた。目がまた金貨になっていたので、私が教えた知識を使って
アドバイス料でもとってやろうかと考えていると、目の前に大きな手が差し出された。
「行くぞ、オリヴィア」
父の緑色の
私は少し
〇 〇 〇
「ここが王宮……なんて立派なのかしら! 王族になるとこんな所に住めるのね!」
王宮に
まさか二度目の人生でもここに来るハメになるとは。できれば
「おい、団長じゃないか?」
「本当だ、団長がいらっしゃるぞ!」
「団長! 今日は休みを取られていたのでは?」
黒い
「休みだ。これから陛下に謁見する。私に構わず持ち場に
散れ、とばかりに手を
父が
「今日が謁見の日でしたか」
「ではそちらがアーヴァイン侯爵家のご令嬢で──」
騎士たちの目が
「な、なんと美しい」
「まるで女神のようじゃないか」
「団長の
「確かに、イグバーンの宝石と
何やら騎士たちが
あまりにも
「はじめまして、騎士の皆様! 私、アーヴァイン
父がいつもお世話になっています、とご
「団長のところ、娘さんはひとりじゃなかったか?」
「ほら、数年前に総団長の
「ああ。例の後妻の連れ子のほうか」
騎士たちの反応が不満だったのか、ジャネットは前のめりで自分のアピールを始めた。
「私、ずっと騎士団の方々に
ぺらぺらと
彼らの視線が義妹に集中していることに気づき、私はハッと辺りを見回した。チャンスだ。父たちと
「意地悪な義妹さまさまだわ。よし、私がいないことに気づかれないうちに行かないと」
目指すのは、第一王子がいるだろう王太子宮だ。目的は第一王子の暗殺の
第一王子は
毒殺事件を事前に知っていながら見殺しにするのは
王太子宮は逆行前に何度も訪れている。
花のアーチの前に創造神の石像が立っていたので、思わずぺしりと頭の部分を
「だいたい、本物のデミウルは全然
などと考えながら花のアーチをくぐると、ふわりと甘い花の
「
白いカサブランカが咲き乱れる庭。その中に建つ、
少年だ。テーブルに着き、本を片手にこちらを見ている。
「君は……」
私を映した青い瞳が、大きく見開かれる。
ゲームでも、一度目の人生でも目にしたことのない、悲運の王太子がそこにいた。
なんと美しい少年だろうか。星空のような瞳はもちろん、青みがかった
確か彼の名前はノア。ノア・アーサー・イグバーン。
イグバーン王国の第一王子で、現王太子。この国で王の次に尊く高貴な存在だ。
「……見たところ貴族の
変声期前の
私はハッとして、胸に手を当て王族への最敬礼をとった。
「大変失礼いたしました。父と来たのですがはぐれ、こちらに迷いこんでしまいました」
「父……。君の名は?」
「オリヴィア・ベル・アーヴァインと申します」
「ああ、アーヴァイン侯爵の。では君が
「噂、ですか……?」
はて、と首を
まさか、
「本人は知らないのか。アーヴァイン侯爵家には小さな宝石がひっそりと
「はあ。小さな宝石……?」
「気にしなくていい。顔を上げて楽に」
「ありがとうございます、王太子
王太子に「こちらにおいで」と呼ばれ、おずおずと歩み出る。
西洋風のあずまやの前まで行くと突然、頭に電子音が
現れたのは、三度目となり見慣れつつある真っ赤なテキストウィンドウ。それがあずまやの下のテーブルに置かれた、王太子の紅茶に表示されていた。
【紅茶(毒入り):ランカデスの角(毒Lv.2)】
(レベル2──!?)
まずい。毒のレベルが私の毒
つまりいまの私のスキルでは恐らく、紅茶に盛られた毒を無効化することができない。
少なくとも常人が飲めば死ぬ。一度目の人生で、実際に口にした王太子は亡くなっているのだから。レベルが1とはいえ、毒耐性がある私が飲めばわからないが……。
「なるほど。確かに母君に似ているな」
私の
何かを
「母を、ご存じなのですか?」
「少しね。美しい人だった……」
王太子の青い
一歩、彼に足を
「すまない。引き留めてしまったね。左を行けば、やがて宮殿が見えてくる。
「あ、ありがとうございます……」
私は少し感動した。王太子、美しいだけでなく親切な人だ。次期国王なのにまったく
(って、感動してる場合じゃないわ。あの毒入り紅茶、なんとかしないと)
ちょうど王太子がティーカップに手を
「あの! その紅茶ですが、もう冷めてしまっているのでは?
「これかい? これは冷めても苦みの出ない茶葉で淹れている。書物を読むと、どうしても冷めてしまうからね」
問題ない、とカップのハンドルに指をかけようとする王太子に、私はさらに一歩前に出る。
「つかぬことをお
「……なぜそんなことを聞くのかな?」
「えっ。そ、それは、ええと……」
言い
「もう行きなさい。君も陛下をお待たせするわけにはいかないだろう」
「それを飲んではいけません!」
王太子の手がぴたりと止まる。
「……何?」
「カップをお
青い瞳がカップに落ちた。だが王太子がいくら目をこらしても、カップの中は
「なぜ君にそんなことがわかる? この紅茶を淹れたのは、王太子宮に勤めて五年になる
王太子は
「ここで会ったことは忘れよう。早々に立ち去ってくれ」
もう星空の瞳は私を映すつもりはないようだった。
別に私のことは
どうしたら信じてくれるだろう。信じてもらうために私ができることは──。
「失礼しますっ」
いままさに紅茶を飲もうとしていた王太子から、カップを
(ああ! やっぱり毒が泣きたくなるほど
得も言われぬ甘い
「う……っ!」
冷めた紅茶が
「お、おい。オリヴィア嬢──」
王太子が
「オリヴィア嬢!?」
手足がしびれ、全身がガクガクと
ピコン!
【毒を
【毒を無効化します】
【毒の無効化に失敗しました】
(失敗すんなー!!)
(やっぱり、毒を甘くみちゃ、いかんかっ、た……)
ピコン!
【毒の無効化に失敗したため、仮死状態に入ります】
毒殺される悪役令嬢ですが、いつの間にか溺愛ルートに入っていたようで 糸四季/角川ビーンズ文庫 @beans
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